特集 2022年1月20日

東海道線から見える"気になる岩”を見にいった

東海道線から見える岩がある。静岡県の浜名湖を越えて愛知県に入った頃に、右手の景色を眺めていると、白い岩がひょっこり顔をのぞかせる。

木々が茂る丘の上に岩が突き出る姿はとても印象的で、通りかかるたびに「あれはなんだろう」と気になっていた。せっかくなので見にいってみよう、できれば頂上まで登ってみたい。

1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

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浜松~豊橋間の車窓に見える巨岩

突然だが、私は春・夏・冬の各シーズンに「青春18きっぷ」で旅行するようにしている。18きっぷについてはご存じの方が多いと思うが一応説明させて頂くと、期間内のうち5日分、JRの在来線が乗り放題になるという切符である。

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時間はかかるがリーズナブルに長距離移動できるので重宝している

近年は各地の新幹線開通にともなう在来線の第三セクター化により昔ほど使い勝手が良くなくなったものの、それでも日本全国へお得に行けるのでいまだに利用し続けている。毎シーズン18きっぷを買うことで、自分に旅行を義務付けているというのもあるだろう。

そんな私が最も利用する機会が多い路線が東海道線である。関東と関西を繋ぐ大動脈ということもあって、1シーズンに最低でも1往復は乗車している。

だいたい始発で出発するのだが、その場合は熱海で浜松行きに乗り換え、浜松で豊橋行きに乗り換えることになる。

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浜松発豊橋行きは前寄りの車両に乗り換え客が集中するが、最後尾は空いている

熱海~浜松間は約2時間半の長時間乗車ということもあり、だいたい寝ているか本を読んでいる。一方で浜松~豊橋間は眠気が取れた頃合いである上に乗車時間が約30分と短いので何もせず、ぼーっと景色を眺めていることが多い。

そんな時に、件の岩が視界に飛び込んでくるのである。

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新所原(しんじょはら)駅を出た辺りで、剥き出しの巨岩が見えてくる
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鎮座ましましているというたたずまいで、なんとなくありがたい感じだ
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毎回、岩山が見えなくなるまでその姿を追ってしまう自分がいる

実に特徴的な姿なだけに、目にする度に「あの岩はなんだろう」と気になっていた。なにかいわれがあったりするのだろうか、岩の上まで登ることはできるのだろうか。

在来線のみならず東海道新幹線からも見えると思うので、この岩を気になっている方は少なくないのではないだろうか。その積年の疑問を晴らすべく、見にいってみようと思った。

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立岩街道を歩いて巨岩へ向かう

というワケで東海道線を途中下車し、気になる岩を目指すことにした。なお、あの岩についてあらかじめ調べたりはせず、事前情報がまったくない状態である。それはいったいどのようなものなのか、自分の目で確かめたいと思ったからだ。

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あの岩の最寄り駅である新所原駅に下りた

新所原駅から歩き始めると、すぐにひとつの発見があった。岩に向かって続いている道の名が「立岩(たていわ)街道」というのだ。

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この道が「立岩街道」であると示している標識

この「立岩」というのが、あの岩の名前なのだろう。街道の名称に冠せられるくらいなのだから、立岩はこの地域にとって象徴的な存在であるに違いない。おぉ、なんだかわくわくしてきたぞ。

ちなみに後で知ったことであるが、「立岩街道」は平成2年に名付けられた愛称であり、明治時代の地図だと「新所街道」と記されている。もっとも、わざわざ愛称にするということは、現代においても立岩は道のシンボルとして親しまれている証拠であろう。

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立岩へと続く、旧街道の路地へと入っていく
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立岩の麓にたどりつくと、そこには稲荷神社が鎮座していた

日本には古くより巨石に神が降臨するという「磐座(いわくら)」の信仰がある。非常に印象的な岩山なだけあって、立岩もまた磐座なのではないかと薄々思ってはいたのだが、やはりそうらしい。この神社は立岩を御神体として祀っているのだ。

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なにはともあれ、まずは社殿にお参りをする
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立岩を見上げてみると、確かに神を感じさせるには十分すぎる威容だ

