糸電話は糸の張りさえキープ出来れば、結構な距離でも届く事が分かった。
長い距離の糸電話に必要なもの。
それは糸の張りと、それを保つチームワーク。
通信とは「通じると信じる」と書く。信じていれば通じるし、通じていれば信じられる。
ん?
今度はオランダのファールスにあるオランダ、ベルギー、ドイツの三国国境で「糸電話で国際電話」にトライだ!
糸電話はどれくらいの距離まで音を伝える事が出来るのか?多摩川を越える東京~神奈川間で市外通話に挑戦した。目の前に立ちはだかる75メートルの川幅。糸を煽る強い風。幾多の困難を乗り越え、糸電話での通信に挑戦した一部始終。果たして市外通話は可能だったのか?
※2003年9月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
東京都と神奈川県の県境を越える多摩水道橋付近。ここで川を跨いだ糸電話に挑戦する。地図で調べると川幅は約75メートル。その長さに耐える事が出来る糸電話が必要だ。
糸電話について調べると、水糸という糸が丈夫で音の伝わりもいいらしい。蛍光イエローに着色されていて見やすいという利点もある。
その他に必要なものは、紙コップ、輪ゴム、クリップ、そして物干竿だ。
川を隔てた両岸に物干竿を立て糸を横にピンと張る。この時、張りを保つために竿と糸を直接結ぶのではなく、竿と糸の間に輪ゴムを括りつけクッションとする。
東京側の竿→東京側の輪ゴム→糸(75メートル)→川崎側の輪ゴム→川崎側の竿、という繋がり。こうやって糸を張る事が出来たら、紙コップに50センチ程の糸を繋いだものを両岸に張った糸から引き込む様に結んで長距離糸電話が完成する。
川の両岸で糸が緩まない様にピンと張った状態を保つ事。
これが今回の糸電話の大きなポイントとなる。
休日の午前中、川崎側の河川敷に弊社スタッフ3名が集まった。
「これから、この川を超えて糸電話で会話したいと思う」
僕の話に真剣な面持ちで頷くスタッフ。
「僕たちデザイナーに必要なもの、それはコミュニケーション能力です。なので、今日の実験は非常に大切な業務だと考えて下さい」
今回のプロジェクトの重要性を理解したスタッフたちは、手早く糸電話の準備を始めた。
「東京側の紙コップには03、川崎側に044と入れて!!」
「はいっ!」
バーベキューグループや釣り人たちでのんびりとした雰囲気だった河原に緊張感が走る。
「いきなり川を越える前に、一度近距離で練習しよう」
5メートルほどの幅で、竿→輪ゴム→糸→輪ゴム→竿、という長距離糸電話のミニ版を作り、実験してみる。
「もしもーし」
「あっ、聞こえる!」
若干エコーがかかった様な声が紙コップの中でこだましている。
これならいける。
ミニ版で手応えを掴んだ我々は、いよいよ東京・川崎間の長距離糸電話に挑戦するが、ここで最初の難関が待ち受けている。
どうやって糸を対岸まで運ぶか?
答えはボート。ボートを漕いで対岸まで糸を運ぶ。
河川敷のボート屋「のんきや」の主人にボートを出してもらう様お願いする。
「今日は、駄目だよ」
主人が首を横に振る。
「えっ?」
何でも先日の台風の影響で、まだ風が強いので今日はボートを貸し出せないと言う。
じゃあ、何でそこにいるのか?
「どうしても駄目ですか?」
「流されちゃって、危ないから駄目」
ボートに乗れない。まったく予想していなかった事態に愕然とする。
早くも「糸電話で市外通話」は失敗なのか……。
「上を通しましょう」
男性スタッフの前田が橋を見上げた。
「まず橋の上からこちら側の河川敷に糸を垂らして受け取ってもらい、我々は橋の上を糸を伸ばしながら歩くんです。で、向こう岸に着いたら、スミさんが先に下に降りて下さい。僕が糸を投げ落とします」
そんな事が出来るのか?
