スタートしてしまったらあとはひたすらコースを塗りつぶしていくだけである。
トレイルランニングの場合、フルマラソンとは違い整備された道を走るわけではない。
ではコースはどうやって作られているのか。
選手は全員地図を持っているが、それでも常にそれを見ているわけではない。どこがコースなのかわかるよう、木の枝にテープで印がつけてあるのだ。
大きな大会だと迷いやすい場所に誘導の人が立ってくれていたりするのでめったに道に迷うことはないのだけれど、何十時間も走っていると頭がぼんやりしてきてコースのマークを見逃してしまうことがある。
山には街灯なんてないから、特に夜は道を間違えやすい。どれだけ疲れていても、自分の力で山を降りてこられるだけの気力と体力は残しておくのが基本である。
トレイルランニングではコースの途中に山がいくつかあって、それを登ったり下りたりしながらゴールを目指す。
レースでは山のてっぺんにはだいたい誘導のスタッフさんが待機していてくれて、声がけをしてくれたりベルを鳴らしてくれたりしている。
この音が聞こえてくるともう少しで山頂なのだ。あんなにうれしいことはない。
エイドステーションの神々しさ
コースには15~20キロくらいごとにエイドステーションと呼ばれる補給所があるので、そこで水分や食料を補給させてもらう。休憩もする。
夜になったら寝るのか、と聞かれることがあるが、寝る人もいれば寝ない人もいる。
寝ると言っても一時間も寝てしまうともうどうでもよくなってきっと朝まで寝てしまうので、だいたい10分とかそういう仮眠である。
トップレベルの選手も僕たちみたいな市民ランナーも、同じ舞台で戦うことができるのがこういったレースのしびれるところである。
たまに速い選手が「鹿か!」と思うような速度で抜かしていくのを目の当たりにすると、人間の無限の可能性を感じる。
だいたいこんなところである。
40時間くらい走っているのだ、他にもっと言うことあるだろう、と思うかもしれない。そりゃあないこともない。
寝ずに走っていると幻覚を見たりするし、熊が出てレースが中断することもある。僕は今回転んで手から血が止まらなかったので、夜中にしばらく片手を上げたまま走った。当ててほしい人の霊みたいだ。
でもこうしたことはどれだけ説明しても冗談みたいに聞こえてしまうだろう。
言ってしまえば競技自体が冗談みたいなところあるので、こればかりは興味を持っていつか出てもらうしかないと思う。
完走できたらうれしいし、それ以外は悔しい
レースは時間内にコースを走破し、ゴールできたら完走、できなかったらリタイヤとなる。リタイヤすると悔しくて泣く。大人でもしゃがみこんでおいおいと泣く。
レースを終えて家に帰るとレース前と変わらない日常が待っている。
160キロ走ってきても翌日は仕事だし電車は混んでいるし家賃が安くなるわけでもない。
なぜ走るのか
ならばなんでそんな過酷なレースに出るのか。これは本当によく聞かれるのだけれど、楽しいから、としか答えようがない。
100マイル(=165キロ)という距離のレースは本当によく出来ているのだ。そこそこトレーニングを積んだ人が、這うようにしてギリギリゴールできる限界が100マイルなんだと思う。
しっかり練習していても途中でトラブルがありリタイヤしちゃうこともあるし、逆に練習さぼっていても完走できちゃうことも、いやそれはないな。さぼると確実にゴールできない、それがおもしろさなんだと思う。
次のレースは9月です。楽しみ~。