全国の駅を調査するネットワーク
こうやって全国の駅構内図ができているんですね……って、あれ? そういえばさっき「主婦のみなさんに駅を調査してもらう」って言ってませんでした?
岡崎さん はい。ナビットは「Sohos-Style」という、主婦のネットワークを全国に持っています。ここで協力をお願いして、撮影マニュアルに従って調査をしてもらっているんです。
「Sohos-Style」の会員数は63,400人(2021年11月現在)。東京ドームを主婦で満杯にしても余っちゃうほどの方々の力で、全国の駅構内図ができている。ありがとうございます。
それにしても、なんでそんなに広大な主婦ネットワークがあるのか。そのきっかけは、ナビット代表の福井さんが発明した「のりかえ便利マップ」にある。
福井さん きっかけは、駅でベビーカーを押しながら、エレベーターを求めてさまよった経験からなんです。そのときは夏の暑さで子どももぐったりしてしまって、「こういうものがあったらいいのに」と。
当時は専業主婦だった福井さん。このアイデアを形にしようと、なんと営団地下鉄の256駅(当時)を5ヵ月かけて1人で調べあげた。
こうして「のりかえ便利マップ」はアルバイト情報誌や『ぴあマップ』で採用され、手帳にも掲載が決まる。取引相手に「法人じゃないと……」と言われたので、自宅の2階で起業。ここまで約1年。すごいスピード感。
で、最初は名古屋や大阪の駅も1人で調査してきた福井さんだったが、さすがにそろそろ限界がきた。そんなときである。
福井さん 手帳を作っているとき、地下鉄にパンタグラフがついた、かわいいイラストを表紙にしたんです。そうしたら「地下鉄にパンタグラフはない」と会社に乗りこんできた人がいて。
聞けば、某大学の鉄道研究会の学生さんだという。あれこれ話しても、なかなか帰ってもらえない。困ったな。
あ!そうだ。こんなに詳しいなら、この人に鉄道の調査をお願いしたらいいんじゃない?
福井さん お願いしたら、すごいクオリティのものを作ってくれたんですよ。これだ!と思って、全国の大学に片っぱしから電話をして、鉄道研究会があるか聞いて、部室宛てに「調査しませんか」と案内を出して……。必要なら部室にも行きましたね。
こうして福井さんは、たった1人で全国の鉄道マニアのネットワークを作ってしまった。
乗り換えも駅構内図も、鉄ちゃん情報なら安心である。1998年には営団地下鉄で「のりかえ便利マップ」が採用され、「全国の鉄道調査ができるらしいぞ」と仕事もどんどん増えてきた。だが……。
福井さん 出版社からデパ地下の調査を頼まれたんですけど、興味が無いからやってくれないんですよ(笑)。それなら主婦の方にお願いしようと思って。
こうしてできたのが「Sohos-Style」なのであった。
今や「Sohos-Style」は駅の情報だけでなく、生活情報や1000人アンケートなど、主婦パワーでさまざまなデータを提供するビジネスに成長している。これもすべて「乗り換えが不便だな」というスタートから。世の中なにがどうなるかわからない。
「誰かが調べないといけないんです」
「Sohos-Style」では、さまざまな現地調査を請け負っている。そこで得たデータ、実はめちゃくちゃ身近なところで使われているのだ。
たとえばGoogleマップに乗換案内があるじゃないですか。あれもナビットのデータを使っているんですって。
岡崎さん 乗車位置などは「のりかえ便利マップ」のデータをそのまま提供していますね。ホームに降りてから階段まで、歩いて何秒かかるのかも乗車位置ごとにデータ化しています。現地調査は結構大変なんですけど(笑)
データだけでなく、駅構内図も鉄道会社に限らず幅広く提供。大学が発行するマップや、珍しいところでは「国会手帳」にも採用されている。
こんなにデータを持っていて、これから先どうするんですかと聞いてみると「いまはバスですね」という答えが返ってきた。
岡崎さん バス停の位置情報、系統名、停車順なども~データを提供しています。全国の整備はもう少し駅の数十倍の労力がかかります…。
福井さん 終わりがないんですよ。1年のうち限られた期間しか運行していなかったり、朝と夜しか走ってなかったり……。
岡崎さん 自治体のコミュニティバスだと「鈴木家前」みたいなバス停までありますから。
福井さん だから、やっぱり誰かが現地に行って調べないといけないんです。アナログですけどね。
「見てきた人」がいてくれるから
僕らが生きている現実世界の情報は、そのままネットの世界に反映されているわけではない。営業時間を信じてラーメンを食べに行ったら閉店してたりして、「実際と違うぞ」みたいなことはよくある。
僕がラーメンを食べられないくらいならまだいい。バリアフリーの情報なんて、もっと大事だ。「エレベーターがあるって書いてあったのになかった」なんて一大事だろう、
そんなことがないように、現実とネットのあいだの「バリア」も取り払おうとしてくれる人たちがいる。これから乗り換えを調べたり、駅構内図を見るたびに、そのことが頭をよぎると思うのだ。
取材協力:株式会社ナビット