特集 2019年2月28日

銭湯の鏡に広告を出した話

字を入れてくれる職人さんのもとへ

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運転までしてもらってすみません。

車の中では、ツヤ子さんが近所の公園にたむろしている中学生たちに「もうそろそろ家に帰りー!」と注意して「うっさいわ!」と言い返されたけど、そんなことを繰り返しているうちにいつしか挨拶し合う仲になった話。趣味のゲートボールの話などを聞く。ツヤ子さんの元気の秘訣は「悪口を言うこと」だそうだ。

たどり着いた「松井工芸」は、近畿浴場広告社がずっと昔から取り引きしている職人さん。

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「松井さーん!取材の人連れてきたでー!」
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こちらが松井工芸の松井頼男さん。

松井さんは、近畿浴場広告社の江田秀明さんが独立する前にいた広告社の同僚だった。それが60年ほど前のことだというから、長い付き合いなんてもんじゃない。

広告ができる過程を見せてもらいに来たという図々しい私のお願いに対し、松井さんが独学で自分なりのやり方を作り上げたというスクリーン印刷の作業工程を説明してくれた。

まず、原稿がこのように完璧にできている場合。

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のままの形で刷って欲しいというケース。

この場合は、松井さんが工房にあるスキャナーで原稿を取り込み、パソコンを使ってそれをフィルムにプリントした上で、シルクスクリーンの版を作っていく。版にスクリーンコートという薬剤を2回重ねて塗り、扇風機で乾かした後、そこにフィルムを重ねる。

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「こんなして、こう重ねますねん」

そして写真スタジオ用のものだという照明で上から照らし、版に原稿フィルムを焼きつける。

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「こうして光あてますねん」

「この光のあて方が微妙やねん。要するに原稿の面積が広かったら、その分、高くから光をあてるから時間がかかるねん。15分ぐらい。原稿が小さかったら、光を近くであてればいいからすぐできんねん。時間が難しいねん。そいで焼けたら今度水洗いするわけや。そしたら光が通らんとこだけスクリーンコートが消えてまうねん」

と、こうしてシルクスクリーンの版ができ、あとは、素材にあわせインクを塗って転写していく。

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ムラなく伸ばして
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綺麗に字が出ました

「江田さん、長い付きあいになるけど知らんかったやろ?結構手間やねん!」「知らんかったわー!こんなしてやってんの?」「スクリーン印刷なら何色でも重ねられんねん!3色でも何色でも。もらえるお金たいして変わらんけどな!ワハハハ!」「そしたらやるだけ損やねー!アハハ」

二人のやり取りが最高である。

松井さんの手書きで文字を入れてもらえることに

このようにして、松井さんの工房では銭湯の鏡広告や注意書き看板などの印刷、企業から依頼されるノボリやタスキの制作などを行っている。原稿がカチッと決まっている場合はスキャンして、フィルムをプリントして、という行程になるのだが、例えば私が用意した原稿のような場合はどうするんだろうか。

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「ほうほう、デイリーポータル」

「これは文字はゴシックでええの?フォントを指定してくれたら、それをパソコンで打ち込んでフィルムを作っていきますねん」

松井さんは娘さんにパソコンを教わり、すべてご自分で一通りのことはできるのだという。パソコンにインストールされているフォントであればどんなものでも対応できるというわけだ。なのだが、今回、私はできれば松井さんの手書き文字の入った広告にしたいと思っていた。ご面倒かと思いつつそう頼んでみると「手書きでええの?できますよ」とのこと。

今回はデイリーポータルZの広告以外にも、千鳥温泉さんに依頼のあった複数の鏡広告の制作を同時にお願いする予定で、そのほとんどを松井さんの手書きの文字でお願いしたいことを伝えると「そんなにみんな手書きがええの?」と言う。

千鳥温泉の桂さんが「手書きがいいんです!今、そういうのが流行ってるんです!」と言うと、「え!そういうのが流行ってんの!?えー!コンピューターの字じゃなくてか!?」と松井さん。

