秘境の名店
今回紹介するお店は、細長い沖縄本島の最北端にあたる国頭村(くにがみそん)にある。那覇から遠い観光地として名高い美ら海水族館よりもさらに遠く、しかも東海岸側に位置するなかなかに行くのが億劫になる場所にある(西海岸は海と山を見ながらドライブできる道なので車で走っていても気持ちいいが、東海岸道路は山道なのだ)。
その国頭村の中の人口10人ほどの小さな小さな集落にあるのが「伊部売店」。
一見、地域の人だけに利用されているような田舎のお店だが、県外からも視察が来るとかなんとか。
いったいどんなお店かとずっと気になっていたが、先日近くを通ったので、行ってみることに。
ここを目指して来たのでお店だとわかるが、何も知らずに通ったら、看板も出ていないのでお店と気付かずに通り過ぎてしまいそうだ。
ピンポンを押して待て
棚にはきれいに商品が陳列されているが、目の前にカウンターがあって中には入れなくなっている。いったいどうやって品物を購入すれば良いのやら。
するとすぐにお店の隣の家から、「あらあら」とかわいいおばあちゃんが出てきてくれた。
初めてお店を訪れたわたしたちに「いいよ、中に入って見ればいいさ」と、カウンターの中に入って商品を見るように促してくれた。
本来はカウンターの前からおばあちゃんに商品を取ってもらって会計をするらしいが、ゆっくり見ていけということだろう。
商品を見つつ、お店のことを聞いてみることに。
日の出から日の入りまでいつも開いている売店
- お店に来たら呼び鈴を押したらいいのですよね?
そうだよ。いつもおばあちゃんは隣のお家にいますよ。だからあのブザーがありますよ。あれを押したらそのときに出てくるから。
- お店は何時からやってるんですか?
夏場は6時半からやってますよ。5時に起きてね。閉めるのは日が落ちたらね。
休みはね、自分たちの急用ができたとき。お正月もお盆も開いている。
用事ができたときだけ。行かなければいけない用事の時は閉まる。
- おひとりでやってるんですか?
次女が仕事が休みのときは交代。
そのときはおばあちゃんは畑に行きますよ。野菜づくりね。自分たちが食べる分だけ。
お店をはじめてからだいぶたつけど、今年はじめて風邪引いたね。次女が仕事場から持って帰ってきてしまって。
娘がいるときは仕入れもさせますけどね。娘がいないときはぜんぶ自分がやりますよ。多く仕入れているのは名護の崎浜商店さん、氷は国頭冷凍さん、お菓子は宮城製菓さん、たばこも辺土名の崎浜さん。
- お店の商品がみんなきれいですね
近くの人たちが買いに来てくれるからね。買う商品がだいたいわかっているから。
とっても売れるっていう商品はないですけどね。みんなボツボツですよ。このお店はおばあちゃんのボケ予防かね。
ここはつぶれそうでつぶれない店ですよ。だれが見てもつぶれそうではありますよ。でもつぶれない(笑)
- おいくつなんですか?
いま83歳。若く見える?ありがとうね(笑)
夏場は賑やかですよ。近くに1ヶ月ほど子供たちが来る学校があるから、とっても賑やか。みんなとってもおりこうさんたちですよ。前を通るときはこうやって(手を振って)「おばあちゃんー!」って。挨拶やるだけでとっても嬉しい。
- お店はいつからやっているんですか?
ここはもともとは他の売店の支店でしたよ。でも赤字で維持が難しいからという理由で、閉めるというから、わたしたちが土地ごと買い取ったんですけどね。自宅の隣りだったから。
呼び鈴はその後から3〜4ヵ年してからつけたんじゃないかな。便利ですよ。鳴ったらすぐ来ますから。ここはしょっちゅうお客さんがいらっしゃるわけじゃないから。家であれしたりこれしたりやって、テレビ見たり。おじいちゃんとふたり。そして呼び鈴がなったら出てくる。おじいちゃんが考えたんですよ。それまではお店のことと家のことをやっていてとっても大変だった。呼び鈴を押したら、いつも台所にいるから台所で音が鳴りますよ。さっきも聞こえたから来ました(笑)
- お店をやるまでは?
山歩いたり、さとうきびを作ったり。おじいちゃんが海(漁師)やったり。なんでもやりましたよ。
やらないと子供たちを教育させられないから。次女が最近内地から帰ってきて、いま一緒に住んでいます。長女と七女は内地ですね。
- え、七女?お子さんは何人なんですか?
女の子が七名で、一番末っ子が男の子。
双子が入っているからね。それでもこんなに育てて教育したのは、どうしてやったのかね。おばあちゃんは(笑)
今でもなにかあったらみんな来ますよ。婿さんたちもとっても気持ちがいいから。長男が男ひとりでも心強いはずよ。長男の子供が一番小さくて次に高校生になる。孫たちは大きな病気とかはなくてみんな健康だった。おじいちゃんとおばあちゃんはそれが嬉しい。それが幸せさね。
この冷蔵庫は長男が買ってきたんです。でもあんまり電気が食うもんだから、棚にした。返すのも大変だから。こっちの小さいので十分。ここでは。本当は使える冷蔵庫なんですけどね。
だー。あんたたちなんかコーヒー飲んで。おばあちゃんが買ってあげる!
- いやいやいやいや。大丈夫です!自分で買います!
なんで。おばあちゃんがあげるのに。こんな楽しいおしゃべりさせてもらって。
- いやいやいやいや!
おもしろかったね。また来てね。
- ありがとうございました。また来ます!
すごいぞ伊部売店
県外からも視察が来ているということだが、おばあちゃんの話を要約すると「地域に根ざしたお店がちゃんと稼働している理由」を勉強しに来るそうだ。
たしかに当たり前のようにある伊部売店だが、考えれば考えるほど奇跡のようなお店なのだ。
集落の人からしたら、歩いていけるところに売店があるだけでも本当にありがたいはず。街に出るには山道を走らないといけないし、高齢の人も多いだろう。しかもほぼ年中無休で夜明けから日の入りまで開けてくれている。
隣に自宅がある小さなお店で、顔を知っている人たちがお客さんだからこそ、商品に埃がつもったり色褪せたりすることがなく、無駄がほとんどない経営ができているのだろう。
とは言え大変なこともたくさんあるはずなのに、地域や誰かのためと言わずに自分のボケ予防でやっているというスミ子おばあちゃん!いつもお店にいなくても大丈夫なように、呼び鈴をつけてくれたおじいちゃん!お店が無人のままでも問題ない治安!小ロットでも届けてくれる卸屋さん!
「だれが見たってつぶれそうなお店。でもつぶれない」とスミ子おばあちゃんは笑っていたが、おばあちゃんをはじめたくさんの人がつぶれないようにしている。そんな奇跡のようなお店なのだ。すごいぞ伊部売店!またそのうち、いつか、きっと、たぶん、行けたら行こう。...この遠すぎて行くのが億劫になるぐらいも、またちょうどいい。