・大きめの石やゴミをふまないこと(パンクをする可能性があるため)
・時々メンテナンスをすること(タイヤに空気が入っているか、チェーンに油を差しながら行くなど)
・急ぎめでいくこと(当日帰ってこれなくなる)
子どもの頃、どこへ行くにも自転車だった。友だち家や隣町のおもちゃ屋まで、全部自転車で行っていた。車やバイクに憧れがあったのだろう、風を切って走る疾走感を味わいながら、遠くへ行く。汗だくになりながら。
湘南の海がある町に住んでたので、20歳ぐらいまではよく自転車で海へ行っていた。あれだけ行ってたのに、そういえば今年は海を見ていない。久しぶりに自転車で行きたいと思う。でも、ひとつ心配なことがある。東京から行けるものですか?
親を離れ、一人で大都会東京に住んでいる。東京に住んでもう3年。先日、更新料を払った。10万円取られ、それが東京のやり方なのかと思った。
また、家の中にカギを置いたまま家を出てしまい、玄関のオートロックが開かず、外に締め出されたこともあった。東京は怖いところだ。
そんな日々を過ごしていたとき、ふと海を見に行きたいと思った。たぶん、いやしを海に求めていたのだ。
昔は悲しいことやつらいことがあるたびに海へ行き、ただ海を眺めて帰る、そんな日々を過ごしていた。あの頃はお金がないが、時間だけは無限にあったので、決してかっこよくはないママチャリを使って2時間弱で海に行った。
今や自転車通勤というものがあり、ロードバイクやマウンテンバイクなど昔は見かけなかった珍しい自転車が多く走る時代に果たして、ママチャリで海に行けるのだろうか。
近くの自転車屋へ行く。店内は自転車だらけだ。自転車にも色々な種類がある。街中を走るママチャリことシティサイクル、道路を速く走るためのロードバイク、子どもたちがよく乗っているペダルのない練習用自転車キッズバイク、坂道もらくらくな電動自転車。電動自転車だとかなり楽に移動できるが、たぶんバッテリーがもたないのでどうしようか。
自転車がありすぎる。どれを選べばいいのか。
店員さんに聞いてみた。すみません、今度東京から江の島まで自転車で行こうと思っているんですけど、ママチャリで大丈夫ですか?
ママチャリと言ったぐらいで勢いよく「ママチャリだと絶対無理です!というか江の島まで行くのかなり大変ですよ!!」と四字熟語みたいに言われた。無理なのか。
「ママチャリだと進むスピードが遅いのとギア(のぼり坂や向かい風のときにはペダルを軽くし、追い風やスピードを出せるときには重くすることで進む力をあげる)を細かく変えることができないので、途中でバテてしまうと思います」
そうなのか。前に行ったときは10代だったので体力がありあまっていたのと、近かったから行けたのか。では、どのようなものを選べばいいのか。
マウンテンバイクをおすすめされた。ゴミを踏んでもパンクしづらいそうだ。ただ、6万円する。電車なら最寄り駅の高円寺駅から目的地の小田急線の片瀬江ノ島駅まで37往復もできる。行き放題。
日常でも使いたいので、前カゴと荷台がついているモデルがほしい。ママチャリがいいんですけどねーと何度か言ったか無理っぽい。
そしたら、よさそうな自転車を見つけた。
クロスバイクとはマウンテンバイクとロードバイクを合体させたもので、遠くに行く人にも町へ買い物に行く人にもぴったりだという。これだ。
これをください!と伝えたが、店員さんの顔がくもる。なんでよ。もう閉店の音楽が鳴っているから急いで選んだのに。
「ママチャリに比べたら江の島まで行ける可能性はあると思うのですが、性能的にはぎりぎりたどり着けるか...たどり着けたとしても海を少しだけ見たらすぐに帰らないと日帰りできないかもしれませんけど、大丈夫ですか?」
たどり着けない可能性があるのか。でも、常にぎりぎりで生きていきたいので「大丈夫です!」と伝えて購入した。
もう、行くしかない。気軽に行くつもりが気合いが入った。
レジでの購入中、アドバイスを色々ともらった。その中で「急ぎめで行ったほうがいいです。本当に着かない可能性があります」というアドバイスが、不安をあおってきて「やっぱり返品します」と言いそうになった。
アドバイスとしてはこちら。皆さんも自転車で遠くへ行く際は参考にしてほしい。
・大きめの石やゴミをふまないこと(パンクをする可能性があるため)
・時々メンテナンスをすること(タイヤに空気が入っているか、チェーンに油を差しながら行くなど)
・急ぎめでいくこと(当日帰ってこれなくなる)
このアドバイスを胸にきざんで行こうと思う。
さっそくスタートだ。朝4時に出発しようとしたが、6時に起きた。幸先がいい。
調べたら4時間ぐらいで行ける計算だ。行って帰ってきても8時間。あっちでゆっくりしても10時間。十分日帰りできる。海を見て、海鮮丼を食べて満喫してから帰ろう。いい日になりそうだ。
4時間ぐらいなら余裕だとこの時は思っていた。しかし、このあと起こるハプニングと「そもそもこの時間って休まずに行ったらだよな」ということに気づくため、大きく狂うことになる。
さあ行こう。旅が始まる。こういうドキドキ感を味わいたくて、自転車で海を目指した幼少の記憶を思い出した。行くぞ!
