特集 2020年12月22日

美術館でめちゃくちゃしゃべる方法

イメージ。

「美術館でめちゃくちゃしゃべりたい」という願望があった。作品を見て感じたことをリアルタイムで人に伝え、同時に人の感想もリアルタイムで知りたいのだ。

簡単そうなことだけど、美術館には一人で静かに絵を見たい人もたくさんいて、めちゃくちゃしゃべるのは無理だ。貸し切るしかない。そう思っていた。

しかし、今年になってバーチャルツアーというインターネットで美術館館内を散策できるサービスが普及しているのを知った。これを使えば近い状況を作れるのではないか。

1987年東京出身。会社員。ハンバーグやカレーやチキンライスなどが好物なので、舌が子供すぎやしないかと心配になるときがある。だがコーヒーはブラックでも飲める。動画インタビュー

前の記事:土曜のお便り 〜擬音と声が逆の人


とりあえずルーヴル

やることはシンプルである。バーチャルツアーの画面をZoomで画面共有してみんなで作品を見てしゃべればいいのだ。

しゃべってみた3名はこちら。

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ライターの北向ハナウタさん
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編集部の藤原さん
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トルー(筆者)

みんな美術館に行く習慣はない。年に1回行くかな、という程度だ。でも美術の知識がなくたって、公園にあるちょっと気になる銅像を見て話すのは楽しい。今日はその、気になる銅像が部屋にパンパンになっているのだ。そんな心持ちで初めてみよう。

とりあえずルーヴル美術館を見てみることにする。「とりあえずルーヴル」である。居酒屋で枝豆頼む軽さで世界最大級の美術館を見られる。

ルーヴル美術館のバーチャルツアーはこちら

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画面共有するとこんな感じ(館内の様子はイラストで再現しました)。
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各自こんな気持ちでしゃべっています。
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壁の話をする

北向:へー、ここがルーヴル美術館かー。

トルー:コントの導入みたいだ。

藤原:白っぽいですね。

北向:白いですねー。壁も文字も白いから白いですね。

トルー:白いですね。

藤原:白いですね。

トルー:作品も白いしね…(近くに白い石膏像があった)。ルーヴルに入って「白い」って最初に思うわけですね。

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「白いですね」

北向:現場にいたら言えなかっただろうな。

藤原:言えないですね。

トルー:なんで色塗んないんだろうって。

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赤い部屋に入った時は「赤いですね」と言っていた。

早く作品を見ろ、と思うが、ここは美術館であると同時に世界最大級の史跡でもあるので、壁をしみじみ見るのも楽しみ方として有りだと思う。

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野暮なことを思い、言う

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入り口付近にあったアンヌ・ヴァライエ=コステルという方の静物画。1769年の作品。

トルー:こういう静物画ってあるじゃないですか。これは質感とか上手だなーっていう以外に思うことってあります?

藤原:絵を描く道具が絵で描いてあるのってなんかひねくれてますね。

北向:描いてあるパレットとは別のパレットを持って描いたわけですよね。

トルー:使わない絵の具をちょっと付けてみたりしてね。

藤原:そうですね。

トルー:この、物の置き方の上手い下手とかもあるんでしょうね。立体的になるような。

藤原:あるんでしょうね。

「パレット持ってパレット描いたんだー」という、ものすごく優先順位の低い会話ができた。そう、こういう話がしたかったのだ。

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こういう状況。ルーヴルを貸し切らないとできないと思っていた。
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ジュゼッペ・カスティリオーネ『ルーヴルのサロン・カレ』(1861)

トルー:めちゃくちゃぎゅうぎゅうに飾りますよね。

藤原:テトリスっぽいですよね。左下の板はなんでしょうね。

北向:液晶パネルじゃないですか?

トルー:タッチパネルだ。

藤原:タッチパネルの奥の絵、デカすぎませんか。

北向:うわ、めちゃくちゃでかい。

トルー:あの絵を見たいなー。

ここも野暮だった。絵の中の絵、でかいなーと思い、言ったのだ。でも美術館で「この絵の中の絵、でかいなー」とつぶやいている人がいたら友達になりたいなと思う。話しかけられないと思うけど。

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作者を思い、言う

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フィリップ・ド・シャンパーニュ『「勝利」の擬人像によって王冠を載せるルイ13世』(1635)

