ポピーか、ポピーでないかの見分け方
逆に、「これはポピーじゃないな」っていうものはありますか?
たとえば観光を促進するようなものとか、なにか主張が入っているものはポピーとは言えないと思っています
先日、京都でポピー探しをしていたんですけど、京都駅って京都の観光地の写真を置いていることが多くて。「これはポピーではないよね」っていう話をちょうどしていました
意図があると引いちゃうというか(笑)。都会の商業主義的な空間の広告欄に、広告からかけ離れたものが入っているというところに僕たちは魅力を感じているので
たしかに、「買わせたい」とか「行かせたい」みたいな意図を感じると若干冷めるところはあるかもしれないですね
でも、京都でも良いポピーを発見したんですよ!京都駅構内で、全然関係ない長野県の上高地の写真が貼られていたんです
ほんとだ!たしかに、掲示されている場所からちょっと離れた場所の方が、現実から切り離されたような感覚があってより癒やされる気がしますね
いったん広告です
ポピー好きが高じて、ポピーを自作
僕たち、ポピーが好きすぎて、ポピーを自作しているんです
ポピーを自作!?
そんなことができるんですか?
今までポピーを鑑賞してきた側ですけど、ポピーを作る側の気持ちに立ってみようと思いまして。「ポピーらしさって何だろう?」というところに立ち返りながら、額縁にいれるポピーの写真を撮影するということをやってみたんです。すごくそれが面白くて
自分のなかでのポピーって「フォトグラファーの存在をあまり感じさせない」というところが重要だと思っていて。そのためにどう撮ればいいかっていうのをめちゃめちゃ考えながら制作しました。これはお花畑を撮影したんですが、すごくおもしろい体験でしたね
写真って基本的にフォトグラファーの意図を出していくイメージですが、逆にそれを消すっていうのはなかなか難しそうですね
ポピーに使われている写真って、めちゃくちゃ技術の高い撮影がなされてるっていうことに気づいたんです。 たとえばチューリップ畑の写真とかであれば、枯れてるチューリップが一個もないんですよ。 完璧なタイミングで、完璧な天気の時に、ものすごく狙って撮られた写真なんです
た、たしかに......!ポピーの写真って、全然ノイズがないですよね。ある意味ひっかかりのない写真というか
昔の素材が多いので、今みたいにPhotoshopで簡単に加工できる時代ではないんですよね。アナログな手法で完成度を高めているのもすごいなぁと。ノイズが徹底的に排除されている、ひたすら無菌的な自然みたいな風景を実際に撮ろうと思うと、本当に技術も、お金も、時間もかかる。だからポピーを見ていると、「よくここまで作り込んだな」と感心することが多いですね
ポピーに使われている写真って、人の痕跡や物語性を極力消した、いわば「無」の風景が積極的に選ばれているのがすごくおもしろいんですよね。駅構内のような、境界的で空白を感じさせるリミナルスペースっぽい空間の中に、さらに空っぽの風景写真が入れ子のように配置されているっていうその構造自体が、ポピー独特の不思議な魅力を生み出しているんじゃないかと思います
完璧な写真を目指すと「無」に近づいていくというのが興味深いですね
僕はすでにある素材で作ってみようと思い、素材元をこだわってみました
これはなんですか?
ゲームのテクスチャって、写真素材集から切り出して使われることが多いんですよね。海外には、そのテクスチャが「どの素材集のどの写真なのか」を特定して遊ぶコミュニティがあるらしくて。そこに目をつけて、そのテクスチャーでよく使われている素材集がAmazonで売っていたので、それで自作してみました
そんなコミュニティあるんだ......目の付け所がおもしろいですね!
実際データをダウンロードしてみたのですが、データが650ピクセル×570ピクセルとかで、ガビガビすぎてやばかったんですよ。サムネイルだけしかダウンロードできなかったのかな?と思って調べたら、この本自体が2000年ごろのデジタル素材集なので、そもそもの画質がめちゃくちゃ悪かったっていう(笑)
ポピー愛!素晴らしいですね!
