結局、まだ新しい靴下を買っていない。
一足でやりくりするくつしたを洗ってしまい、急いで乾燥機にかけた。
今夜は特に冷える。
乾燥機が終わった音がして洗面所に行くと、風呂上がりの父がいた。
「お風呂空いたぞ。今日掃除したから、気持ちいいぞ。」と言うメガネは、湯気で真っ白に曇っていた。
キンと冷たい空気、キラキラに輝く街。
お堅いビルの入り口にはツリーが飾られ、老舗のそば屋にはクリスマスソングが流れる。
私はクリスマスが大好きだ。
街もみんなも楽しそうだから。
だけど、この寒さは苦手である。
夜はモコモコの靴下なしでは寝られない。
クリスマスを境に本格的な冬がやってくる。
楽しい気持ちとウラハラに、朝晩の冷えとの戦いである。
私は特に足が冷えるので、靴下を履いて寝ている。
しかし最近、この靴下を履いていても冷える。
もっと暖かい靴下を買いに行こうか。
どうにか暖かく冬を越したいと思い、近くの街に出かけた。「毛布を買う。」と言って父もついてきた。
今年は白い息がでない。
マスクで冬の風物詩が一つ減ったなぁと思ったが、ショッピングモールに入ったところで、父のメガネが白く曇った。昔から父のメガネが曇ると笑ってしまう。
メガネの人は風物詩を身につけていて、いいなぁと思った。
寝具売り場に向かう途中、雑貨屋のクリスマスコーナーを見て、私はハッとした。
サンタとトナカイが、靴下から顔をだしてこちらを見ているのだ。
温泉に浸かっているみたいに、ポッ!と頬を赤らめて、いかにも気持ちよさそう。
いいなぁ、私も毛糸の靴下の中で寝てみたい。
全身包み込まれたらあったかいんだろうなぁ。
暖を求めて、でっかい靴下を編むことにしたのだが、通常の毛糸で編んでいたら春が来てしまう。
とにかく太い毛糸が必要だ。
「極太 毛糸」で検索するとチャンキーヤーンというブランケットを作る用の太い毛糸をみつけた。
早速クリスマスカラーの赤と白を買った。
この太さならクリスマスに間に合いそうだ。
この太さだと手編みが無難だが、より早くできるリリアン編みで筒状に編んでいくことにした。
まずはでっかい靴下が編める巨大リリアンを作らなければ。
構造を知るために早速近くの100均でリリアンと毛糸を買ってきた。
円の周りの柱に糸をかけ、スティックで糸を引っかけて編んでいく。
編むこと2時間で完成。
体が洗えそうなゴツい見た目だが、意外にもふんわり包み込んでくれた。
編み目が大きいので、肌が見えて寒いのではないかと思ったが、空気の層ができて暖かい。
締め付けもないし、伸びるので足の形にフィットする。
手編みの靴下ってこんなに高いポテンシャルを持っていたのか。
でっかい靴下に期待が高まる。
通常の出来上がりサイズを元に巨大リリアンを作っていく。
枠となるフラフープを買い、周りの柱は部屋にあったダンボールで作ることにした。
柱の本数や間隔が出来上がりを左右するが、計算せずにフィーリングで作る疾走感が好きだ。
私はもう走り出しちゃったら止まらないのである。
でっか~い!!私がフラフープに入れるのだから、私が入れる靴下ができるだろう。
くるくる巻きながら1周して、下の糸を向こう側へ、糸をかけて下の糸を向こう側へを繰り返していく。
2周ほどしたところで、円デカすぎない?と思った。毛糸の減りも早い。
出来上がった靴下が伸びることを信じて、組み立て式フラフープの部品を減らし、直径を小さくすることにした。。
フィーリングで作るとこうなりがちだ。
気を取り直して、編んでいこう!!