北向:あ、この男性有名ですよね。

藤原:ルイ13世。

トルー:ルイ13世を讃える絵なんですね。讃えるけど真ん中に描かないのがおしゃれなんですかね。この天使もでっかく描くっていう。

藤原:どの段階でルイ13世は口を出したんでしょうね。偉い人の自画像って口を出すっていうじゃないですか。もっと真ん中寄りとか、それ左行きすぎとか。

トルー:大変だなー…。顔のパーツがどうとか言われるわけですね。

藤原:そうですよきっと。ダメ出ししかしないんですよ。

トルー:褒めてくれないんだ。こういうの描く人にはなりたくないですね。

北向:でもまあ王様描くって言ったら結構な誉れですからね。

藤原:一流の画家の証ですよ。

トルー:でもなあ…。嫌だなあー。

画家でもなんでもないのに、感情移入してやりたくないとごねていた。

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現場にいたら、けっこうヤバい人。

すごい技術や背景があって作られているので、その過程を思ってしみじみできる。他にもクルクルした髪の石膏像があって「できれば避けたいよなー」「モデルに髪型変えてくださいって言いたいですよね」などと勝手なことを言っていた。

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多分違うであろう物語を想像し、言う

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フランソワ=オーギュスト・ビアール『4時、サロンにて』(1847年)

北向:なんか、起きたんだろうなー。

藤原:色んな人がいますね。色んな表情をした人が。

北向:みんな一つの絵を見てる感じですね。

トルー:この絵が、描いちゃダメなものを描いてるんだけど、すごいおもしろいんじゃないですか。だから人だかりができちゃって、赤い服の警備員がそれを制してる。「見るな!」って。

北向:制してるというか、笑いをこらえてる顔に見えますね。

トルー:じゃあもう警備員も見て笑っちゃってる。

藤原:もうめちゃくちゃおもしろい絵なんだ。

トルー:…そんな絵、あります?

正解は、閉館の時間なのに人でごった返す美術館に警備員が来て怒っている様子らしい。当たらずも遠からずという感じだった。

人でごった返しているのは、芸術が一般人にも開かれて熱狂を生んでいる様子を表している、のだと思う。海外のサイトを翻訳したりしながら解説を読んだので細かいニュアンスが間違っているかもしれないが、きっとものすごく平たくいうと「絵がおもしろい」ということだ。分かる。絵っておもしろい。

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これもストーリーがありそう。フランソワ=ジョゼフ・エイム『1824年のサロンで賞を授与するシャルル10世』(1825)

北向:また絵がぎゅうぎゅうですね。

トルー:何をしてるんだろう。式典なのかな。

藤原:サーベル持ってますね。

北向:対決?

トルー:美術館で?

北向:色遣いが人物と背景で明確に違いますね。

トルー:あ、ハナウタさんの記事で絵画みたいに光を当てるやつありましたね(『光を上から当てれば主人公になれる』)。

北向:そうそう、こういうのをやりたかったんです。難しかったなあ。

トルー:現実にはありえない陰影なんですかね。これは人だかりの真ん中から柔らかい光が出てる感じがします。

話している当時は、絵のタイトルすら調べずに思ったことを言っているので、想像する物語もかなり見当違いになる。上の絵は、タイトルを調べたらどこかにシャルル10世がいて、賞を与える場面なんだということが分かる(シャルル10世がどれなのかは分からない)。

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抽象画も見てみよう

こんな感じでルーヴル美術館を楽しんだ。やったことと言えば便利なサービスを画面共有してしゃべっただけなのだが、実際に3人でルーヴルに行き、しかも貸し切って好き勝手しゃべっていると思うと、かなり特別な経験をした感触があった。

では次に、美術館を変えて違うタイプの絵も見てみよう。今まで写実的な絵を見てきたので、抽象画である。人によって違いものに見えたりして、しゃべり甲斐があると思う。

見たのは、ニューヨークの「ファーガス・マカフリー」というギャラリーに展示されているマーサ・ユングヴィルトさんの作品『無題(‘fundraising‘シリーズより)』(2013)である。

ファーガス・マカフリーのバーチャルツアーはこちら(これから見るのはGallery2Aの中の一番大きな作品です)

著作権の関係で絵を載せられないのだけど、なんとも言えない色遣いでなんとも言えない筆の運びが重なる、恥ずかしながら素人目にはなんと説明していいか分からない作品である。上のリンクから作品を見てもらうか、以降の会話で雰囲気を察してください。

藤原:あー。分からないな…!

