穴の前に人は無力
モグラ穴の中で何かに触ったような感触があってすぐに手を引っ込めた。こちらからではなく、あちらから触れてきたような感触だったのだ。それが何だったのか、恐怖が生んだ錯覚か、それとも地下に住む何かか。今となっては不明である。
なにしろ穴は人のイマジネーションをかき立てる。
僕たちはこれからも穴に振り回されて生きていくのだろう。

では自然の穴となるとどうか。自然の穴といっても鍾乳洞みたいなやつではなく、やはり手だけ入るレベルの大きさがいい。
今の時期、芝生の広場などにこんもりとした土の盛り上がりを見つけることがある。
これ「モグラ塚」と呼ばれるもので、その名の通りモグラが地下のトンネルを掘る時に出た土である。すなわちこの下には穴があるということだ。
この穴にも手を突っ込んでいきたい。
※モグラに噛まれる可能性があります。むやみに手を突っ込まない方がいいです。
モグラが掘った穴は暗く底が見えなかった。その暗さには人工物にはない、なにか有機的な、密度の濃い闇の存在を感じる。
おそるおそる指を2本突っ込んでみる。
・・・。
何にも触れない。ただ冷たく湿った空気を感じるだけだ。
しかしすぐ近くにモグラの息づかいがあるような気がする。いまへたに指を動かしたら噛まれるんじゃないか。実はモグラが捕らえようとしたミミズの目の前に手を入れてしまったんじゃないか。
指を突っ込んでいる間、常に不安ばかりが指先にはりつく。
ちなみに突っ込んだ指の感触を表現すると、それは厚めの文庫本に指を入れた時の感触に似ていた。冷たく、そして深い。
今手元に本がある人は指を入れながら読んでください。そうです、その感覚です。
イタリアに真実の口という穴に手を突っ込む観光地があるだろう。うそをつくと手が抜けなくなるというあれだ。
そんなことないとわかっていても、穴に手を入れるという行為にはある程度の覚悟が必要となるのだ。中に何があるのか、手を入れてみないとわからない怖さ。真実の口が脈々と人々に手をつっこませ続けている所以である。
さて、モグラの穴から指を出すと、僕の指はなくなっていた。なんてことはなく、ただ土がついていただけだった。
いちど冷静になって周囲を見渡すと、モグラ塚はいたるところにあった。たぶんこのあたりの地下にはモグラの掘ったトンネルが縦横無尽に張り巡らされているのだろう。
これだけの穴を見ているともう一つくらい手を突っ込んでみてもいいのでは、という気持ちになってくる。
さっきあんなに怖かったことをもう忘れちゃっているのだ。人間の穴欲には限りがない。
さっきの穴と同じように、今回も突っ込んだ指は何にも触れることなく冷たい地下の空気を感じるだけだった。
ではさらなる奥、そこには何があるのか。
モグラ穴の中で何かに触ったような感触があってすぐに手を引っ込めた。こちらからではなく、あちらから触れてきたような感触だったのだ。それが何だったのか、恐怖が生んだ錯覚か、それとも地下に住む何かか。今となっては不明である。
なにしろ穴は人のイマジネーションをかき立てる。
僕たちはこれからも穴に振り回されて生きていくのだろう。
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