一本歯の高下駄を求めて
「古武術で蘇るカラダ」(甲野善紀著・宝島社)という本が面白い。陸上短距離走の末續慎吾選手や巨人軍の桑田投手など、一流アスリートたちが古武術の動きを競技に取り入れ成功しているそうだ。
僕はプロのスポーツ選手ではないので、古武術を取り入れて競技に取組む事はないが、本の中に「自宅で出来る古武術の動き」という章があった。武術的な動きを取り入れた効率のいい階段の上り方、重い荷物の持ち方等が紹介されている。そんな中、特に目を引いたのが一本歯の高下駄だ。
「武術の体捌きを身につける簡単かつすぐれたアイテムのひとつに一本歯の高下駄がある」(本文引用)
何でも一本歯の高下駄で歩くとボディバランスが飛躍的にアップし、腰痛・膝痛が軽減するらしい。
ああ、履きこなしたい!一本歯。
ボディバランスを高めて、持病の腰痛を治したい。
調べると、浅草ひさご通り商店街の「まつもと履物店」に一本歯の高下駄があるという。早速行ってみた。
「ここ1、2年くらい、問合せが多いんですよ」
店主さんが不思議そうに首をかしげる。
「一本歯の高下駄を履くと体のバランスが良くなるらしいですよ」
「ええ。整体師の人とか、結構買っていきますから」
「腰痛も治るとか」
「若い人も結構買っていきますよ。スポーツ関係の」
一本歯の高下駄への期待が高まる。
「履いて歩くの、難しいですかね?」
「最初はちょっと難しいかもしれませんがね、慣れれば大丈夫みたいですよ」
一本歯の高下駄を履いてお店に遊びに来る60才くらいの男性もいるらしい。
「これ履いて電車に乗って来るんですから、凄いですよ」
「電車乗って来るんですか?」
「ええ。でも、最近来なくなっちゃったなあ……」
「えっ?……」
「どうしたんだろう……」
「……」
その人の行方も気になるが、とにかく一本歯の高下駄を購入した。
1足6,000円。これで腰痛が治るんだったら、安い買物だ。
初級編:まずは一本歯に慣れよう
一本歯の高下駄を履く訓練を行うにあたり、転んでも怪我をしない様にエルボーパットを購入した。スポーツ用品店のサッカーコーナーにあって、ゴールキーパー用らしい。
参考図書「古武術で蘇るカラダ」(前出)によると、一本歯に慣れるためには段階を踏まなくてはならない。
第一段階として、
「樹木や壁づたいに立って歩くことからスタートだ」
という事だ。
一本歯の高下駄を履いてゆっくりと立ち上がってみた。
予想以上にグラつき、不安でいっぱいになる。始めてスキー靴を履いた時に感じたあの感覚、「絶対骨折れる!」。
慎重に金網に近づき、金網づたいにゆっくりと歩き始める。
僕の横をテニスラケットを持ったおばさん2人組が通り過ぎる。
見ちゃダメ!2人とも暗黙の了解で僕の方を見ようとしない。完全に僕を追い越すまで無言な2人。
「いや、これはですね、ボディバランスがですね…」
追っかけて弁解したい気分だが、こんなグラついた足元では追い掛ける事すら出来ない。
まあいいさ。あの2人は素晴らしいボディバランスを手に入れる事が出来ないのだから。
気を取り直して何往復か金網づたいに歩く。
だんだん慣れてくるのがわかるが、ここで気を抜いたらいけない。
交通事故は自宅に近い場所で多く起る。慣れた場所で気を抜くと事故を招くのだ。
とにかく怪我だけはしない様に。慎重に次のステップに進む。
第2段階は凸凹のない平地でどこにもつかまらず歩く、だ。
なるべく平たい場所を選びゆっくりと歩く。
チョコチョコチョコチョコ。
自分の様子を見る事は出来ないが、きっとカラクリ人形の様になっている。
この動き、アシモに近い。
参考図書の中でも、著者とアシモの開発者の対談が掲載されている。その中でアシモの開発者、田上勝俊氏は二足歩行成功のポイントについてこう語っている。
「倒れそうになった方向へ積極的に加速させることで、姿勢を回復させる。これが安定歩行の決め手になりました」
転ばせないために、転ぶ力を利用する。
これが、古武術的な発想とも通じるという事だ。また、田上氏は安定でも不安定でもない「非安定」を維持する事が大切だ、とも言っている。今の日本は安定を求めるがあまり、創造への気運が薄いのでは、と忠告する。
そんなアシモ歩きも板についてきましたので、次のステップに進みます。
次のステップは砂利道です。
砂利道での歩行に挑戦するが、これが結構危ない。
滑りやすく、足を取られてしまう。平地の時より更に慎重に歩く。いつもよりゆっくりなアシモ。
砂利道をマスターしたらいよいよ最終段階。
「路面に凸凹のある坂道の下り」
そういう坂道を走って下れるようになったら、「達人」の域らしい。
本当にそんな事出来るのか?
上級編:急な坂道を下る
目の前に立ちはだかる急な坂道に挑む。
急な坂道は壁づたいでないと無理だった。壁づたいでも恐い。転げ落ちたら大変な事になる。
色々な人とすれ違った。すれ違う人たちみんなの頭に「?」を植え付けながら下まで辿りついたら六本木ヒルズが見えた。
凸凹のある急な坂道を駆け下りる。そんな達人の域には程遠いが、自分なりに一本歯を履きこなせる様になったので、街に出てみましょう。
普段の生活で高下駄を
公園で一本歯の準備をしていたらオジサンが寄って来た。
「それ、いくら?」
いきなり値段を聞かれ驚く。値段よりも先に聞く事はないのか?
オジサンに値段を告げ、商店街に向かった。
そして、一本歯の高下駄を巧みに使いこなすニューヒーローが誕生した。
特技は体のバランス。