北向:これはこれは。

藤原:何か文脈があるんでしょうね。

トルー:文脈か。

藤原:薄目で見ると何かに見えるんですかね。

北向:…

トルー:…分かんないな。

藤原:すごいなー…。

北向:すごいな…。

トルー:すごいなー…。

北向:美術館来た時ぐらい黙っちゃいますね。

藤原:これ上下逆になってても分かんないですよ。

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現実とオンラインが重なった瞬間。

トルー:友達が「これ描いたんだ」って見せてくれたらなんて言います?

北向:…

藤原:…

北向:すご、すごいなって。

藤原:すごいね。

北向:どういう絵なのか質問したいです。

トルー:「まず率直に思ったことを言って欲しい」って言われるんです。

藤原:すごい。

北向:すごいなあ。

トルー:すごいですよね。

北向:…でもなんか、さっきから右上の赤い塊を見ちゃいますね。

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こういう赤い何かがある。

トルー:確かに存在が強いですね。

北向:ローストビーフみたいな…

藤原:ローストビーフありますね。

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何かが動き出した。これをローストビーフとする。

トルー:これ、飛んできたのかな。「シャッ」ってなってるから。

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「シャッ」ってなってると言えばなってる。

北向:隣のお客様からですってことなのかな。

トルー:その一瞬を捉えた絵画。

北向:でもローストビーフが2枚あるんですよね。向き合ってるんじゃないですかローストビーフ。

藤原:どこが2枚目ですか?

トルー:これとこれ。

藤原:赤が濃い方はソースだと思ってました。

北向:あー、解釈違いですね。

トルー:ソースも飛んできたってこと?

藤原:一緒に。

北向:親切だなあ。

トルー:親切?

北向:あと、空に向かってブランコ漕いでる様子も見えるんですよね

トルー:おー。

藤原:あー。

トルー:それ良いですね。

北向:空が未来とか希望を表してるんじゃないですかね。

トルー:ローストビーフと未来と希望。

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ローストビーフと未来と希望。

北向:ブランコはローストビーフが押したんですよ。

トルー:不条理だなあ。

藤原:左端のごちゃごちゃしたのは何でしょうね。

トルー:ボルダリングの壁じゃないですか。

藤原:あー。

トルー:ボルダリング公園でブランコ漕いでるところにローストビーフ飛んできたんだな。

北向:ボルダリング公園?

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ボルダリング公園。

心境に変化が

…何を長々載せているんだろうという気持ちになったが、とにかくこういうやりとりがあった。そして良いなと思ったのがこの後である。この美術館の作品を一通り見終えて、最後に各自「一つ持って帰るならどれが良いか」を決めることになった。

北向:(さっきの絵をもう一度見て)なんか、良い気がしてきたな…。

トルー:これですよね。

北向:これはかっこいいよな。

藤原:かっこいいですね。

トルー:ずっと見たからですかね…。不思議ですね、もう上下逆じゃダメですもんね。

藤原:うんうん。

北向:逆じゃないですよ。

トルー:しゃべりながら場をつなげるからその間に好きになったのかな…。

北向:右で星が回転してるように見えるな…。

藤原:ああー。

北向:本物見たいですね。

藤原:もう見たくなってますね。

そう、あんなに分からなかった絵を好きになったのだ。具体的にどこが良いとかそういうことはうまく説明できないがとにかく「好き」なのだ。なんか見ちゃう。そして実物を肉眼で見たいと思う。好きだからだ。

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「好き…」

これがアートの醍醐味なのかもしれない

あの心境の変化が絵の力なのか、画面を共有して3人で見たからなのかは分からないが、不思議な感覚を共有できたことに満足してZoomを閉じた。

後日調べられる範囲で作品の情報を共有したが、やはり大事なのはそういうことじゃなくて、みんなでよく分からないものを見て、最後にはそれを好きになれたという経験だと思った。価値観の変化。これはうっかりアートの醍醐味を味わったんじゃないか。ローストビーフとか言いながら。

『バーチャルツアー × 画面共有』の良かったところ

  • 現場では言いにくいこと(野暮な感想や多分違うっぽい情報)が言える
  • 分からない作品も場をつなぎながら見ていられる
  • 足が疲れない
  • 遠くの美術館も見られる

良くなかったところ

  • とにかく実物が見られない
  • 自分のペースで見られない
  • バーチャルツアーでは見られる作品に制限がある

ボルダリング公園

ふと気になって「ボルダリング公園」で画像検索した。ずらっと出てきたボルダリングウォールのサムネイルたちはやはりあの絵に似ていた。

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