編んでいると、服に毛糸がたくさんついてしまう。この中で寝たら全身毛だらけの「猫を飼っている人」が出来上がってしまいそうだ。ペット不可の家なのに。
いい!!いいぞ!!!クリスマスっぽい。
ダンボールの柱がしなり始めたが、セロテープで補強してなんとか保っている。
毎日夜、1時間編む。
ひたすら手を動かすのは、意外にもストレス発散になるのだ。
夢中で編んでしまう。
ふと、途中経過を見たら、
持ちあげながら写真を撮っていたらダンボールの柱が重みで弱ってきて、焦る。
いよいよ、ラストスパートだ。
自分がコビトになって、巨人の靴下を編んでいる気分だ。
ついに最後の1玉。
最初は楽に回しながら編んでいたフラフープも、かなり重たくなった。
この下のカーペット、毛糸まみれだろうなぁ。
思っていたよりも順調に進んだ。
でっかい靴下ができた!!
私の履いている靴下と比べると大きさがわかるだろう。
プレゼントを届けに来た家で、この靴下が吊るされていたらサンタも戸惑う。
早速入ってみよう。
編み目をたぐり寄せて、おしりをずらしながら入る。
からだがすっぽり収まった。大きさはちょうどよい。
肌触りもよくて、柔らかい!
背中に編み目のごつごつを感じるが、石の上で岩盤浴しているような心地よさ。
そしてなにより、暖かい!!
父に見せたら「寝袋みたいだな。」と言われた。
今度友達とキャンプ行くときに持っていこうかな。かさばるけど。
中に入ってごろごろしていたら温まって眠たくなってきた。
時は来た!
パジャマに着替えてまくらも用意して、いざ就寝!
窓が曇るほど冷え込んだ日なのに、暖かくてすぐ寝てしまった。
すごくいい昼寝だった。
あのサンタとトナカイみたいに、満足の笑みを浮かべて起きた。
すぐ脱げないのでトイレに行きにくく、全身が毛だらけになってしまうが、入って本を読んだり昼寝をしたり、部屋でくつろぐにはもってこいの靴下ができた。
せっかくクリスマスの色で編んだので木に飾ってみたい。
木に飾って初めてクリスマスソックスなのだ。
今のままじゃただのでかい靴下だ。
川の近くの木に飾ろうとしていたら、「これ、あなたが編んだの?」とおばさんが話しかけてきた。
飾れる木を探していると言うと、近くの良さそうな公園をたくさん教えてくれた。
「これじゃあ、おせっかいおばさんね。」と笑う顔がすごくチャーミングで、たった5分前に会ったのに、このおせっかいがどこか懐かしい。
おばさんは「これからクリスマスカードを買いに行くの。」と言って、お孫さんの写真を見せてくれた。いいですね、と言うと「これしかすることないのよ。」と照れたように笑った。
「近くに住んでるから、また会いましょ~!」と言っておばさんは暖かい嵐のように去っていった。
みんな誰かと話したいのだ。
教えてもらった公園についた。
枯れ木なうえに低い。
クリスマスツリーとはかけ離れているが、お気に入りの写真だ。
写真を撮って帰ろうとしたら、ベンチで日向ぼっこをしながら新聞を読んでいたおじいさんが「もし必要だったら脚立があるけど、いるかい?」と話しかけてくれた。
そしてさっきよりも高い位置で吊るせた。
干すとかなり伸びて私の身長をゆうに超えた。
そのあとおじいさんにお礼を言って少し話した。
一緒に写真を撮ってもいいですか?と聞くと、「あぁ、いいよ。ちょっとまってね。」と、少し濡れていたベンチに新聞紙を広げてくれた。
靴下よりもなによりも、人の優しさがいちばん暖かいのだ。
そう思いながら抱えた靴下は、さっきより少し軽かった。
結局、まだ新しい靴下を買っていない。
一足でやりくりするくつしたを洗ってしまい、急いで乾燥機にかけた。
今夜は特に冷える。
乾燥機が終わった音がして洗面所に行くと、風呂上がりの父がいた。
「お風呂空いたぞ。今日掃除したから、気持ちいいぞ。」と言うメガネは、湯気で真っ白に曇っていた。
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