一匹一匹の昆虫は小さく、ともすれば忘れそうになるが、確実に存在してそれぞれの生を営んでおり、いなかった事には絶対にできない。「絶対印象」とはそんな虫たちが稀代のアーティスト中嶋大道と共に大地にそそり立ち、「ここにいるぞ!」と訴える咆哮なのではないかと思った。
■取材協力:中嶋 大道 http://nakajimadaido.com/
掛川の茶畑に輝くメタリック巨大バッタの強烈なイメージに曳かれ、作者である中嶋大道さんのアトリエを訪ねた。そこは一度見たら忘れられない「絶対印象」発信基地だったのだ。
数年前、静岡県掛川市を訪れた。目的は粟ヶ岳の山肌に貼り付く巨大な「茶」文字。全国有数の茶所として知られる掛川のシンボルである。
遠目から眺めるだけでは飽き足らず文字の傍らまで行ってみたところ、このあたりにしか生息しない希少なバッタ「カケガワフキバッタ」の存在を知った。
後日「掛川」や「バッタ」などで検索していると、フキバッタに紛れて異様なバッタが飛び込んできた。
青々と広がる茶畑を向こうにしてまばゆい光沢を放つサイバーなバッタ。なにしろでかくて、有無を言わさずかっこいい。
掛川市が主催するアートイベント「カケガワ茶エンナーレ2017」で展示されていたモニュメントらしい。市に問い合わせたところ、長野県安曇野で活動するステンレス彫刻家「中嶋 大道(なかじま だいどう)」氏の作品で、現在は彼のアトリエに収蔵されているとの事。
見学を申し込み快諾された私は高速バスで安曇野へと向かった。
安曇野インターチェンジを降りるとすぐ、巨大な白鳥のオブジェがお出迎え。これも大道さんの作品である。
安曇野の玄関口に立ち、道行く人に日本有数の白鳥の飛来地としての安曇野の印象を瞬時に植え付けるインパクト。
穂高駅前のレンタカー店で大道さんのアトリエに行く事を話すと「ああ、ステンレスのやつでしょ。あれすごいですよねえ。安曇野には結構置かれてますよ。すぐそこの穂高神社にもあります」と言われた。
古くから安曇野では路傍の素朴な神、道祖神が数多く祀られてきた。この像は平成25年に長野県が全国一の長寿県となった記念に健康長寿道祖神として建立されたとの事。
由緒ある神社の境内の中で異物感を放つ姿を眺めていると、異世界から飛来して来た神と呼ばれる生命体と接近遭遇しているような気分になってくる。
この仲睦まじいサイバー&スペーシー道祖神が生まれた場所、中嶋大道さんのアトリエ。そこはやはり異世界としか言いようのない場所だったのだ。
緑に包まれたのどかな小道をはさんで睨み合う巨大クワガタと巨大アリ。何かが始まる予感しかない。
入り口で金剛力士像のように睨みを効かすクワガタに付き従って立ち並ぶ巨大昆虫達の奥に、創造主たるステンレス彫刻家が笑顔で立っていた。
中嶋 大道、1944年生まれ。木彫を中心に創作活動を行っていたが1980年代からステンレスを使った巨大彫刻の制作を始める。日展では1983年の初入選以降も入選を重ね、全国各地で作品が展示・設置されている。
「掛川で展示したバッタはそこにいますよ」
「掛川には固有のフキバッタがいて、私に声がかかったきっかけはバッタでした。イベントのために作ったのではなく、すでにある作品を出展したのでフキバッタではないんだけれど」
「あなたがバッタをきっかけに見つけてくれたのはうれしいですね。掛川はお茶だけでなく、珍しいバッタもいる。そういう地域の個性と私の作品が一緒に伝わっているのがね」
「イベントにしろモニュメントにしろ、ただ盛り上がったとか、かっこいいとか、表層的で一過性のものではいけないと思ってるんですよ。その地方の個性と結びつき、風土のシンボルとなっていくのが理想です」
――なるほど、大道さんのバッタを見てから掛川のフキバッタを知る人もいたでしょうね。
「トノサマバッタは東京にもいますよ。多摩動物公園の昆虫館の前ですね」
――あ、そうだ!いますね!
「開園50周年記念のモニュメントとして作りました。戦争で動物を処分したため、戦後は草むらにいたバッタを子どもたちに見せることからスタートしたという動物園復興の原点を忘れないようにという思いが込められています」
――おお、そんな思いまで込められていたとは。
「来る時に白鳥を見たでしょ。あれは当初違う場所に設置する予定だったんだけど安曇野インターチェンジ(当時は豊科IC)が開通した頃で、今後はこちらが交通の主流になっていくだろうと今の場所を提案したんです」
――なるほど、そういったモチーフをこのスケールで作るんですね。無条件で圧倒されてしまいます。
「私は『絶対印象』という言葉を使っているんですけれど、印象に残らないものは無かった事になってしまう。風土と結びつきながらも見た人の心や体を動かすものにしなければ。子供達がこれに登って遊んだり、あなたが安曇野まで来たように」
「風土を作るっていうのは時を超えるっていう事でもありますね。私は200年、300年持たせようと思ってやってますけど、一定期間持てばいいっていうものじゃないんです」
――連続性が大事というか......