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「分からんもんやなー!長生きしてみるもんやな!」

「ご面倒じゃないですか?」と念を押したが、松井さんは今も習字の先生をやっているほど字を書くのが上手で、手書きの字に味があると言われるのは「すごく嬉しいことや」と言う。それを聞いて安心した。

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松井さんが近所の区民センターで1回200円で教えているという習字の見本。
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このまま額に入れて飾りたいほど綺麗な字だ。
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「言語道断」という見本の言葉のチョイスも最高。

「パソコンの文字はな、たしかに垢抜けはしてんねん。でもな、味が無いねん」と松井さんが言う。桂さんが「松井さんもやっぱりそう思ってはったんですね?」と返すと、「実はな、そう思っとったんや(笑)」とのこと。

そこで改めて、たくさんの原稿の一つ一つについて「この文字は赤で、ここはお任せで」とイメージを伝えていく。

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「はいはい、なるほど、ここはこれでええわけやな」と、テキパキと意図を汲んでくれる松井さん。

私の伝えたぼんやりしたイメージについても「Zの一文字だけ赤いうのがええな。その方が目立つわ。あとは黄色の字に黒、これが一番目立つねん」と、アドバイスをしてれる。頼もしい男、それが松井頼男さん。

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「こんな字でも書いてもらえますか」とスマホを見せる桂さんに対し
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「書ける。これは隷書いうてな、こんな風にな」と実演してくれた。

松井さんは若い頃、梅田にあった看板屋さんで仕事をしていて、そこでは主に板に地の色を塗る作業をしていた。それが乾くと文字入れの職人さんがそこに字を書いていく、その職人さんの姿を見て憧れ、自分も「字書き」を志すようになったのだとか。

習字は子どもの頃から大好きで、学校で「書き方」の授業があると、前の夜は眠れないほど楽しみだったんだそうだ。松井さんが上手に字を書くと先生がいつも自分の席で立ち止まって「ふむ、綺麗に書けとる」と、その字を生徒みんなに見せる、それが心から嬉しかったんだという。

ちなみに、松井さんは看板屋さんに入る前は自衛隊にいたそうで、ラッパを吹く係をずっとやっていたという。「施設科」に属する隊員たちがスコップで迅速に地面に穴を掘る訓練をしているところ、松井さんはラッパ専門。そのラッパが上手で有名で、普段は就寝前に1回だけ吹く規則になっているのに、隊員たちがアンコールをするので松井さんだけ特別に2回吹いてよかった。隊員たちはみんな就寝前の松井さんのラッパを楽しみにしていたんだとか。

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「みんなスコップ持っとんのに僕だけラッパや。軽くて楽やねん」

そんな話をたくさん聞き、工房を後にした。「江田さん、ありがとうな!僕もあと2、3年は頑張るわ!」「2、3年ならお付き合いしますわ」という二人のやり取りが心に残った。

そしてついに鏡広告が完成した!

で、それから2週間ほど経って、千鳥温泉の桂さんから連絡がきた。「広告が完成したそうです!後日、江田さんが取り付けに来てくれるそうです」という。ワクワクしてその日、開店前の千鳥温泉にお邪魔した。

しばらくして江田さんが車でやってきて、今回依頼したたくさんの鏡広告を運び入れてくれる。

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うおー!ドキドキする!

デイリーポータルZの鏡は……。

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やった!
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松井さんの手書き文字もいい具合!

こちらが松井さんが作ってくれたフィルム。

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「デイリーポータルZ」の部分をコンピュータで出力し、残りを手書きにしてくれたみたいだ
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早速ツヤ子さんが取り付けてくれる。
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あっという間に取り付け完了!
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今後はこんな風に出会うことができるのか。

手際よく作業をこなしていくツヤ子さん

ツヤ子さんは、引き続き今回制作が完了した鏡広告を次々と取り付けていく。

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一から十まで全部一人でやる。
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中には古い鏡を取り外す際に劣化したネジが切れてしまうことも。この穴もそうらしい。
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そんな場合は「ジャンピング」やドリルで切れたネジを掻き出す必要がある。
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それができたらドリルで穴をあけ直したところに、「埋め木」と呼ばれる道具を差し込み、
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ノコギリで削り取る。昔はこの「埋め木」を割り箸で作っていたという。今はプラスチック製のもの。

