特集 2021年2月12日

あの外気温メシを「あり」と感じた理由はなんだったのか

熱々が身上の食べ物を容赦なく外気温で冷やしてます。

「寒空の下で食べる、熱々のカップ麺」

もう、この一文を読むだけでテンション上がると思うんだけど、どうだろう。というか、実際に体験したら「おおお、神…」としか言えない級の美味さだし。

しかし僕は知ってる。寒空の下、冷え冷えのびのびのカップ麺も意外とありだということを。ほぼ外気と同じ温度まで冷えたごはんの美味さ、いま改めて確認したい。2月の屋外で。

1973年京都生まれ。色物文具愛好家、文具ライター。小学生の頃、勉強も運動も見た目も普通の人間がクラスでちやほやされるにはどうすれば良いかを考え抜いた結果「面白い文具を自慢する」という結論に辿り着き、そのまま今に至る。(動画インタビュー)

前の記事:スリッパ専門店でこの冬最高に暖かいスリッパを買うのだ

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なぜか“あり”だと感じた外気温メシの記憶

20数年も前の話なんだけど、初めて勤めた印刷会社の制作部で、屋外の撮影仕事があったのだ。時期もまさに2月初旬だったと思う。

その撮影中、僕のある連絡ミスが発覚したのが、時間的に正午ごろ。カセットコンロで湯を沸かして昼食のカップヌードルに湯を注いだばかりのタイミングだったのだ。

もちろん現場大混乱。半泣きになりながら5時間以上も事態の収束に奔走した後(結局収束しなかったので、大変なことになった)、ショックで呆然としながら食べたのが、外で5時間放置されて、冷えっ冷えでのびっのびのカップヌードルだった…という次第である。

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お湯を注いでから放置され、冷えて表面が乾きだしたカップヌードル。これが本当にありだったのか、当時の僕よ。

正直、ストレスで食欲もなにも感じて無かったはずだけど、それがなぜか「あー、これもありかな」と思う味だった。

ただ、「ありかな」と感じたのは憶えてるけど、その味の詳細は正直あまり記憶にない。たぶんその前後に上司から激しく叱責されたつらさも含めて、記憶から消去したんだろうなー。

しかし今となっては、その記憶が曖昧なのがもったいないようにも感じる。あの外気温メシがどういう意味で「あり」だったのか? それを改めて再確認したい、というのが今回の趣旨だ。

エントロピーを捨てよ、外に出よう

ということでまず準備したのがカップ麺3種と、インスタントのカップスープ。どれも基本的にはホカホカアツアツで食べるのが大前提、というか、わざわざ冷やしたらメーカーさんだっていい気はしないだろ的なやつだ。

これにお湯を注いだら、さぁ外に冷やしに行こう。外気温ぐらいになるまで。

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あと、20代当時の空腹に環境を合わせるため、前日夜軽め&当日朝・昼食抜きで挑みます。40代はそれぐらいでつり合う感じ。
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お湯を注いだら、お盆に載せて屋外へ。

ちなみに現在の外気温は9度。

実は昨日までは2月だというのに最高気温17度ぐらいが続いていて、「わー、これじゃそんなに冷えないじゃーん。でも天気ばかりは仕方ないもんなー」とニコニコしていたんだけど、いざ撮影当日にいきなり前日比-8度というこの仕打ち。

東京の気温としては、ごく普通に寒いやつである。

しかし企画としては寒い方が正しいので、これ以上は文句も言えない。ほんと、撮影時の天気ばかりはどうしようもないのである。

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ここから長い戦いが始まるのである。具体的にはじっと冷めるのを待つだけ。

平日の昼と言うことで、近所の公園には人気も無し。

これからただ食事が冷えていくのを待つわけだが、おっさんがベンチでカップ麺数種を前に呆然としているのは、事と次第によっては案件と言えなくもないだろう。

なので、できるだけ他人の目を意識せずに済む方がありがたいのだ。いや、デイリーポータルの撮影ってほぼほぼ全部そんな感じだけど。

 

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保険的な意味合いで「冷えても美味い」と知ってる肉まんを買ったけど、食べる量が増えたという点では、自分の首を絞める流れだ。

ついでに公園近くのコンビニで肉まんも購入した。

以前、夜中にコンビニでアツアツのを買って帰る→食べる前にうっかり爆睡→朝、冷えたのを発見→そのまま食う、というクソ怠惰ムーブを決めた経験上、実は「冷えた肉まん、それはそれで美味い」というのを知っているのである。いわゆる勝ち確枠だ。

 

あとはこれらを外気に晒しておけば、それだけで外気温メシの完成である。

さぁ冷えろカップ麺。凍えろクラムチャウダー。そしてもちろん同時に冷たくなる僕の体。

ただ冷やすのも意外とラクではないという事実

さて、ここで…というかスタート時点でいきなりトラブル発生である。

刻々と冷えていく食材を確認するため、最近すっかり価格もこなれてきた非接触式の温度計を購入しておいたんだけど、なんかピッと測って出てくる温度がちょっとおかしい。低すぎるのだ。

さすがに外に出して数分もせずにここまで冷めるってこたぁないだろう。えー、買ったばかりなのに壊れてるんじゃないのか?