前田「やらして下さい、やりますよ」
スミ「やれるのか?本当におまえ……」
当時、藤波辰巳(現・新日本プロレスリング社長)は、猪木の存在を超えられない事への閉塞感を抱えていた。その不満がピークに達したS63年4月22日、沖縄県立奥武山体育館の控室で藤波は猪木に牙を剥く。世にいう掟破りの下克上である。
藤波「やらして下さい、やりますよ」
猪木「やれるのか?本当におまえ……」
※詳しくは2月の特集「猪木ボンバイエ」をご参照下さい。
確かに、ここで諦める訳にはいかない。前田の言う通り、我々は橋を歩いて糸を渡す事にした。
川崎側には女性スタッフ2名が残り、僕と前田の2名で東京側に向かう。橋を渡る危険な役目は男性陣が引き受けた。
川崎側の河川敷に残った女性スタッフ2名に向かって、橋の上から糸を降ろす。
「ゆっくり降ろすから!」
「はいっ!」
大きな声で安全を確認しながら糸巻きをゆっくりと回す。シュルシュル、シュルシュル。
「受け取りましたー!」
女性スタッフが叫ぶ。
「よーし、じゃあ歩くぞ!」
橋の端を糸を伸ばしながら歩いていく。
この時、糸が緩まない様に最新の注意を払わなくてはならない。緩んでしまえば、風に煽られて糸が絡まり、取り返しのつかない事になる。
糸の状態を気にしながら慎重に歩を進める。
前田「石塚は今週納品の仕事がたまっているそうです」
スミ「そうか」
川崎側に残した石塚は徹夜明けらしい。
前田「あそこで糸を持たせていて、大丈夫でしょうか?」
スミ「……」
前田「我々は正しい方向に向かっていますか?」
スミ「それは俺にも分らない」
前田「もう後戻りは出来ないですよ」
スミ「うん。今は糸の張りだけを考えてとにかく進もう」
歩き始めて数分で東京側に着いた。
僕が先に河原に降りる。
橋の上の前田から糸巻きを投げてもらい、無事に僕の手に糸がわたった。
「ここで緩んだら今までの苦労が台無しですよ」
橋の上から前田が叫ぶ。
「分かってる!」
叫び返して前田が降りて来るのを待つが、水糸が手に食い込み痛い。75メートル分の水糸が風を受けて物凄い力で振動している。川を越えた水糸は凶器となって僕に襲いかかる。
体に糸を巻きつけ糸の重さに耐えていると、僕の携帯が鳴り川崎側の女性スタッフの悲鳴が聞こえた。
「ゴムが切れそうです」
スミ「よし、ゴムは諦めよう!竿に直接結べ!!」
僕の指示を受けた女性スタッフが糸を竿に結び直す。
前田が下に降りて来て、こちら側も竿に直接糸を結び体重をかけて引く。
「よーし、糸が張ったぞー!」
75メートルの糸が張り、東京・神奈川間が繋がった。
「そっちの準備はいいかー!」
携帯で川崎側の状態を確認する。
「はい、いつでも大丈夫です」
「じゃあ、しゃべるぞ」
「はいっ!」
紙コップに向かって大声を出す。糸が振動する様な音が聞こえ、確かな手応えを感じる。
伝わったはずだ。
すぐに川崎側の携帯を鳴らす。
「聞こえた?」
「はいっ!凄い、聞こえます!凄い!」
川崎側のスタッフの興奮が響く。
声は、届いた。
「もしもーし」
再び大声を出し、今度はすぐに紙コップに耳をつけてみる。
「もしもーし」
自分の声がやまびこの様に聞こえた。
川崎側からの声も届く。
「こんにちはー!」
「こんにちは!!」
「川崎側で録音した僕の声」 |
糸電話で市外通話は可能だった。
そして、僕の思いを伝える事が出来た。
糸電話は糸の張りさえキープ出来れば、結構な距離でも届く事が分かった。
長い距離の糸電話に必要なもの。
それは糸の張りと、それを保つチームワーク。
通信とは「通じると信じる」と書く。信じていれば通じるし、通じていれば信じられる。
ん?
今度はオランダのファールスにあるオランダ、ベルギー、ドイツの三国国境で「糸電話で国際電話」にトライだ!
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