古くから信仰対象であった岩山であれば、祭祀は山頂でも行われていたことだろう。また開けた平地に屹立する岩山の山頂からは周辺地域一帯を見渡すことができ、戦乱の世では絶好の見張り台であったに違いない。いや平和な時代においても、その魅力的であろう眺望は子供の遊び場や行楽の山として多くの人が登ってきたはずだ。

なんかごちゃごちゃ言っているが、要するに、現在も立岩の山頂へ登る道がある可能性は高いのではないだろうかということだ。私もあの頂に立ち、そこからの景色を見てみたい。

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立岩に登ってみたかったが……

一般的に信仰の対象となっている山は、その麓に鎮座する神社から登拝道が続いているものである。富士山の浅間神社しかり、三輪山の大神(おおみわ)神社しかり、日光男体山の二荒山(ふたらさん)神社中宮祠しかりだ。

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特に富士山は各登山道ごとに浅間神社が存在する(写真は須走口の冨士浅間神社)

なのでこの立岩においても、稲荷神社の境内から山頂へと続く登山道が伸びているのではないかとアタリを付けた。

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社殿の脇から、さらに奥へと続く石段が見えた

すわこの石段が登山道の始まりなのではないかと思いきや、奥へと進んでいくと一回り小さな社殿が建っていた。

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石段はここへ通じる参道であった

この社殿の傍らには「天地天神社旧跡地」と刻まれた石碑もあり、かつてはこの場所が立岩信仰の中心であったのだろう。しかしその裏手に登山道らしきものはなく、諦めて引き返そうとしたその時、参道の横から細い道が伸びていることに気が付いた。

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しっかりとした踏み跡のある道が続いている

もしやと思って進んでいくと、道沿いに巨大な岩がごろごろ現れ始め、私の中に芽生えた期待が確信へと変わった。そう、この道筋こそが立岩の登山道なのだ。

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こういう岩陰とかが祭祀の場として大事にされたりするものだ
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さらに先へと進んでいくと――おぉ、こ、これは!
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紛れもない、立岩の直下に出たのだ

この光景を前に、私のテンションはだだ上がりである。これまで東海道線から眺めていた岩を見上げているのだ。 切り立った巨大な岩肌は白く輝いており、壮大な迫力と共に神々しさすら感じられた。

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まさに、ほぼ垂直にそそり立つ断崖の岩山といった様相である
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まるで門のような裂目もあり、ここを進んでいくようにも見える

一見するとこの裂目を登っていくのかと思いきや、よくよく見ると奥の方がかなり急傾斜……というか絶壁になっており、ちょっと進めるようには思えない。

私はもっと歩きやすい道があるのではと考え、岩山を周り込んでみると、そこにはハッキリと踏み跡のある道筋が続いていた、が――

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えっ、入山を禁止しますって……そんな殺生な!

なんということだろう、この道筋は確かに山頂へ通じる登山道のようだが、その傍らには入山禁止を知らせる看板が設置されていた。

登山道を封鎖せず、横に避けて掲示しているあたりに建前的なニュアンスを感じなくもないが、こうして入山禁止と明示されている以上、法令遵守、倫理規定、コンプライアンス的にこれ以上進むわけにはいかない。残念ながら、ここまでだ。

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立岩が入山禁止と知って眼鏡も曇る

いやはや、事前知識をまったく入れずに来たのがアダとなった感じである。帰り際に調べてみると、どうやらこの立岩はロッククライミングのスポットとして有名らしい。たしかに切り立った岩肌には凹凸や裂目が多く、ロッククライミングには最適だろう。

だがしかし、立岩は神社の御神体であり、まぁ、いろいろあって現在は入山禁止としているのだろう。先ほどの看板に書かれていた「ここは岩登り施設ではありません」とはそういうことだ。


いつか大手を振って登れる日が来ることを願って

いつも東海道線の車内から眺めるだけであった岩の直下まで行くことができ、その迫力ある断崖絶壁を見上げることができて良かった。……が、入山禁止なのは正直いって残念だった。

近所の方に立岩についてうかがったところ、「私も昔、一回だけ登ったことがあるのよー」とほがらかにおっしゃっていた。地元の方がたわむれに登っていたくらいの頃が、立岩にとって良い時代だったのかもしれないな、などと思いながら帰途に就いた。

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新所原駅の構内からは立岩が真正面に見えるので、電車が来るまでずっと眺めていた
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