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自宅で測って65度だったのが、屋外に出てすぐに37度に。一瞬「わー、このペースならすぐ終わるぞ」と思ったけど、いやさすがにちょっとおかしいな。
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今回は全体的に画像のメリハリがないので、顔芸が収まる部分は積極的に入れていきたい。

ハッとして温度計の外箱にある説明書きを確認すると、動作環境が「外気温15〜40度」となっていた。

あー、そうきたか。故障を疑ってすまない、温度計よ。そして昨日までの外気温なら大丈夫だったのか。ここでも祟るか、寒の戻り。

もちろん文句を言ってもどうしようもないので、自宅に戻って料理用の温度計を取ってきた。

なに、どうせここからずっと冷えるのを待つだけなんだし、多少トラブルがあったところで何の問題も無いのである。

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計測し直して45度。あ、でも予想してたよりは冷めてるな。
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カップヌードルは63.3度。やはり先は長いか。

……という前フリがあったら、話としてなんらかのトラブルが続くもんじゃないのか。

もう、ほんと、なにもないのである。

吹きっさらしの公園のベンチに、ただ放置された食材。徐々に怪しくなってくる空模様。群れる鳩。それを見守るのは他の原稿締め切りがいくつか重なっている僕。さらにとなりのベンチには、謎の靴と帽子群。

これでなにか起きない方がおかしい気もするんだけど、なにもおきない。

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冷やしている隣のベンチに、なぜかぎっしりと並べられた靴と帽子。靴のサイズが僕でも履けそうな大きさだったのも気になるところだ。
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鳩にじわじわと包囲されつつあるおじさん。
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置きエサじゃないです。ちゃんと見張ってます。
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他媒体の編集さんから進捗確認が来た。いまやってます。

ただただ、10分おきぐらいに食材の温度を測り、その様子を三脚とセルフタイマーで撮り、あとはただひたすらに原稿を書く…というのが延々と続くのである。

正直、なんか起きてくれた方が記事的にはありがたいんだけど。例えば謎の靴と帽子の持ち主が現れるとか。これ、本当にずっと気になってるんだけど。

同じく気になっている人に申し訳ないから早めに言っておくと、今回最後まで、この靴と帽子は謎のまま(ずっと置いてあるし、誰も取りに来ない)だ。

ちなみに翌日には全部消えていたので、捨ててあったわけでもなさそう。虫干ししてたのかな。

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もちろん合間には検温も忘れない。コロナ禍のおり、日本で最も無駄な検温作業である。

それにしても、なかなか冷えないなー。

屋外に出て2時間経過した時点で、最も外気温に近いところまで冷えていたのが肉まん(68.0度→18.6度)で、次点がカップのクラムチャウダー(65.3度→21.5度)。

パッケージ無しの肉まんと、粘度はあるものの量が少なく紙パックのクラムチャウダーが冷えやすいのはなるほどって感じ。

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パッケージ無しだからか、他と比べても勢いよく冷えていく肉まん。
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きつねあげの断熱効果、手強いぞ。

対して、断熱性の高いスチロールパッケージのカップ麺系が冷えにくいのは分かる。

が、それにしてもきつねうどんが強い(69.5度→36.3度)。おそらくなんだけど、全体的に上から被さっている“おあげ”が断熱材として働いているのではなかろうか。

今後、もし温度を長時間維持したい企画でカップ麺を選ぶ機会があれば、きつねうどん一択である。

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いよいよ20年前のあの味を再確認する

さて、開始から4時間が経過したわけなんだけど…さすがに、防寒バッチリで決めてきたつもりの僕がそろそろ限界である。

なのに、食材の気温は下げ止まり。最も下がったクラムチャウダーが12.9度、相変わらず冷えないきつねうどんでも25.2度までは落ちた。

しかし、もうこれで「ほぼ外気温メシ」ということでいいことにしよう。いいです。

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そろそろ冷えててくれよ、頼むから。空腹も限界だよ。
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よし、もう感覚的にはほぼ外気温ってことでいいんじゃないのか。

まずは、やはり確かめずにはおれない外気温カップヌードル。

箸を入れて持ち上げると、案の定というか、汁を吸いきってのびのびの麺がぶつぶつと切れる。そこをかまわずすすりこむと…あー、ぬるい。

冷えているというか、ぬるい。おそらく食べている僕の体も冷えているので、温度差を数値ほど感じないのかもしれない。

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箸で掴むと崩壊しだす麺。
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口に入れた瞬間、程よくぬるい温度が想像以上に心地よい。のびた麺の歯ごたえも優しい。

