特集 2019年8月1日

セミのでてきた穴を型取りして形を調べる

セミの出てくる穴を、素敵な樹脂で型取りしてみたら、きれいに形がとれました

 

父は数学教師。母は国語教師。姉2人小学校教師という職員室みたいな環境で育つ。普段はTVCMを作ったり、金縛りにあったりしている。(動画インタビュー)

前の記事:子供とのチャンネル争いを解決する方法がありました


こちらはとある生き物が作った造形物である。タイトルに答えが書いてあるので茶番だが、そうです。セミの出てきた穴を型取りしたものだ。下のほうなんて、セミの背中からおしりにかけた曲線っぽいでしょう

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背中のあたりにセミの面影(こちらは幼虫が入っている様子をイメージしやすいよう作成した合成画像です)
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発端はジェスモナイトという素材だった

駅のベンチとか遊園地の造形物なんかはFRP(樹脂素材とそれに塗り込められたガラス繊維)で出来ているわけだが、とても体に悪い。硬化させる時にヤバいガスが発生する(恐い噂がいっぱいある)。じゃあ、使わなきゃいいじゃん、という話になるのだが、軽くて加工しやすくて、強度があって耐久性もあって、安い!と長所もいっぱいなので、なやましいところだ。実際、造形の世界でもよく使われている。

換気のできる、例えば、ガソリンスタンドみたいな屋根のある作業場があればなんとかなるのだが、そんな空間持っている人なんてほとんどいないだろう。作る場所がなくて、樹脂の制作をあきらめた人は私以外にもたくさんいるに違いない。

 

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そこでジェスモナイトなのだ(2回目)

ジェスモナイトは、有機溶剤を使わない水性樹脂であり、人体に害が少なく環境にも良いことから、彫刻家の作品制作からハリウッド映画の美術まで、小ロットで造形物を作る現場で使われている(ガーディアンズオブギャラクシーのセットで使われている写真があってテンションあがった)

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混ぜる素材によって、質感もいろいろ調整できるらしい

これはぜひ、使ってみたい(めちゃくちゃ宣伝していますが、提灯記事ではありません)しかし、今から原型を作るのはめんどくさい。何かいい題材ないかなーと思ったら、窓の外でセミが鳴いていた。よし、セミの穴を題材にしよう。

ジェスモナイトのオンラインショップで「セミの出てくる穴を型取りしたいのですが……」という相談をしたところ、「あ、そうなんですね」くらいの雰囲気で適した商品をとても丁寧に教えていただけた。ありがたい限りである。(頭からジェスモナイトをかぶりたいという作家さんからの相談もあるそうだ。大変だ)

 

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さっそく公園に行く

セミの幼虫は、深夜から朝方にかけて地表に出てくることが多いらしい。羽化のためにスタンバイしているところに流し込むのは申し訳なさすぎるので、昼間に行なうことにしよう。

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セミ取りをしている子供たちがいる。期待できそうだ
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さっそくセミの抜け殻、発見!

ということは足元を探せば……

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穴、ありました
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奥がどうなっているかはわからない
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穴が見つかったので、ジェスモナイトをとりだす

もともとは、コンクリートっぽい質感のでるAC730を使う気だったのが、こちらは流動性が低いらしい。セミの穴の型取りにはおそらく向いていないと、販売元に教えてもらった。今回は一番ベーシックなAC100を使う。

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ベースと呼ばれる「粉」と、硬化剤をふくむ「液体」を混ぜよう

 

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規定の配分(2.5:1)に従って、粉に液体を注ぐ

比率はわりと融通がきくらしく、オリジナルの比率で粘度を調整して使っている人も多いらしい。イメージとしては、耐久性のある石膏といったところだろうか。臭いもほとんどない。石膏みたいに攪拌する時に大量の粉が飛び散る……といったこともない。これなら確かに家庭でもできそうだ(最高じゃないですか?)