千鳥温泉のタイルは質の高いものを使っているからその分硬くて、穴を開けるのが大変だとツヤ子さんは言っていた。

ガラスに直接文字を入れていた「裏書き」の頃から時が流れてプラスチック板に広告を転写する時代に変わり、楽になった部分ももちろんあるのだが、プラスチック板にもそれ特有の手間があるという。

掃除をする際にタワシなどでこするとインキが削れてしまうので、上からフィルムでコーティングしなくてはならない。松井さんの工房でできあがった板に、ツヤ子さんが一枚一枚フィルムを貼っているそう。気泡が入らないよう細心の注意を払う必要があるという。

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スマホの液晶保護フィルムを貼るのがめちゃくちゃ下手な私には無理だな。

江田さんは昨日も鶴見区の銭湯で鏡をたくさん張り替えてきたという。鏡が相当古いものだったので、裏のコーティングがボロボロ剥がれてきて大変だったらしい。

そんな話を私が後ろに立って聞いているうちにも作業はどんどん進み、ついに今回依頼したすべての鏡の張り替えが完了した!

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今日取り付けたものとは思えない馴染みっぷりの「喫茶ポエム」
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こちらは女湯に取り付けられたもの。
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ツヤ子さんの仕事道具。夫の江田秀明さんの収納箱をそのまま使っているという。
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取り外した古い鏡はこうしてツヤ子さんが車に積んで持って帰ってくれる。

千鳥温泉の桂さんは「これでほとんどの鏡が綺麗になりました!」と喜んでいる。今回、たくさんの鏡広告が入ったが、それによって千鳥温泉は得することなく、マージンなしでほぼ全額を近畿浴場広告社さんにお支払いしたそうだ。

桂さんは「予想以上に好評で、途中でもう少し広告料を高くすればよかったなと思ったんですけど、もう今回の分でほとんど鏡が埋まってしまったんです(笑)」と言う。千鳥温泉では昨年から修繕費がかさんで、コインランドリーの洗濯機や洗濯機にお湯を送る給湯器が壊れ、乾燥機が壊れ、お風呂のお湯を綺麗にするための「ろ過機」が壊れ、と大変らしい。ちょっとでも維持費を稼いで欲しいところだが、そのためには足繁く千鳥温泉に通って風呂上がりに缶ビールを飲んだりするしかなさそうだ。

桂さんは言う。

「今回やってみてわかったんですけど、今、銭湯の鏡に広告を出したいという人はたくさんいると思うんです。大阪の銭湯でも広告のない無地の鏡を使っているところや、古い鏡がそのままになっているところは多いので、そういう銭湯が広告主を募集してみるといいんじゃないかと思います。その売り上げを銭湯の維持費に当てることもできます。それに、そうすれば近畿浴場広告社さんや松井工芸さんにもお仕事がまわって、良いことづくめなんじゃないかと。お二人があまり忙しくなり過ぎないようにしないといけないですけどね(笑)」

 

鏡の取り付けが完了し、ツヤ子さんが帰っていった後も私はずっとデイリーポータルZの広告をカメラで撮り続けていた。

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何回見てもいい。

こんな風にして、時間をかけ、色々な人を介してやっと銭湯に広告が出る。この遠回り感が面白いんじゃないかという気がする。千鳥温泉にふらっと入りに来た人が「ん?デイリーポータルZ……?」と思って、風呂上がりに検索してサイトにたどり着いてくれたらそれほど愉快なことはない。

残念ながら現在は千鳥温泉の男湯にしかデイリーポータルZの広告が出ていないのですが、もしよかったらひとっ風呂浴びがてら見に行ってみてください!

取材協力:
千鳥温泉
https://jitenshayu.jp/
住所:大阪府大阪市此花区梅香2-12-20
電話番号:06-6463-3888
営業時間:14:30~23:30
定休日:毎週火曜日

近畿浴場広告社

松井工芸

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