行こうと思ったが、サドルが高すぎたので一回降りた。常に足ピン状態。怖いのでちゃんと高さを合わせてから行こう。
久しぶりに自転車に乗ったが、徒歩とは違うスピード感に興奮している。風だ、おれは今は風になっている。あと、知らなかったけど自転車専用の通り道ってあるんですね。
ものすごく速い。歩いている人を次々と抜かして行く。そうか、みんなこんないい乗り物を乗っていたのかと改めて感じた。
あまりのスピードに予定よりも早い時間に到着しそうである。自転車で遠くに行くのいいな。
体力的には全然問題ない。まだまだ進めそうである。30分歩くと疲れるが、自転車ではあまり感じない。みんな自転車って乗るの楽しいから乗ったほうがいい。
30分経過ということで、かなり進んだかなと思ったが、そこまで進んでなかった。写真を撮りながら進んでいるからかな。
白丸の新代田の部分が現在地である。全然進んでない。でも、確実に進んでいる。一歩の積み重ねが受験合格への近道と聞いた。
50分ぐらいで5分の1ぐらいまで進んだ。たぶん、いい感じである。ここまで走ってきて思ったが、交通量が多い場所を自転車で走るのは大変だ。車や人に気にしながらなので精神的に体力を削られる。
この36という白丸の場所には犬の像がいるので、なでたらやさしい気持ちになります。
順調である。ここまで順調でいいのかと不安になるぐらい順調だ。そろそろ休もう。川を見ながら飲み物でも飲んで優雅な休憩を取ろうと思ったときだった。これからの運命を変える事件が起こった。起こるなと思った。
財布がない。どこにもないのだ。昨晩「会社のカバンに入れたままだと、きっと入れっぱなしで忘れてしまうから机の上に出しておくか」と思った記憶がある。
そこからどうしたのか。ポケットかカバンに入れた気がする。落としたのか。落としたのかなー。落とした?落としてない?帰って確認したい。落ち着くために飲み物を買おうと思ったが、財布がない。財布がないのだ。
どこにも財布がなかった。危機的状況ってこれのことか。水分は公園の水道水を飲んでいかないとダメだ。あと、ご飯が食べられない。江の島に行ったら海鮮丼を食べて帰ろうと思ったが、それもできないじゃないか。
1円もない状態で行くのは厳しすぎる。1円だけあっても厳しい。なんとかならないか。友だちを呼んで貸してもらうか。スマホを触っていたら思い出した。そうだ電子マネーがある。前にチャージしたやつが残っていないか。
所持金が500円になった。小学生のおこづかいぐらいの金額だが、これで飲み物が買える。小学生だったら買ってなかったマンガの最新刊を買って途方に暮れるだろうが、今は生きるかどうかの問題なので買わない。大人の判断である。
あと、500円だけで大丈夫だろうかと思った人、私も大丈夫かな?と思っているので大丈夫です。
現在の財布がないことに気づいた二子玉川駅のところが現在地である。地図を見たら半分も進んでなかった。電車なら1時間もかからないで着く。あと疲れないし、財布もなくさない。財布。
衝撃的な事件が起こったが、休憩をして多摩川を越えると神奈川県へと入った。もう着いたと思っても過言じゃない。
疲れが30%ぐらいになってきたなーと思いながら、坂道を登ったら急に80%まで上がってきた。かなりしんどい。降りて自転車を押す。
東京ではあまり思わなかったが、横浜はかなりアップダウンの道が多く、坂が異常に多い。心が折れそうになってくる。
実は本当にダメだと思ったときは、自転車は家に送って電車で海へ向かおうとしていた。しかし、お金がない今、それができないのだ。ただラッキーだったのは、江の島がある藤沢には私の実家がある。そこに行けばお金はなんとかなるかもしれない。海に行く記事が実家にお金を借りに行く記事になりそうになっている。
走り始めて3時間。ひざの上が痛くなってきた。さらに気をぬくと足がつる。途中、足がつってしまい、他人の家の前に座り込んでストレッチした。怪しいと思った近所の人が洗車をしながら見ている。その車で江の島につれて行ってほしい。
