けっきょく人の思いが伝わる取材でした
今回、ひまわり5号を見たいという目的で取材をはじめたはずなのに、最後のほうでは、ひまわり5号を見れたとか見れなかったということは、ほとんどどうでもよくなってしまってきていた。
宇宙を開発したい、観測をしたい、あるいは旅行にいきたいという人もいるかもしれない。そういう人たちの思いによって、結局はひまわりも飛んでいるわけですよね。宇宙を見に行ってなぜだか人の心に打たれた取材でした。
ひまわり5号が引退した、というニュースを聞いた。夏ごろの話になる。
ひまわりといえば、天気予報でよく見る雲画像を送ってきてくれる人工衛星だ。それが引退して、新たにひまわり6号が使われるようになるという。
なんのことはない。たんに人工衛星が世代交代するという技術的な話。
でもそのニュースをきいたとき、なぜだかぼくは、くらい宇宙のなかを一人ぼっちで死んでいくひまわり5号の姿を想像して、少しさみしくなってしまった。
引退したひまわり5号はこれからどうなるんだろう。
よく聞くように、大気圏に落ちこんで燃えてしまうんだろうか?
だとしたら、せめてその前に一目その姿をみたい。そして今までありがとうと言いたい。
※2005年11月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
とはいえ、人工衛星なんてどうやって見たらいいんだろう。双眼鏡で見えるんだろうか。
調べたところ、ひまわりは大気圏に落ちてしまうことはないものの、地表からとても遠いところにあり、望遠鏡でないと見ることができないらしい。
それに、いまの5号は空をふらふらと動いているため、軌道をただしく計算してやらないと、どこにいるのかを知ることもできないとのこと。
しかしそう言われたところで、望遠鏡も持ってないし、軌道の計算なんてできるはずがない。
調べはじめたばかりなのに、いきなり壁にぶちあたってしまった。
ひまわり5号を一人でみるのは難しそうだ。ここはやはり詳しい方にアドバイスを頂くことにしよう。
調べたところ、岡山県の倉敷科学センターというところに、人工衛星の観測で有名な三島さんという天文技師の方がいらっしゃるとのこと。同サイト内にも、三島さんの撮影された人工衛星や彗星などの画像がいろいろと掲載されている。
なんとかして三島さんにご協力をいただけないか・・と連絡をしたところ、なんとびっくり、OKを頂けたばかりか、「そういうことなら科学センターの天文台で一緒に探しましょう」とまでおっしゃって下さった。
それは願ってもないことです。ぜひお伺いします!
というわけで、すぐにでも倉敷に行きたかったのだけど、三島さんの計算によれば、ひまわり5号の当時(8月ごろ)の位置は日本からみて地球の裏側にあたり、見ることができなかったらしい。
再び観測できるようになる10月下旬が来るのを待って、いよいよ倉敷にお伺いした。
倉敷科学センターで、三島さんが出迎えてくださった。上の写真の天文台が今回の観測の舞台だ。
天文台の望遠鏡で星をのぞくのは始めてなので、すごくわくわくする。はたしてどんなふうに見えるんだろうか。
午後8時ごろ、いよいよひまわり5号の観測の準備が始まった。
ぼくにとって天文観測は分からないことばかり。天文台のなかのようすや、自由に開閉して360度回転する屋根、望遠鏡を操作するコンピュータの画面など、見るものがいちいち新鮮で、びっくりする。
そんなふうに驚いているぼくのわきで、三島さんはたんたんと準備を進めていた。
いよいよ準備ができた。
じっさいに観測をするときは、上の写真のように部屋の電気を消してまっくらにする(なお、この写真は実際よりも明るめに調整しています)。
目的となるひまわり5号をいきなりさがす前に、まずは確認のため、肉眼でも見えるような明るい星の方角に望遠鏡を向けて、ちゃんと見えるかどうかを確認する。
まずはOKのようだ。
ところが、しばらくして急に空が曇ってきたため、視野から星が消えてしまった。
