特集 2019年12月17日

忘れたい思い出を葉っぱに書いて川に流す「本当の忘年会」

忘れるための会はこんなにも美しかったです。

形だけの忘年会をしていないだろうか。

何となく居酒屋に集まり、何となくいつもの飲み会をする。なんなら飲みすぎて忘れたい苦労が増えたりしている。年末の忙しさの中ではあるが、ここで一度足を止めて忘年会のことを考えてみよう。

忘年会。

一般的には今年の苦労を忘れ、新年に向けて気持ちを新たにする会である。つまり忘れるための会だ。

忘れるための会。

この定義以外の、お酒、料理、予約、上司と部下などの要素を削ぎ落とし、忘れること、この1点のみにフォーカスした『本当の忘年会』を開いた。

1987年東京出身。会社員。ハンバーグやカレーやチキンライスなどが好物なので、舌が子供すぎやしないかと心配になるときがある。だがコーヒーはブラックでも飲める。動画インタビュー

前の記事:土曜のお便り 〜効果線が臭い


『忘れる技術』がある

忘れるための会をするのにお酒は必要ない。もっと言うとテーブルもイスも必要ない。店員さんも必要ないし店員さんを呼ぶボタンも必要ない。店員さんのあだ名が書いてある名札も必要ない。

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だから河川敷に来ました。

左からライターの為房さん、筆者、江ノ島さん、そして写真を撮ってくれている編集部の藤原さんがいる。この4人で本当の忘年会をする。

有意義な本当の忘年会にするために用意したものがこちらである。

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『忘れる技術』

覚える技術の本は何冊も見たことがあったのだが、この広い世の中には忘れる技術の本もある。精神科医の方が書いた、辛い過去を乗り越える方法についての本である。

会の参加者には今年あった忘れたい思い出を発表してもらい、それぞれの思い出に合った忘れる技術を実践していく。

その場でコロッと忘れてしまう、なんてことは多分起きないが、この会を終えて家に帰ってぐっすり寝たら少し気持ちが軽くなっているかもしれない。大事なのは忘れようと取り組むことだ。だって忘年会なんだから。

やってみた忘れる技術1.怒りやフラストレーションを何かにぶつける

忘れたい思い出を発表してもらおう。なんとなく会話の流れで「じゃあ、江ノ島さんから…」となった。本当の忘年会が始まった瞬間だった。乾杯もなにもなかった。遠くの陸橋では電車がたくさんの人を乗せて走っていた。

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話してもらう。

江ノ島:会社の忘年会でカメラマンをやらされたんですよ。そこにゲストで有名人も来てて、ずっと色んな人から写真頼まれて。あまりの数に「めんどくせぇ」って言ったら、すぐ前に社長がいて。

忘年会(従来のやつ)で損な役回りになってしまったらしい。更にその役回りに特別な手当もつかなかった。皆が楽しく飲み食いする間、タダ働きさせられてしまったのだ。フラストレーションが溜まり、漏れ出た時にたまたま前に社長がいた。

「めんどくせぇ」とか言っちゃいけないけど、言うに至った状況の理不尽さがある。会社の人に言えない不満だったので思い出してはモヤモヤしていたようだ。

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「そういう時はこれですね」

「怒りやフラストレーションを何かにぶつける」という章を開いた。言われずとも皆やっている方法かもしれないが、精神科医の方にあらためて言われると説得力がある。効果があるのだ。

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パンチングボールを持ってきたのでこれにフラストレーションをぶつけてもらう。
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まずはその時のモヤモヤを思い出してもらう。

「あー、もう!」と言い始めた。

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「はい、殴って!」「うわー!(バンバンバンバン!)」
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思いが乗るように立ってやった。

「そもそもだよー! そもそもなんだよー!」と言っていた。そもそもなんで自分にカメラマンを頼むんだ、という意味。

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拳を振り抜いている。いいぞ。
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30秒ほど殴っていた。

本にも、怒りのエネルギーを消費することで人は冷静になり、未来について考えられるようになる、という趣旨のことが書いてあった。強烈に思い出して気持ちを清算することが、忘れることに繋がるのだ。

やってみた忘れる技術2.思考制止術

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続いて為房さん。

為房:今年、テレビで自分の工作を紹介する機会があったんですけど、打ち合わせでその工作が全然動かなくて。考えられ得るほぼ全ての壊れ方をしていて、もうどうにもならなかったんですよ。

