東京から3時間、締切のある町へ
見られる締切は宮城県にあるらしい。ということで東京から東北新幹線に乗り一路北を目指す。
ここからは在来線を乗り継いで目的地へと向かう。
陸羽東線で古川→小牛田、石巻線に乗り換え小牛田→前谷地、さらに気仙沼線で前谷地→柳津というルートだ。
東京駅を出て約3時間。やってきたのは柳津と書いて「やないづ」である。「やなづ」か「やなつ」だと思っていたがどこからか「い」が発生している。「やなぎ」の「ぎ」が「い」に変わったイ音便か?
気仙沼線は前谷地駅から気仙沼駅までを結ぶ路線だが、電車でいけるのはこの柳津駅までだ。その先は東日本大震災の津波の影響で今でも線路が復旧しておらず、BRTというバス輸送システムが運用されている。
線路が打ち止めになっているので柳津駅では全ての乗客が電車から降りるが、その多くはそのままBRTに乗車してその先を目指す。一見すると終点っぽいのに誰もここが目的地ではない。柳津駅はそんな不思議な駅である。
さて、到着したものの実は締切がどこにあるのか詳しいことは全く分からない。ネットでは「どうやら柳津という町にあるようだ」という情報しか得られなかったのだ。締切が見つからず原稿の締切に返り討ちにされる可能性もゼロではない。とんでもない伏兵である。
先に言っておくと締切を見に来た人はここで自転車を借りた方がいいです。でないとかなり歩くので。そしてみんなでレンタサイクルを好評しよう。
ついに締切とご対面
結論から言うと無事に締切は見つかった。駅を出てから約75分の探索の末に締切は発見された。
全国1億2,000万人の締切を抱えた皆さんから「いいから早く締切を見せろ!」という声が聞こえるのでさっそく締切をご覧いただこう。
見つけた時には思わず「締切だー!!」と声が出た。ここにいたのね、締切。
いつも何処からともなく気がつくと近づいている締切が、宮城県の片田舎でひっそりと碑になっている。我々がいつも直面している締切がオンの状態だとしたら、この締切は完全にオフだ。締切のプライベート流失。
締切が目前だと普通はかなり焦るが、ここで締切を目の前にしても全く焦る気持ちはない。
普段は締切の方から人に迫ってくるわけだが、ここでは人の方から締切に迫っていくからだろう。
完全に立場が逆転している。締切は内心めちゃめちゃ焦っているはずだ。
「焦っているんだろう!」とマウントをとってみたものの、さすがに締切の威圧感はすごい。
碑には昭和六年一月二十二日という日付が刻まれている。88年以上ものあいだ締め切ってきた年期の入った締切からは神社のご神木のようなパワーを感じられる。ご締切だ。
やはり締切は迫ってきてなんぼという感じがする。今回も締切を乗り切った…!という悦びは締切に迫られれば迫られるほど大きくなるのだ。苦しめられてはいるが、やはり締切はなくてはならない。
今後も締切を守れますようにと神様のようなご締切にお願いしてこの場を後にした。
締切は川の水を締め切っている
迫りくる締切も撮ることができたしやりたいことはやれたのだが、この締切はいったい何なのかということも説明しておきたい。
既にお察しの方も多いと思うが、この締切は「あらかじめ決められた終了の期日」の意味ではない。ではどういうことなのか。
締切があるのは北上川河川歴史公園。名前の通り、公園のすぐ脇を東北一の長さを誇る北上川が流れている。
締切の詳しい場所が分からない状態で現地入りしたと先程書いたが、実は北上川河川歴史公園にあるんじゃないかという目星はついていた。
なぜこの北上川河川歴史公園に目星をつけていたかというと、柳津駅の周辺で締め切られそうなものが川の水くらいしか見当たらなかったからだ。
このあたりにライターや作家がたくさん移住してきている物書き村みたいなものがあったら捜索は難航していたかもしれない。期日的な意味の締切とは縁のなさそうな町でよかった。
北上川は明治43年に発生した洪水で周辺地域に大きな水害を及ぼし、翌年の明治44年から北上川の改修工事が行われることになる。
その工事は柳津から下流へ12kmに渡って新たな川を開削し、さらに追波川という川を拡幅することで、これまでとは別の湾に北上川の水を流すという大規模なもの。工事が完了したのは昭和9年である。
実に23年に渡る大工事の末、下流地域の人々を洪水から救う新たな北上川が誕生したのだ。
大工事によって開削された現在の北上川と旧北上川の分岐点になっているのがここ柳津だ。
そして旧北上川へ必要以上に水が入らないよう、計画的に川の水を締め切っている構造物、それこそが締切なのだ。
実は締切という言葉には「堤防などで河川や湖沼への余分な水や潮の流出入を防ぐために築く構造物」という意味もある。あの碑に書かれた締切はその意味だ。
締切は東北最長の河川というめちゃくちゃ大きなものを締め切っていた。この締切のおかげで旧北上川周辺の住民が洪水から守られているのだ。
筆者もライターとして編集部から締切を言い渡されているわけだが、それは記事の掲載を守るためである。デイリーポータルZが17年続いてきたのも締切があるからこそだとも言える。
「締切、ありがとう」
雄大な北上川と巨大な締切を眺めながらこれからも締切と上手に付き合っていきたいと思う筆者であった。
周辺スポットも紹介します
これをみて締切を見にいきたいと思った人のために周辺で観光できそうなスポットも紹介しておこう。
①柳津虚空蔵尊
北上川河川歴史公園から自転車で20分ほど走ると大きな鳥居が突然現れる。726年に行基が開いた歴史あるお寺だ。
②道の駅 津山
「もくもくランド」という愛称の通り木の温もりがあふれる道の駅。宮城県名物の油麩(仙台麩)も食べられる。
せっかくなのでとそれっぽい場所を回ってみたが、寺社仏閣と道の駅、「何もない場所でもこの2つはあるよね」というラインナップである。
県境だって観光地として注目されるこの時代だ。柳津には締切を観光地として盛り上げていってほしい。