実は、倉敷には前日からお邪魔していたのだけど、その日は一日中くもっていたために、結局観測をすることができなかった。
今日も、夕方までは雨が降るような曇り空だったのが、夜になって晴れているのをみて、観測を始めたのだった。
ふだんから天体観測をしている方にとっては常識なのだろうけど、観測できるかどうかは天気しだい、ということを痛感する。
じつは、ひまわり5号をさがすのは、色々な理由でむずかしいことがすでに分かっている。
まずは、観測しやすい天体をいくつか見せてくださった。
この日は、地球と火星が2年ぶりに最接近する日だったらしい。日が沈んですぐ、肉眼でも地平線ちかくに赤く輝く火星をはっきり見ることができた。
つぎに、いま気象衛星として働いているひまわり6号を見させていただくことができた。
すごく暗いけど、真ん中にとまって見える点がひまわり6号。
(マウスオーバーで動きます)
ひまわりは静止気象衛星というカテゴリに属している。地球の自転にあわせて約24時間で赤道上をまわっているため、地上からは止まっているように見える。
上のアニメでも、まわりの星は動いているのに、まんなかのひまわり6号だけがとまっているのが分かる。
そして次の画像はちょうどそのころにひまわり6号から撮影された地球の画像。ひまわりの高度3万6千kmを介した、やたら遠距離な写真の撮り合いになっている。
といったところで今回の主目的、ひまわり5号の捜索がはじまった。うまく見つかるだろうか。
ひまわり5号の観測をするためには、まずその現在の位置を計算する必要がある。
その計算のやり方はぼくもまったく分かっていないのだけど、ただ一つ、人工衛星の軌道要素というものがすごく大事で、これをもとに軌道を計算する、ということだけは教えていただいた。
そして以下は、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)というところの出している、ひまわり5号と6号の軌道要素の例だ。
HIMAWARI 5 (GMS 5) ← ひまわり5号 MTSAT-1R ← ひまわり6号 |
これらのわけのわからない数字には、人工衛星の軌道の楕円のゆがみ方や、傾きぐあいなどのデータが入っているらしい。
その中から一つだけ、上記で青くしめした数字の意味が比較的わかりやすい。この値は、衛星が一日に地球を何周するかをあらわしているそう。ひまわり5号は約0.99となっているから、その速度は地球の自転よりも遅い(=1日ごとに西にずれていく)ということが分かる。
上の写真のようにして、ひまわり5号の時刻ごとの位置をプリントし、いまそこにいるはずの位置の周辺を望遠鏡でスキャンするようにして探していく。
しかし、ひまわり6号があっという間に見つかったのにくらべて、5号は探しても探しても見つからない。
そもそも、運用のおわった静止衛星を見たいなんていうぼくの考え自体が、かなり無茶な注文なのにちがいない。なにしろ、
とにかくいろいろとわからないことが多すぎて、ふつうだったら観測してみましょうと言ってくれる人はいないかもしれない。そんな条件なのに、三島さんはたんたんと5号を探してくださっている。
観測開始から4時間ほどが経過し、時刻は午前0時をすぎた。
「このまま三土さんを手ぶらで帰すわけには行きません。それに半分意地もあります(笑)」といいながら、なおも捜索をつづけてくださっているのだけど、さすがにあまりにも申し訳ないし、三島さんに風邪をひかせてしまってもいけない。
そろそろ終わりにしましょう、と言うタイミングを計っているとき、「おそらく違うとは思いますが……」といいながら、ぼくに望遠鏡をのぞくよう、手で合図をしてくださった。
中央の点が、ひまわり5号かもしれないけど、おそらく違う、という画像 (マウスオーバーで動きます)。
違うだろうというのは、位置は近いけれど、ひまわり5号にしては明るすぎるというのがひとつの理由らしい。
その後コンピュータで他の衛星の位置とあわせて確認したところ、おそらくオーストラリアの静止衛星 OPTUS B3 ではないかとおっしゃっていた。