「というよりも石垣を積み上げていく土台となるような感じですね」
――時を超えるという話が出たのでちょっと構造的な事をお聞きしたいんですけど、この彫刻はどうやって作ってるんですか?
「まずはそこにあるようにパイプで骨組みを作って、それに成形したステンレスを溶接してくっつけていきます」
「これはもうあとは磨くだけですね。といっても一回磨いたらまた粗くして、それでまた磨いたりしなきゃならないから2ヶ月くらいはかかります」
「ピカピカにするだけじゃダメなんです。一度ピカピカにしたあと粗くして汚して、それから仕上げる。なんというか、ステンレスの持っているじゃじゃ馬な部分に言う事を聞かせるみたいな感じですね」
――すごいなあ、そんな大変でもやっぱりステンレスなんですね。
「もともと木彫をやってて、今の前のアトリエを作る時に大きな鉄骨で組んだんだけど、鉄工所のおやじさんが鉄を切ったりつないだりしてるのを見て、こういうやり方があるんだと思ってね。それで鉛とか真鍮とか銅だとかいろいろ試したんだけど、最後にやったステンレスが一番面白いと思ったんですね」
――それはなぜですか?
「他の材料に比べて言うことを聞かないし、他にやってる人がいないからですね。これを始めた頃、40年前はステンレスなんて使われてたのが流し台ぐらいで、他の材料みたいに道具も揃ってなかった」
「最初はわからなくてメーカーに溶接の仕方とか聞いたんだけど、そんな事やってる人どこにもいないよと言われて、それで......」
――それで?
「破産しますよ、と言われました(笑)」
――は、破産!おだやかでないですね......。
「作るのに時間と手間はかかるし材料としてはかなり高いんで経済的には大変ですよ、これを維持するのは。でも10年くらいやってたら逆にメーカーの社員が研修でうちに来ましたけどね。こんな事やってる人がいるって」
――このカブトムシは?そうか、図面みたいなのは存在しないんですね。
「基本的には無いです。作っていく時は感覚と、私の思いですね」
――じゃあ全く同じものはできないんですね。
「そうですね。図面はひかないけど絵は描きますよ」
「写真と違って、実際に描くと虫の体の特徴が記憶に残るんですよ」
――これは何で描いてるんですか?
「市販の筆ペンですね。描きたいポーズで標本を作ってそれを見ながら描いてます」
「もう何百枚も描いてます。これが彫刻の前段にあるわけです」
――ここで頭と体に染み付いた感覚が造形のエッセンスになってるんですね。
「まあ、もうおわかりだと思うけど私は虫が好きなんですよね」
――でしょうね!
「なんで彫刻とは別に虫に関するものを集めて纏めたりもしてます」
――これは......家紋帳?
「家紋”蝶”です(笑)、古い家紋帳から蝶の家紋を集めて巻物に印刷したんです」
「こんなのもやってます」
「古本屋で手に入れた昔の本から虫へんの漢字を集めたんですよ」
「長さが15mあります」
――15m!印刷屋さんもよく受けましたね。
「面白そうだってやってくれましたよ」
――芸術家と好時家のせめぎあいか。
「でももう二度とやりたくないって言われたね(笑)」
――扱うもの全てスケールがでかいですね。サイズというだけでなく、入り込み方というか。
「ここまでやると誰もやってないだろうというとこまでやって、これは自分の根拠のないうぬぼれなのかっていう境を超えないとね、面白くないわけですよ」
「これは自分が決めるわけにいかないし、自分では決められないんですけど、やってみたいんですよ。その場に立つっていうことが、今俺ここに立ってるんだよということが感じられたら、最高だと思う」
話は盛り上がって、帰る頃にはすっかり陽が落ち、大道さんの作品達は昼間とは違う荘厳な雰囲気で絶対印象を放っていた。そこに鳴き出した秋の虫達の声が重なって、少し驚き疲れた私の頭をますますわからなくしていた。
一匹一匹の昆虫は小さく、ともすれば忘れそうになるが、確実に存在してそれぞれの生を営んでおり、いなかった事には絶対にできない。「絶対印象」とはそんな虫たちが稀代のアーティスト中嶋大道と共に大地にそそり立ち、「ここにいるぞ!」と訴える咆哮なのではないかと思った。
■取材協力:中嶋 大道 http://nakajimadaido.com/
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