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あとは急いでよく混ぜる

化学反応がはじまったら、15分くらいで硬まってしまうので、できるだけテキパキと作業を行う。

 

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セミの穴にジョロジョロ
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10秒くらいで満タンになった
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いろんな穴に注ぐ
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息子が同じポーズをとっていたのでご報告させていただきます
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ぜんぶで10カ所に注いだ

AC100は1時間くらい待つとより強度が出るとのことだったので、息子と公園で遊びながら待つ。

 

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型取りの労力を1とすると、18くらいの労力がかかった

そろそろ硬化している頃合いだ。セミの穴に流し込んだジェスモナイトに触れてみる。しっとりとした湿り気があり、手触りは石のよう。プラスチックっぽさはあまりない。

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「穴」のまわりをスコップで慎重に掘り出す
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さつまいも掘りとか自然薯掘りなんかに近い作業だ
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土くれと一緒に「穴」が出てきた
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他の穴も、どんどん掘り出す
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電信棒のそばでよく見かけるかりんとうみたいである
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水で、絡みついた木の根や砂利を取り除く

綺麗になった!せっかくなので妻にちゃんとしたカメラで撮影してもらう。

 

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頼もしき妻
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見よ、このくびれのある官能的な立体を
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動物のキバやツノで作られた呪物品みたいでもある

基本的な形状としては、とっくりのようになっている。地表と接する狭い穴の入り口の奥には、ぷくっとふくらんだ空間がある。

 

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このふくらんだ部分にセミがいたのだろう
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木の根を巻き込んだ毛むくじゃらタイプ
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小さめの穴たち大集合
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心の目で見れば、セミが前足で土を掻き出した軌跡が見えてこないだろうか

セミの人となり(セミとなり)を想像してみるのはとても楽しい。だが、思ってたよりも穴が「短い」と思わないだろうか。

全部で10個ほど型取りしたのだが、その全てが短かった。アリの巣とまではいかないけれど、もっと長いトンネルを想定していた。連日雨が続いて埋まってしまったのだろうか。

ネットでざっと調べてみたものの、セミの穴に関する記事は少ない。地表から20cmから70cmくらい深さで幼虫は生活しているようだが、穴の全長については記載が見つけられない。うんうん唸りながら調べていたらとある情報が見つかって驚いた。

セミは益虫でも害虫でもないので、実はあまり調査が進んでおらず、まだまだ謎の多い生き物らしい。こんなに身近で存在感の塊なのに!得にも損にもならないから、研究が進んでいないなんて!だから、ネットで情報が少ないのだろうか。困ったなと悩んでいたら、当サイトの生き物マスターのおふたり(伊藤さん・平坂さん)が知恵をかしてくださった。

 

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おそるべき頼もしさ

伊藤さんの「セミ イズ ワールド」に至っては、頼もしさが臨界点を超えてしまって、もはや意味がよくわからない。しかし、アルピニストが山を語るような気高さを感じる。

そして、そして、「なぜセミの穴が短いか」という問いに対する答えがいただけたのですよ、みなさん!刮目せよ!

 

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スマホに向かって「なるほど!」と声を出してしまった。

 

セミは、地下に長いトンネルのような空間を作っていると勝手に思い込んでいたが、人生のほとんどを地下で過ごす彼らは、アリのように土を地上に送り出すことなんて確かにできない。セミにとって、掘ることと埋めることは同じことなのだ。

アリにとっての「穴」は通路・居住区という感覚があるかもしれないが、もしかしたら、セミには、「穴」という感覚自体がないかもしれない(私たち人間がプールで水をかく時に「穴」を認識しないのと同じように)

疑問が消えた。うれしい!ありがたい!伊藤さん、平坂さん、ありがとうございます!

ふと、セミは益虫でも害虫でもないので研究が進んでいない、という情報を思い出した。お金を生み出さなさそうなセミに対してさえ、この豊かな知識量。これこそが本物の教養に違いない。セミ イズ ワールドだ。

 


セミの穴を型どってみて

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夢の詰まった穴たち

思っていたよりも短くて、なんだか残念と思った今回のセミの穴だが、土の中で何年も何年も暮らしてきた彼らの姿をきちんと写し取っていたようでうれしい。
セミは羽化が近づいてきたら、地表近くに息をひそめ、羽化のタイミングを待つ。もし、外に出た時に、酷い雨だったり、外敵がいたりしたなら、それで終わり。全ておしまい。セミは、大舞台に向け特別な緊張感を持って、この穴で静かにその時を待つ。
ネクスト・バッターサークルで打席を見つめる高校球児みたいに。今、この穴がとても愛おしい。

 

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「ちょっと道を間違えた感」があって、伊藤さんはこちらの穴がお気に入りだそうです

 

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