実は、僕たちと同じように、ポピーをテーマに作品をつくっている写真家の佐藤真優さんに先日出会いまして。僕たちの活動を事前に知っていたわけじゃなくて、同時多発的にポピーに注目していたことに驚きました
彼女の作品は、三分割構図や左右対称の構図に、めちゃくちゃ気を使って撮ってるんですよね。 隙のない構図というか。この作品をみていて思ったのが、構図が決まりすぎてると、自然豊かな風景でもリミナルスペース的な不吉さが出てくるんだなぁと
ポピー的な写真のアートの可能性みたいなのがあるんだということに気がつきましたね
自然現象だったポピーがアートに発展していくのが興味深いですね。これからもっと広まっていくといいですね!
いったん広告です
AIポピーの出現
色あせてるのがかっこいいって思うの、多分僕たちだけで。普通であれば、色あせてしまったから取り替えるってなりますよね。じゃあ次になにを素材にするかっていうと、おそらくAIなんですよね
ここにもAIの影響がでてくるのですね......
実際、すでにAIポピーが出始めてはいるんです
ええっ!
よくみると、下に「生成AIで作成したものです」っていう注意書きがあるんですよ
ほんとだ......!!これは正真正銘のAIポピーですね
そもそも印刷するっていうのが手間なので、今後こういう形に置き換わっていくんだろうなと
AI のポピーが普及したら、今よりもうちょっと幅広いものになるのかなという気がしてて。 たとえば抽象画の AI 画像とか、風景に限らないようなものとか、もうちょっと趣味性が出てくるんじゃないかなと。 AI と言えど出力する人の嗜好が出てくる感じがあるので、今感じてるようなプレーンな魅力っていうのは失われてしまうかもしれないなと思うので、今みれるポピーを大事にして感じていきたいですね
たしかに、駅ごと駅員さんの趣味嗜好が出てくる可能性はありますね
一番謎なのは、そもそも誰がポピーの掲示を決めてるのかってことなんですよね(笑)。なにをどこに掲載するかということをどの部門が決めてるのかはずっと気になっています
たしかに、そういう部署があると思うとワクワクしますよね。これから登場するAIポピーもちょっと楽しみになってきました!
いったん広告です
つまり、ポピーってなんなんだろう?
ここまで色々話してきましたけど、ポピーの役割って一体何なんでしょう?
これまでたくさんのポピーを見てきましたが、「広告の代わり」だけではなく、都市空間において非常に重要な役割を担っているのではないかと
最近だと、東京駅の新しくできた高速バス乗り場の壁面一帯に、写真家へ依頼して撮影した自然風景の写真が大きく並べられていて、いわば「ポピー」の思想を都市空間に取り入れていたんです。都市開発の環境デザインの一環としてポピーを使うように、今後色々な形で継承されていくのかなと思っています
たしかに、無機質な空間にポピーがあると、和みますよね
そうなんです。結局、ポピーが必要とされる場所って、地下だったり、モールの死角になっていて少し怖さを感じるような場所だったりするんですよね。そういう場所で、人は何があると安心するのかと考えると、やっぱり「窓」なんですよね
昨日ポピーを探して歩いていて思ったんですけど、地下って地上の空が見えないから、ずっと歩いていると結構な圧迫感があるんですよね。閉塞感のある地下通路にずっといると、だんだん気持ちが疲れてきてしまう。ポピーに風景写真が使われることが多いのは、額縁を窓に見立てて、その向こうに風景があるように感じさせることで、屋内の閉塞感や圧迫感を和らげる役割を果たしているんじゃないかと思います。窓があって、外とつながっている感覚が少しでもあると、その空間は安心できる場所に変わりますよね
単純に広告の代わりという側面と、都市デザインの一部という側面と、ふたつの面があって、非常におもしろい都会の現象だなと思います
これから出てくるポピーも含めて、もっと観察してみたいと思いました。本日はありがとうございました!
これからポピーばかり探してしまいそう!
最初は、ただただ「おもしろいな」と思ってポピーを見ていたけれど、ただ広告の空きスペースを埋めているだけではなく、それ自体が都市デザインの一部を担っているということがわかっていき、大変興味深かった。
ポピーに使われている写真は、正直見ていてもそこまで印象に残らない。しかし、作家性を消すことは、とんでもない技術を要するクオリティの高い写真であるということを知ってから見ると、だんだん面白く見えてくる。その高いクオリティが、不気味さやリミナルスペース的な無機質さにつながっているというのも、大発見ではないだろうか。これから駅や街でポピーを見つけようと血眼になって探してしまいそうだし、もし見つけようものなら、間違いなくテンションが上がってしまいそうだ。もう私たちはポピー探しから逃れられない。明日からポピーを探す日々が始まる!
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