華々しい舞台での気まずい状況である。きっとふとした時に思い出して「あ〜、もう〜」とかなるやつだ。

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「思考制止術をやってみましょうか」

同じ思考がぐるぐる頭を巡ってしまう時、それを止める行動療法である。やり方はこんな感じだった。

  1. まずは決めた時間だけ、存分に忘れたいことを考える
  2. 「ストップ」と声に出して言う
  3. 最初の思考を否定するようなポジティブな言葉を発する

これを毎日やる。シンプルだけど、意志が強くて毎日コツコツできる人でないと効果は出ないらしい。ためしに1セットやってもらった。

まずは思い出し、「ストップ」と言ってからそれを否定することを宣言してもらう。

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「私は、打ち合わせで工作が動かなくても動揺しない。そもそも私の工作は壊れない。私は、いつでも堂々としている。私は、ディレクターの人が気を遣って場をつないでくれてるなとか思っても焦らない。」

穏やかな多摩川のほとりでブラック企業の朝礼みたいなことをやってしまった。それを聞くのは会社の上司でもなんでもない、江ノ島さんと僕である。

「テレビの打ち合わせなんてすごいなあ」と思いながら聞いていた。為房さんにとっては、森の動物に決意表明するような手応えの無さだっただろう。

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「なんか、ポジティブな気持ちになってきたかもしれないです」

聞き手、森の動物でもいいのか。やはり普段やらないことにはそれなりの効果がある。でも本には技術的に熟練が必要な面もある、と書いてあったので、為房さんの思考制止術がものすごくうまかった可能性もある。

やってみた忘れる技術3.運動によるストレス解消

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3人目。僕の忘れたい思い出。

筆者:道でよく知らない人に、電車賃が足りないからいくらかくれって言われることがあるんです。だいたい100円とかなので、それくらいならいいかと思ってあげちゃうんですけど、500円あげちゃったことがあって。500円って、なんかたまに思い出して落ち込むんですよね。なんであげちゃったんだろうって…。まあでもそれでその人が家に帰れたならいいんですけど…。

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「それ詐欺ですよ。」「詐欺です詐欺。」
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よし!走ろう!

逃げるように河川敷を走った。江ノ島さんがやった技術と似ているけど、僕の思い出にはこれがぴったりだと思ったのでとにかく走った。

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もう戻ってこない500円を思い、走った。
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500円がどうでもよくなる夕暮れ前の多摩川。
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走って戻る。あとで写真を見たら笑っていたのでよかったなと思った。人は走ると笑う。

フラストレーションや怒りを解消する方法は人それぞれらしい。運動、食事、カラオケ、映画など選択肢はたくさんある。自分に合った方法を見つけておくと、嫌なことがあった時、くよくよする前に対処できる。

やってみた忘れる技術(おまじない)4.葉っぱに書いて川に流す

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最後は藤原さん。

藤原:グッズを作ってコミケとかで売ってたんですけど、今年その売り上げを確定申告に入れたら思ったよりも税金を取られちゃって。

多摩川で聞く確定申告の話は胸に沁みる。そしてなんとも言えないもどかしさがある話である。結局どうすればよかったのか、僕には分からない。よし、葉っぱに書いて川に流そう。

これは『忘れる技術』に載っているテクニックではなく、インターネットで調べたおまじないである。元彼を忘れるおまじないとして紹介されていたが、広く使えそうなので確定申告の思い出も流してみよう。

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これは最後だし皆でやろう。字が書きやすそうなしっかりした葉っぱを探す。忘れそうなので書いておくが、今忘年会をしている。
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いい葉っぱを拾ったら見せ合う。そういう忘年会。
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忘れたい思い出を書いた。

 

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僕は今年、風邪や気管支炎などちょっとした体調不良がずっと続いていたので、その苦労を忘れようと「病気とさよなら」と書いた。
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江ノ島さんはドライノーズ(左)と、忘年会で頼まないで(右)