そろそろ海の近くかなと思い地図見たら、東急田園都市線の市が尾駅だった。3時間かけてやっと半分。
横浜を中々脱出できない。
Googleマップよ、なんか計算が違うぞ。最初に教えてくれたお前の計算だとあと1分ぐらいで着く計算なのに、このペースだとあと3時間以上かかるじゃないか。
Googleに問い合わせたい。でも、しかなかった。そんな気力がないから。行くしかない。
体力が底を尽きかけているので、ここからは公園を見つけては休んで、少ししたら走ってを繰り返して行くことにした。
お金がないと人は無力なときがある、そんな時は心と体で頑張るしかない。この記事で伝えたいことはそういうことだ。
海にしずむ夕日をせっかくなら見たい。日没の時間が17:40頃なのでそれまでに着かないといけない。現在の時刻は14時。間に合うのか。
途中、米軍基地の近くや岩を削った切り通しの道などいい風景があったが、撮影する気力がなかった。もうダメなんですよ。
走り続けていると知っている道が見えてきた。ここはもしかして、我がふるさと藤沢だ。江の島のある藤沢に着いたのだ。ここまで8時間かかっている。深夜バスなら大阪まで行ける。
先に実家に寄ってから行こうと思ったが、日の入り時間が近づいている。急いで江の島に向かう。Googleマップでは1時間と出ているが多分2時間半ぐらいかかるだろう。
ここからは子どもの頃と同じ道をたどろう思う。川沿いを進んで海へ向かうのだ。
今まで走ってきた道の中で一番走りやすい。車を気にしないでいいのと段差や急勾配の坂道がなく、ストレスなく進める。サイクリングロードのことを好きになった瞬間だった。ラブレターを送りたい。好きだ。
一心不乱に進む。もうスマホのバッテリーも切れつつある。勘で進みつつ、わからない場合は地図を見る。
サイクリングロードを抜けて、藤沢の中心街へ入って行く。成人式をやった場所を見つけた。あの頃はやせていたなと懐かしさを感じつつ進む中心街を抜けるととゴールの瞬間が近づいてきた。
自転車を降りて立つと、疲れから足の震えが止まらない。でも、いいのだ、海が見れたから。海のさざなみ、子どもたちの楽しげな声、全てがいい。幸せがここにある。
どのぐらいの時間かかったのだろうか。見たら10時間かかっていた。カロリー計算のアプリで消費カロリーを見たら2000キロぐらい消費している。ラーメン二郎を1杯食べても消費カロリーには足りない。二郎食べたい。(1600キロカロリーあるらしい)
しらす丼も食べたかった(とにかくお腹が空いている)がお金がないので、海を飽きるまで見よう。そういえば、学生の頃もお金がなかったので、音楽を聴きながら海をながめていたな。
ゆれる波をじっと見つめる。寄せては返す波を見ながら、人生とは何かを考える。なんでかわからないが涙が出てきた。人生ってすばらしいなと思った。
海はいい。山も好きだが、ぼんやりと長時間ながめられる魅力がある。ちなみに泳ぎたいという気持ちはない。かなづちだから。
ビールを飲む人たち。サーフィンをする人たち、犬の散歩をする人たちが海岸を歩く中、じっと海を見ている。もう20分は見ている。
本当はこのまま高円寺まで帰ろうと思ったが体力的に余裕がなかったので実家に泊まることにした。次の日、乗って帰る体力はなく、宅配便で送ろうとしたら2万円もかかるらしい。でも、仕方ないので送った。このまま乗って帰ると君のことが嫌いになりそうだったから。
さらに1円もない私は親にお金を借りた。電車賃も借りた。親のありがたみを改めて感じた。
「あなたは確認をしないクセがある。出かける前は必ず確認しなさい。忘れものが子どもの頃から多い。あと見積もりがいつも甘い」と甘いおはぎを食べながら注意を受けた翌日、お彼岸だったので墓参りへ一緒に行った。じいちゃん、ばあちゃん、我々は元気でやってます。
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