42℃のお湯を「熱湯風呂」にする方法
意外なことに、「熱湯風呂」も東京特殊効果さんのテリトリーである。「なぜかわからないんですけど、水と火はうちなんですよね」と福島さんも首をひねる。
とはいえ、やるからにはプロである。東京特殊効果の熱湯風呂は、あのダチョウ倶楽部からご指名がくるほどなのだ。
福島さん 「ダチョウ温度」というのがありまして(笑)。屋外で真水しかなくても、うちは絶対にその温度まで持っていくんです。そして、本番まで冷めないようにする。
上島さんは「東京特殊効果の温度が一番いい」って、毎回声をかけてくれましたね。バラエティだけでなく、キンライサーのCMやケツメイシのMVの熱湯風呂も、うちがやってるんですよ。
ケツメイシ『友よ 〜 この先もずっと…』。めちゃくちゃいいMVなんですよ……。この記事を書くのに見返して泣きました。
そんな「熱湯風呂のプロ」にも、ピンチが訪れたときがあった。
とある大型バラエティ番組の収録。屋外の現場で、巨大な熱湯風呂プールを作る必要があった。
福島さん そのときのドッキリが、かなり大掛かりで。
最初に芸人さんたちが寒い目にあって、露天風呂に誘導されるんです。「寒い寒い!」と露天風呂に入って落ち着くと、風呂の底がパカッと開く。そのまま芸人さんたちはロングスライダーで流されて、最後に熱湯風呂プールに落ちるんですね。
普段、熱湯風呂はヒーターで温めて作るが、今回は屋外&プールが巨大で限界がある。どうしようかと思ったら「近くに50℃の温泉が湧いている」とのこと。じゃそれを使おう。
しかし、当日測ってみると全然50℃じゃない。話が違う。収録開始が迫り、ヒーターを追加する時間もない。これはマズい……。
ここで福島さんが考えたのが、温度差を利用した“トリック”だった。
福島さん 最初に寒い目に遭うので、露天風呂が外気より温かければ、ひとまず「あったか~い」ってなるはずだと。
なので、露天風呂はかなりぬるめのお湯にして、熱湯風呂プールはなんとか42℃くらいまで上げたんですね。
42℃は「ちょっと熱めの風呂」くらいの温度。普段ならとても熱湯風呂とは言えない。
しかし、一度ぬるま湯に浸かった芸人たちは、ロングスライダーで風を浴びて身体が冷え、直後に42℃のお湯へドボン。
体感温度が急激に変化したことで「アチチチチチ!」と、本気のリアクションを撮ることができたのだ……!
タモリさんがなかなか言わない
福島さんが社長になったのは2018年のこと。それまでは福島さん自身も、現場で数々の「特効」を扱ってきた。
たとえば『笑っていいとも!』でたまにある、ゴールデンの生放送特番。
番組の最後にタモリさんが「来週も見てくれるかな?」とコールして、みんなが「いいとも!」って返して、テープが両サイドからパーン!って出て終わったじゃないですか。
あの「テープがパーン!」ってなる、キャノン砲のスイッチを押していたそう。
福島さん 番組終了10秒前を過ぎても、タモリさんがアノ台詞をなかなか言わないんですよ(笑)。最後までキャノン砲を打てなかったら失敗だし、打っても画面に映ってないと意味がない。最後にパーン!って派手に終わって、静かに次に行くのが生放送の醍醐味なので、ギリギリまで粘ってましたね。
『リチャードホール』では、コント「汗のマークの救助隊」で大量のローションを使った。
巨大セットにローションのプールを作るため、メーカーに原液で600リットルを発注し、電話口で5回くらい聞き直されたりした。
そして当日。大量のローションを積んだトラックが、フジテレビにやってくる。
福島さん バイトを10人くらい雇って、600リットルのローションをポリバケツで運んで、希釈して、プールに流しこんで……。
福島さん 本番はうまくいったんですけど、撤収がまた大変だったんです。ローションって、そのままでは下水に流せないんですよ。
そんな大量のローションを下水から流したら、お台場は大パニックである。レインボーブリッジ封鎖どころではない。
そこで、バキュームカーを呼んで吸い取ったのだが、どうしても完全には吸いきれない。ローションまみれの床に転倒者も続出。次にスタジオを使う人もいるので、朝までローションの掃除に追われ……。
テレビを見ている側は「あ~楽しかった」で終わっても、画面の向こうには戦い続ける人がいるのである。もう敬礼しかない。
社長の登場にも特殊効果を
そんな東京特殊効果さん、最近はテレビ以外のお仕事も増やしはじめている。
福島さん自身も驚いたのが、意外と企業案件があること。映像を流すブースで風を吹かせたり、会社のイベントで紙吹雪のキャノンを放ったりするニーズがあるという。
福島さん 社長の登場シーンの演出とかもありますよ。最初に会社のVTRを流して、バーン!って暗転したあと、スモークを雲海みたいに出して、そこに奥からスポットライトで照らされた社長がゆっくり前に出てくる……みたいな。
偉くなると、そんな紅白出場歌手みたいな登場ができるのだ。出世してみるものである。
珍しいところでは、世界遺産で「火の監修」を頼まれたこともある。
福島さん 奈良県の金峯山寺で、護摩行の一貫で地獄絵図を描いた屏風を燃やすから、火の監修をしてくれと。
世界遺産に燃え移ったら大変なことになるから、どれくらい火の手があがるかシミュレーションしたり、事前にお寺をビショビショに濡らしてもらったりしましたね。
しかしそこまでして、屏風がちょっと燃え残っちゃうのは美しくない。地獄絵図が残っちゃう。
なので、屏風の裏に燃料を塗りつけて全体的に燃えるようにしたんですって。そんな火のノウハウも持ってるんですか。
福島さん 昔はドラマの撮影で、家一軒を燃やしたりしましたからね。火事のシーンはリハーサルなしの一発勝負。灯油をまいて火を付けて、燃えだしたらもう消せない。緊張感ありますよ。
ちなみに、あのビリビリ椅子はレンタルも受け付けているそう。
これまでも「結婚式の二次会で使いたい」などの問合せがあったらしい。新郎に電気を流したら盛り上がるでしょうね……!
福島さん そうなんですよ。こういうのもっと流行らせたいんですよね。特殊効果って裏方のイメージですけど、もっとエンターテイメントの方向に行けたらいいなって。すごく面白い仕事ですから。
エンタメの作り手は、日々新しいものを生み出していく。
なので、特殊効果にも毎回違うオーダーがくる。ベテランでも「こんなのやったことがない」と途方に暮れることも少なくない。
でも、その「どうしよう」をなんとかして抜けたところに、快感があるのだと福島さんは言うのだった。
世界はチームプレイでできている
僕がテレビっ子なのもあり、バラエティ番組のことばかり聞いちゃったけど、東京特殊効果さんはドラマや映画もやっている。
雨や雪を降らせたり、風を吹かせたり、自然現象も起こしているのだ。
「“つぶし”っていうんですけど、雨は水道ホースの先端をつぶして作るんですよ。ぎゅっと強くつぶすと霧雨、緩くすると大粒の雨、みたいな」
本当は雪が降るような気温で雨を降らせるから、木の上で雨粒が凍っちゃったりするそう!
大変な仕事ですよね……と思ったら、福島さんは「役者さんが一番大変ですよ」と謙遜する。
番組を作るのは一人ではない。演者がいて、ディレクターやADがいて、大道具や美術や特殊効果がいて、プロのチームプレイで番組はできている。そのことを改めて感じる取材だった。
取材協力:有限会社 東京特殊効果