いないとは言えない
『ファン付き作業服かと思ったらちっちゃい和菓子を出してくれるただただ親切な人』だった。
それが誰で、なんのためにそんなことをしているのかは分からない。しかし、やろうと思えばできるということだけは今回はっきり分かった。分からないことだらけだが、そんな生き物はいない、と断言することもまた不可能なのだ。
街でよくファン付き作業服を見るようになってきたなと思う。中に風を送り込める機構のついた服である。最初に知った時は滑稽に感じたが、最近の夏の暑さを思えばあれくらいやって当然だし、見慣れるとそんなに変にも思わなくなってきた。
しかし待てよ、あの服の膨らみが風によるものかどうかなんて本人にしか分からない。例えば、ファン付き作業服を着ている人かと思ったら、ファンのところからちっちゃい和菓子が出てきて人に配っていたらどうだろう。
それは親切な人だ。ファン付き作業服を着ている人かと思ったらただの親切な人だったのだ。その人になった。
ファン付き作業服とは、こういうものである。
通常、この服は中に風を送り込まれて膨らんで見える。しかし、その風は着ている本人にしか分からないものである。もしかしたらちっちゃい和菓子がパンパンに入っているかもしれないのだ。
そういう服を作った。なぜかというと『可能性は限りなくゼロだが、そういうことが無くはない』という人物を、現実のものとして見ておきたかったから、そしてあわよくばそれになりたかったからである。ツチノコやUFOと一緒だ。『ファン付き作業服みたいな服からちっちゃい和菓子を出してくれる人』
できたものがこちらである。
うん、あの作業服に見える。満足の出来である。
ウソみたいな生き物をこの世に誕生させることができ、さらにその生き物になれて胸がいっぱいである。これからは履歴書に書こう。ファン付き作業服みたいな服からちっちゃい和菓子を出す人になったことがある、と。
貴重なのでもう一度見ておこう。
親切な人だ。ただただ親切な人。
ただただ親切な人を堪能したところで、作る過程を紹介しよう。
冬用の作業着だったら生地が二重になっていたかもしれないが、ファン付き作業服かと思わせるには夏の作業着であることが必須である。だからここはこだわるべきだと自分を奮い立たせて裏地を付ける。
このボンド、ものすごく便利です。早くきれいにしっかり付く。
さて、この伝説の生き物であるが、和菓子を出す様子に慣れるに従ってファン付き作業服に見えなくなってきた。変わった大きなポケットに見える。感覚をリセットするために、しばらくファン付き作業服の人として過ごしてみることにした。
「肉が焼けそうだ」
ファン付き作業服を着た僕は思った。夏の間だけでも違う素材のテーブルを用意したほうがいいかもしれない。なんの権限もないがそう思った。
どうだろうか。『ファン付き作業服の人』に目が慣れてきただろうか。
不意に、今どれくらいの和菓子が入っているのか気になって全部出して並べてみることにした。
夢かな。
全部で32個。ガサッと大きなお椀に入れておけばだいたいの集まりはしのげると思う。
しかし「もっとできるだろ」と、ファン付き作業服っぽいただの親切な人としての心に火が付き、今度は持ってきた全ての和菓子を服の中に詰めることにした。
大きな和菓子アソート二袋、栗きんとんときなこ棒全てが軽々入った。ずっしりしている。首のあたりにかなり負荷がかかっている感じがするが、これがこの生き物の全力を出した姿である。
いや、まだ余裕があるので和菓子アソートもう二袋くらいはいけるかもしれない。末恐ろしいことである。
『ファン付き作業服かと思ったらちっちゃい和菓子を出してくれるただただ親切な人』だった。
それが誰で、なんのためにそんなことをしているのかは分からない。しかし、やろうと思えばできるということだけは今回はっきり分かった。分からないことだらけだが、そんな生き物はいない、と断言することもまた不可能なのだ。
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