その後も1時すぎまでさがして下さっていたのだけど、三島さんによると、だんだんひまわり5号の位置が、他の静止衛星の集まっているあたりに重なってきてしまったらしい。
つまり、たとえ本当に5号をみつけたとしても、それがほかの衛星でないという確証をもつことができない、ということになる。この時点で三島さんの了承をいただき、観測は終了ということになった。
たしかにひまわり5号は(確信を持っては)見つからなかったけれど、もはやそんなことはどうでもいいくらいに、三島さんは圧倒的にいい人だった。
その日の夜は(じつは前の晩も)、三島さんの家に泊めさせて頂いて、三島さんと奥さん手作りの夜ごはんをご馳走になったのだった。
朝は朝でごはんを用意してくださり、昼間は奥さんの案内で市内観光、夕方は三島さんの指導で手作りロケットの作成と、いたれりつくせり。
ぼくはこの取材でひまわりを見にいったんじゃなくて、三島家にホストされに行ったというのが、たぶん正しいんだと思う。
見つからなかったのはたしかに少し残念だったけれど、ここはひとつ、その結果も含めて、そもそもひまわり5号を作ったかたにお話をきくのがいいのかもしれない。
茨城県つくば市にある、宇宙航空研究開発機構(JAXA)筑波宇宙センターにお伺いしました。
人工衛星などの展示された室内で、じっさいにひまわり5号の開発にたずさわった、宇宙利用推進本部の坂部さんにお話を伺うことができた。
残念ながらひまわり5号をみることができなかったことを伝えたところ、坂部さんは
・こちらでもひまわり5号の軌道をシミュレートしてみたところ、地球を一周してきて、現在はインドネシア上空にいるようで、したがってNORADの出している軌道要素は正しそう。
・岡山で見られなかったのは、ひまわり5号が暗かったからかもしれない。
とおっしゃっていた。
上の写真でも分かるように、全体が円筒状になっているひまわり5号は、太陽などの光が、縦一列の線のような形ではねかえる。6号のように、太陽電池パネル全体が光を面ではねかえすのに比べると、5号のほうは相対的に暗いのかもしれない(これはぼくの想像です)。
7月21日にひまわり5号が運用を停止した当日の手順は、坂部さんによると、
「まずは、軌道の離脱、ということをします。それから積んでいる燃料を使い切り、その後に、電波を出さないように、すべての機器をオフにします。」
ということらしい。静止衛星の軌道は経度ごとに1つしかないので、ひまわり5号は、同じ東経140度をとぶ6号のために軌道をあけてやる必要がある。5号の場合は、静止軌道より300kmほど高い位置に移動したらしい。
すべての機器をオフにするということは、擬人的な言い方をすれば、生命維持装置を外すという感じだ(だいぶ違うかも)。なんにしても、さみしく感じたりはしないだろうか。
―運用停止の際に、とくべつな感慨があるものですか。お別れ会をしたりとか。
「さみしい気持ちはないけれど、これでようやく終わったのかなあという感じですね。お別れ会は、個人的にやった人はいたみたいですが(笑)」
やはり、実際の関係者の方は粛々と運用をされているらしい。打上げが成功したら安心というわけにはいかなくて、静止軌道に入ってもまだまだ、運用がおわってようやくほっとする、ということのようだ。
一目みたいとか、お別れをしたいとかいっているぼくは、少しミーハーなのかもしれない。
今回、ひまわり5号を見たいという目的で取材をはじめたはずなのに、最後のほうでは、ひまわり5号を見れたとか見れなかったということは、ほとんどどうでもよくなってしまってきていた。
宇宙を開発したい、観測をしたい、あるいは旅行にいきたいという人もいるかもしれない。そういう人たちの思いによって、結局はひまわりも飛んでいるわけですよね。宇宙を見に行ってなぜだか人の心に打たれた取材でした。
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