葉っぱに文字を書くと独特の情緒が出る。

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流そう。川に向かう。
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僕から流す。病気とさよなら。
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葉っぱがすぐ沈んだら忘れるのも早いらしいが、沈まなかった。ゆっくり忘れよう。
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為房さん。工作が壊れて動じてしまう自分とさよなら。
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江ノ島さん。ドライノーズにさよなら。忘年会でカメラマンを頼まれた思い出にさよなら。
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藤原さん。確定申告で取られた税金にさよなら。
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沈まなかったので石を投げていた。それはありなのか。

葉っぱはどれも、しばらく一箇所でぷかぷかしていたが、やがてゆっくりと下流に向かって流れ出した。いずれ海に出るだろう。忘れたい思い出を書いた葉っぱは、僕たちが見たことのない景色を見る。

そんなことを考えながら手の届かない場所まで遠ざかっていく葉っぱを見ていると、悩みも自分の手を離れたようなスーッとした気持ちになった。

インターネットに載っていたおまじないだと思って侮っていたが、悩みが遠ざかっていくイメージが強烈で、これはとてもよかった。

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来年もいい年にしよう。

やってみた忘れる技術(おまじない)5.糸を刻んで封筒に入れる

最後の最後に、帰りがけにできるおまじないがあるのでやってみたい。忘れたい思い出がまだある人はいないだろうか。

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江ノ島さんが思い出してくれた。これから忘れることを思い出してくれた。

江ノ島:定食屋に行ったらおばちゃんが「大盛りにできるよ!サービスだよ!」って言ってくれたんですけど、その時健康診断の前だったから「大丈夫です!」って断っちゃったんですよ。親切で言ってくれたのにあんなに強く断わらなくてもよかったなって。でもそもそもおばちゃんも、僕の体型だけ見て大盛りできるよとか言って欲しくなかったなって。

江ノ島さんにも大盛りじゃなくていい日がある。そのお店にはなんとなく行きづらくなって行けてないままらしい。繊細な人なのだ。

こういう、明確に悪役のいない話はモヤモヤする。皆がそれぞれの善意に従っているだけなのに食い違いが起こる。おまじないをして忘れてもらおう。

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用意するものは青い封筒と赤い糸。
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糸を細かく切って、封筒に入れる。そして家から遠い場所にあるゴミ箱に捨てて振り返らずに帰ると忘れられるらしい。

これは失恋した時に好きだった人を忘れるおまじないだが、お店に行けなくなってしまった、という事実だけを見ると失恋と状況が近い。あんなに好きだったのにもう行けない定食屋。

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なんだろうな、この写真の良さは。カレンダーにしたいな。

江ノ島さんが糸を切って封筒に入れる間、他の3人は黙ってその様子を見ていた。

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突然、優しい顔でこちらを見た。

「この会社に就職したいです」と言った。糸を細かく切る作業が気を紛らわすのに良かったらしい。こんなに優しい表情ができたらもう大丈夫だ。きっと忘れられる。その定食屋にもいつかまた行けるだろう。

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宛名を書いて帰りがけに捨ててもらった。

大事なものは、静かな場所と向き合う勇気だ

一般的に知られている忘年会からはかなりかけ離れた、静かで美しい会になった。『忘れる技術』を読んで学んだことは、辛い思い出を忘れるためには、まずその思い出と正面から向き合うことが大事だということだ。別のことでごまかしてはいけない。

そうすると「忘年会」で必要なものはお酒でも余興でもなく、冷静になれる静かな場所と、辛い記憶と向き合う勇気である。

そんなことが分かったが、お酒はおいしいのでお酒を飲みたいときはお酒を飲むのがいいと思う。

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忘年会だから、ということで一本締めで会を終えた。
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「よーっ、(パン)」
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ありがとうございました。

忘れたいことを思い出した

 

この会をやるにあたって「なんでもいいので忘れたい思い出を準備しておいてください」と皆さんに連絡していたのだが「なんかあったっけな…」という鈍い反応だった。言い出した僕も、実はしばらく考えてやっと思い出していた。

忘れたいことをがんばって思い出すなんてなんて無駄なことをしているのだ、とその時は思ったけど、葉っぱを川に流してスッキリした気持ちになったということは、やはり意識しないまでも日頃気になっていたのだなーと結局得した気持ちで家に帰った。

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ちょうど日が沈み出す時間帯で、なんかかっこいい写真がたくさん撮れてうれしかった。これは確定申告の葉っぱを川に流す藤原さん。
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