そしてこのぬるくてフワフワ柔らかすぎる麺が、なんの刺激も与えずに胃に入ってくる。肉体的になんのリアクションも取れない感じ。

以前にちょっと流行った「10分どん兵衛」が「優しい味になる」と評判だったが、温度が外気温に近くなると、もうそれどころじゃない。

美味しい/まずいじゃなく、無刺激。もちろん味は普通にしょっぱいけども、ジャンルとしてはおかゆや湯冷ましに近いぞ。たまに口中で感じる「表面の乾いた麺」は薬味感覚で。

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あー、こういう感じだったかー。うん、ありだ、あり。

結果として、ものすごく優しいものを食べてる気分なのである。

そうかー。20数年前の当時、大失敗で現場をめちゃくちゃにしたストレスで胃がキリキリしていたにも関わらず食べられて、かつ「ありだな」とすら思えたのは、このふんわりとした優しさ故なのかもしれない。

僕も今や多少のミスごとき鼻をほじってやりすごせるアラフィフだが、だからこそ、冷えて疲れた体にこの優しさは「あり」だ。

いや、もちろん、アツアツの湯気が出てるところをズババッと勢いよくすすったほうが美味いのは知ってる。でも、美味さじゃなくて優しさが欲しい時だってあるじゃない。

あと、カップヌードルはスープ自体に油分が少ないので、冷えてもわりにサッパリいける。

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外気温近くまで冷えたカップ焼きそばは麺が一体化するぞ。なんだこれ。

一方、カップ焼きそばを外気で冷やすのは「なし」だ。

汁気がない分だけのびないし、いけるんじゃないかと予想していたんだけど…これはそもそも食いにくいな。歯ごたえがモソモソだし。

あと、麺自体にソースが染み込みすぎ+冷えて塩気が強く感じられるせいか、こちらは味覚的に刺激が強すぎるのだ。麺も固くなって食べ応えが増したため、うん、胃に重い。

まったく想定していない食べ方をされた上での「なし」判定は本当に申し訳ない。そもそもカップ麺は基本的に作ってすぐ食べるべき。

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ひっくり返すと、下に溜まったソースが焦げのようにじっとりと。

あと、やっぱり冷えた肉まんは美味い。

皮の表面からは水分が失われて固くなってるんだけど、まだ噛みきれないというほどじゃなくて、歯応えはパンに近づいている。小麦粉の香りはより強くなってる感じだし、甘味も増したかも。そして内側は具材の肉汁を吸ってしっとり。

具は冷えたせいで塩気が強まってるが、歯ごたえのある皮のおかげでちょうどいいバランスだ。例えて言うなら、美味しいパン屋さんの総菜パンっぽい。

熱いところをハフハフいくのは最高だけど、それとは別ジャンルとして、ちょうど外気温ぐらいに冷えた肉まんもコンビニで売ってくれていいと思うんだ。

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温かい肉まんとはまた違う面を見せる外気温肉まん。これは美味いよ。
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外気温カップスープは、素直に「暖かいの飲みてぇな」と思う。
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麺が太いせいか、カップヌードルよりも食べた時の重量感があった、外気温きつねうどん。あと、おあげがやたらとしょっぱい。

「冷やメシ」なんてだいたいロクなもんじゃないネガティブな表現だけど、しかし改めて食べてみると、これはこれであり、に落ち着くと思う。少なくとも、カップ焼きそば以外は。

人間は、美味さよりも優しさを欲する時があるのだ。

…とイイ感じに締めてみたけど、単に冷えてのびたカップ麺食っただけなので、あまり含蓄はないな。


話のきっかけとなった「僕が外ロケでやらかした印刷会社」だけど、他にも「大遅刻して電報を打たれた」という思い出もある。当時はまだ携帯電話がなく、さらに一人暮らしを始めたばかりで家に電話回線も引けてなかったので、いつまでも会社に来ない僕への連絡手段が電報しかなかったのだ。

さらには「スタジオで撮影する予定で用意されてたパック寿司を間違えて食べた」とか「刷り上がった色校にタバコの火を落とした」とか、本当に迷惑かけっぱなしだった記憶しかない。

今回は寒空の下でただじーっとしてるだけの時間が長かったので、こういうネガティブな古い記憶ばかりが蘇って困った。人間、やはり暖かい場所でぬくぬくとしてるのが一番だ。

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一滴も汁をすすってないけど、食べ終わるとこんな感じ。アラフィフは摂っちゃダメな塩分量だったかも。
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