なんこつばかりを淡々と
友人が頼んだ「かわ」が運ばれてきた。「よく見てみ」と、友人が皿を差し出してきた。食べたい……。
「大丈夫、ありがとう」と写真だけ撮って返した。「ああ、せせりと全然違って美味しい!」と友人は楽しそうである。
うらやましくはあるが、しかし今日、友人がいてくれて本当によかった。なんこつばかり何度も注文していると、お店の方に「ん?何あの人」と思われてしまうおそれもある。その点、友人が色々な注文をしてくれるおかげで私のなんこつの貫きがうまく隠れるのである。
新たにもう2本、私のなんこつが運ばれてきた。隣には友人が注文した「レタスの豚肉巻」が2本並んでいる。
ここで私は恐ろしいことに気付いた。私の2本のなんこつを見比べてみると、当たり前のことだが、少しずつ違うのである。
そして実際、食べてみると、さっきの2本よりも今度の方が焼き加減がしっかりめで、香ばしさが増している気がする。「さっきよりうまい!」と思ってしまいながら、「思いっきり食べ比べてるわ!」と笑ってしまった。
友人と、食べ比べるということについて話した。
――食べ比べないって難しいね。歩いていても色々な食べ物が目に入ってくる。
特に日本って外食産業が発達しているから選択肢が多いでしょう。
――たしかに選択と比較の連続だよね。でもたとえば、小さな街で、ラーメン屋が一軒しかなかったら、ラーメンを食べたくなったらそこっていう風になるか。
そうなるんだろうね。
――でも選択肢が少ないことをマイナスに考えてるのは自分の勝手な判断で、「ずっとここのこれだけでいい!」っていう人もいるもんね。
たしかに。なんこつだけずっと食べるっていう人も中にはいると思うよ。でもその中でもさ、七味をかけたり、山椒をかけたりして味変したっていいし、まったく同じものってなかなかないよ。
――そうなんだよ。さっきのなんこつより身が多くついているなーとか。結局どこまでも差があることに気付いたわ。
でもそんなに普段って食べ比べてる?
――あー、そうでもない!同じカップ麺を繰り返し食べたりすることが嫌じゃないし。
絶対に美味しいことがわかってるっていうのは安心感があるから。食べ比べるってチャレンジだから自分に合わないとかもあるでしょ。
――そうだよなー!どっちがいいとかもないのか。でも一個しか知らないって不安じゃない?ついつい「もっといいものがあるのでは?」と思ってしまうというか。
たしかにね。うーん。家のお味噌汁でもさ、この具材が当たり前だと思ってたけど、他人の家を見たら「うちって特殊だったんだ!」って気づくこともあるかもしれない。
――比べて初めてわかることもあると。
人事に関する仕事をすることがあるんだけど、人と自分とを比べてしまうと落ち込むんだよ。「キャリアがもう何年になるのに自分はこれしかできてない」とか。そうやって比較すると他にいくらでも優秀な人がいるから自分を誇れなくなる。だから、できるだけ比べないで、根拠なく自分で自分の味方をしてあげるようにしましょうっていう方向に、時代としてはなっていると思う。まったく比較しないのは無理だから、上手に比較するっていうのかな。
――本当だね。比べて楽しいなら比べたらいいっていうことか。
私は引き続きなんこつ2本、友人は「ズッキーニ串カレー風味」を注文していたのだが、なんと、驚くべきことに、友人のズッキーニ串のカレーパウダーが私のなんこつの端にちょっとだけついて、味が変わっていたのである!そしてそれがすごく美味しかった。
「カレーなんこつ!最高だな!」と私が喜んでいると、友人が「でしょう。だから色々注文した方が楽しいんだよ」と言い、本当にそうだ!と、ほとんど感動に近い気持ちになった。
この後ももう一回だけなんこつ2本を食べて私はすっかり満足し、店を出た。そして食べ比べないルールを撤廃し、次に行った居酒屋では色々食べて色々飲んだのだった。


