屋久島のサル
青森から戻り約1カ月。次は屋久島に行く。鹿児島からフェリーで行くことになる。気象庁の屋久島の月別平均気温は12月が「13.9℃」。青森を訪れた頃と平均気温は同じくらいということになる。顔の傾向なので、そんなに季節は関係ない気もするけれど。
屋久島では古くから「人2万、サル2万、シカ2万」と言われている。屋久島のサルは、環境省のレッドリストでは、以前は希少種だったけれど、現在は増加しレッドリストから外れている。それに島なのだ。限られた陸地。なんとなく見つけることができる気がした。
屋久島に生息するニホンザルは、厳密には「ヤクシマザル」となる。ニホンザルの亜種だ。亜種とは簡単に言えば同じ種だけれど、色や形などが異なる集団のこと。つまりニホンザルとヤクシマザルは異なるということだ。
何が異なるかと言えば、「ニホンザルの生態」によれば、ニホンザルより毛色が灰色っぽく、体は小さく、手足が短いそうだ。顔の赤色も少しくすんでいるとある。さらに「いなかくさくやぼったい」ともあった。純朴ということだろう。アーバンな私とは異なるということだ。
「日本の哺乳類学2」によれば、ヤクシマザルは、屋久島という本土から隔離されたことや、喜界島からの溶岩流が屋久島の半分以上を焼いたこと(約7300年前)で、先祖集団の人口が減少したことがボトルネックになり、独自性が形成されたそうだ。
ニホンザルよりヤクシマザルの方が体が小さいのは「ベルクマンの法則」で説明できると思う。恒温動物は寒いほど体が大きくなる、というものだ。屋久島は一年を通して暖かいので小さくなったのだろう。
上記はシカの頭骨。ヤクシマに生息する「ヤクシカ」が一番小さく、ホンシュウジカが中間。北海道に住むエゾジカが一番大きい。ニホンザルでも同じことが起きているわけだ。ちなみに、私はエゾジカを初めて見た時、「ビッグ!」と自然に口にした。このことからわかるのは、私には英語の才能があることだ。英語、話せないけど。
屋久島では1カ月に35日雨が降るとも言われている。実際に私が訪れている時も雨は降った。一日中降るというよりはスコールに近い感じだった。それがヤクシマザル探しに問題があるのかわからないけれど、レンタカーに乗り込み探しに出かけた。
めちゃくちゃいた
ヤクシマザルを探すために、深くは考えず、とりあえず屋久島の外周を走った。途中に雨がたくさん降ると全面通行禁止と書かれた看板があり、そこを通過した辺りから、ヤクシマザル探しはもう終わりだな、と思った。
屋久島に到着して1時間でサル、サル、サル。一旦休憩しよう、くらいサルがいた。車が来ても道路の中央から動こうとはせず、前の車が停まってしまっていることもあった。サル去り待ちなのだ。
確かに下北半島で見たニホンザルより小さく感じた。ダイエットした? と聞きたくなるような感じなのだ。顔の話をすると、なんか違う気がするけれど、同じにも見える。若い子の顔が同じに見える、みたいなことだと思う。比べないとわからない。
ヤクシカも普通にいた。なんならヤクシマザルと仲良くしていた。写真は撮れなかったのだけれど、ヤクシカにまたがる小さなヤクシマザルも見た。割と仲良くやっているのかもしれない。
朝からステーキのような濃厚な時間だった。飽きるくらいヤクシマザルなのだ。屋久島に行く前は、もしサルを見ることができなかったらどうしよう、と怯えていたのだけれど、無駄な時間だった。心配なんてしても無駄なのだ。
ヤクシマザルの話
せっかくなのでヤクシマザルについて書いておこうと思う。1964年に書かれた「ニホンザルの生態」には、動物園にいるサルはたいてい屋久島のサルとある。「日本のサル 哺乳類学としてのニホンザル研究」には2016年のデータがあり、それによるとニホンザルが1275頭で、ヤクシマザルは174頭と動物園にいるサルが変わっていることがわかる。
屋久島では猟師の狩猟対象にヤクシマザルがいた。捕まえる方法はいろいろあるようだけれど、その一つが「牢屋罠」と言われるもので、「ドウ」や「ロー」、「ローヤ」と呼ばれていたものだ。
「霊長類学者・川村俊蔵のフィールドノート―1950年代屋久島の猟師と後継者たち―」に1952年の猟師への聞き取りがあり、ヤクシマザルを動物園に売っていた話が載っている。一頭の販売価格は現在の物価では13万から24万円だったそうだ。24万円だと1カ月の給料だ。
ヤクシマザルが本土のニホンザルと混ざることはなかったかも考えてみたい。交雑とでも言えばいいのだろうか。もしそのようなことがあれば顔が変わると思うからだ。1940年に屋久島を訪れた宮本常一が「屋久島民族誌」を書いている。サルについての話は載っていないけれど、ヤクシカについては書かれている。
ヤクシカは泳ぐそうだ。「じつによく泳ぐ」とある。ただ一里(約4キロ)くらいまで泳ぎに出るけど、周囲の島は遠いので戻ってくるそうだ。ヤクシマザルもおそらく同じで、泳いだとしても戻ってくるし、逆にニホンザルが屋久島を目指して泳いだとしてもたどり着かないのではないだろうか。
実は屋久島のお隣の種子島にも、戦後すぐまでサルが生息していたけれど、すでに絶滅しており、標本もないため、それがニホンザルなのか、ヤクシマザルなのかわかっていない。ただ屋久島と種子島は50キロ以上も海を渡る必要があるので、自然に考えれば、交流はなかったはずだ。
つまりヤクシマザルは長く周りと交流がないのだ。12000年前までは屋久島、種子島、鹿児島本土は今より海水面が低いため陸続きだった。しかし、その後は海面が上昇して島となった。つまり1万年くらいヤクシマザルは孤立しているということだ。
ついでだから九州のニホンザル
さて、北限と南限のニホンザルを撮影したわけだけれど、考え方によっては、ヤクシマザルはヤクシマザルであり、ニホンザルではないだろう、とも言えなくもない。元は一緒なのだけれど、亜種だからね、違うかもしれない。
時期は同じ12月だ。というか、屋久島に行く前に大分に寄ったのだ。羽田空港から大分空港に行って、別府に移動して、サルを撮影して、別府駅から特急列車のソニックに乗って、博多駅に行き、博多駅から九州新幹線に乗って鹿児島に行って、屋久島に移動したのだ。長かった。
高崎山にはニホンザルがいる。野生のサルが餌付けされているのだ。これを撮れば、九州のニホンザルの顔がわかる。私は大分に住んでいたので、高崎山にはニホンザルが溢れるくらいいるのは以前から知っていたので、撮れるかな? という心配はなかった。
高崎山のニホンザルは警戒心がないので、撮影はより簡単だった。他の場所ではサルとの距離を十分にとって撮影するのだけれど、高崎山ではもうサルがいすぎるし、なんなら向こうからもうやってくるので、写真は撮り放題だった。

