鉄の鱗、スケーリーフット
それではもったいぶらずにお見せしよう、こちらが本日の主役(僕の中で)、鉄でできた鱗を持つ貝、スケーリーフット(ウロコタマフネガイ)だ。普段はインド洋の海底2000メートル付近の温水のわき出す周辺に生息しているらしい。
この茶色っぽい鱗の部分が鉄(正確には硫化鉄)でできている。その証拠に鱗の茶色いのはなんと錆びているのだ。この貝の住む深海では酸素量が少ないために錆びないのだが、上に持ってくるとやっぱり鉄なので錆びてしまうのだとか。言われてみればあたりまえのことなのだが、生き物が錆びるっていうこと自体が受け入れがたい。
難しいことはよくわからないが、この鉄の鱗は体内のバクテリアと海水の中の鉄分とで貝自身が作り出すものらしい。つまりミノムシのように外にある物を防衛のためにまとったのではないのだ。
現在地上にいるスケーリーフットは残念ながら標本のみ。いくら鉄の鱗で丈夫そうに見えても、深海で生きる彼らを地上で飼育するのは難しいのだろう。
プラスティネーション標本といいます
鉄の貝すげえ、って感動する前に一つおかしな点に気づかないか。そう、こんな貴重な標本を僕はぺたぺた素手で触ってしまっているのだ。大丈夫なのか。
これが大丈夫なのだ。スケーリーフット以外にもとてもリアルで貴重そうな標本をここでは普通に触ることが出来る。ちゃんと「やさしく、そうっとさわってね」と書かれているので本当なのだ。触っていいよ、と書かれていても怖くて触りたくない感じの生き物たちもいたのだが、触りたければ触ってしまっていいのだ。
これには秘密がある。実はこの標本、プラスティネーション(樹脂含浸法)と呼ばれる技術で本物の生物から作られた標本なのだ。簡単にいうと実物の生き物が持っていた水分などを合成樹脂に置き換えて固めたものらしい。食品サンプルとか蝋人形とかとは根本的に違う。
おお、これはまた真っ赤な色が鮮やかなプラスティネーション標本だこと。
そう思って気軽に触ってみたら、冷たく指先にぬるりとした水分を感じた。こいつ本物だ。いやもちろんプラスティネーション標本も本物なのでこの言い方はよくない、つまりこれは生だった。
これは海底1000メートル以下の場所から採取された「シロウリガイ」の仲間。こういう貴重な標本(というか生の貝だが)が直に触れてしまうのには驚きだ。
これまでなんとなく見たり聞いたり、そういう感覚を第一に勉強してきた僕は、触ることがいかに新鮮でインパクトのあることかということを今さらながら思ったのでした。
会場には深海生物の標本だけでなく、潜ってそれを採取してきた道具たちも多数展示されていた。でもこれらは触ってはだめだった。普通逆ではないかとも思うのだが、そういうものらしかった。