「夜道で白い猫を見つけたと思い、近づいたらビニール袋だった。」
インターネットで昔から語り継がれる笑い話だ。筆者にもよくある。
そしてここからはやや笑えない話だが、筆者の場合はビニール袋と気付いてからも、しばしそこに立ち止まり「猫がいるなあ」と眺めることがある。
筆者の家には猫がいない。
ペット禁止のマンションに住んでいるわけではなく、ただ家に観葉植物とワレモノが多いからだとか、動物病院が近くにないからとか、適当な理由を公言している。
実際のところは、極端なアレルギー性鼻炎である自分が、猫を触ると鼻水が止まらなくなるという現実を直視したくないからだ。
猫と暮らす人が、よく「猫は液体(笑)」と惚気ていらっしゃるのを目にする。猫=液体ならば液体=猫でなければならない。しかし水は猫ではない。
ほんものの猫が家にいてほしいだなんて、高望みはしないことにした。
「一瞬だけ猫に見えてドキッとする何か」があるだけでいい。私の生活を潤しておくれ。
ビニール袋を飼ったら猫に見えるだろうかと部屋に放流してみたが、ただ「ゴミを捨てないだらしない人」になるばかりであった。
ビニール袋は、夜道でなければ猫になれないらしい。
では、素材をより猫らしくしてみてはどうか。
バスタオルだ。
視界の端に映り込む分にはドキッとする。しかし「パーカーを裏返して椅子に脱ぎ捨てた人」のようにも見え、ガッカリする落差のが大きい。段差があると思っていなかったところを踏み外し、予定より5cm下に踏み込んでしまったあの気分。
しかし、少なくともビニール袋よりは猫らしく見えることが分かった。必要なのはフワフワの布だ。
できるだけ質感が猫に近い布を求め、電車を乗り継いでにっぽり繊維街に向かった。
おそらく、ここが日本で一番多種多様な布を見比べられる場所であろう。
そうして2時間うろうろした末に買ってきたのがこちらの布。50cmで1,000円ほどだった。
光に当たるとやわらかく輝き、手触りはなめらかですべらか。まさに子猫のような質感。
試しに布を丸め、椅子の上に置いてみた。
「得体の知れないでかい獣がいる家」になった。
大きめの猫ちゃんと言われたらそう見えるかもしれない。少なくとも生き物らしくなってきた。
暗闇で見ると……かなり猫!
撫でるのを嫌がって頭を隠している猫に見える(見えませんか?どうですか?)(この記事はこの先もこういう感じで進みますが大丈夫ですか)。
かなりLOVEの心が湧いてきたため、「視界の隅に映ったときに猫かと思ってドキッとする」はクリアだ。お陰様で生活にハリがでてきた。
しかし人間とは強欲なものである。理性が「これはただの布だ」と理解した途端に、脳が猫を認識しなくなる。
より生々しく猫の存在を感じたいため、手芸の力でシルエットを改良することにした。
まずは耳があってほしい。ぬいぐるみの無料の型紙を参考に、フワフワの布を切り出していく。
フワフワの布は切るたびにものすごい量の毛が抜けるが、換毛期の猫ちゃんにコロコロをかけているようで気分がいい。
黒いパーカーはもれなくこうなる。この写真が一番「猫飼ってる人」っぽい。
実際に猫と暮らす友人に見せたらこの反応だった。正気を取り戻すと泣いてしまいそうなので、早めに仕上げることにしよう。
"ねこ"のいる暮らし
その後ミシンと格闘したり、綿をぎゅむぎゅむに詰めたりした結果がこちら。
かわいい。
勘で作ったわりに、だいぶ猫の頭っぽい。
生首のままではかわいそうなので、胴体と尻尾もつけた。
猫だ。これはほとんど生命だ。
さっきまでは「視界の端に一瞬捉えるぶんには猫」だったのが、「じっくりと見れば見るほど猫」にグレードアップした。形が生き物に近づくだけで、今にも動き出しそうな気がする。
このふわふわを"ねこ"と名付けることにした。
首輪の代わりにリボンを巻いてやろう。ちょっと嫌そうだね、あはは
掛け布団の上に丸めたら、「猫にベッドを占領されて寝られない人ごっこ」ができるようになった!
ちなみにおなかの方には大きなポケットがあり、やわらかい布に巻いた2kgのダンベルが入っている。重さが感じられて嬉しいね。
あ〜〜〜〜〜〜〜助かる
重い、重いって(笑) 人間このままじゃ窒息しちゃうよ(笑)
より猫に近づける方法を思いついた
顔の上に載せてみて、一つ足りないものに気がついた。「体温」だ。
某パワーちゃんが猫(の血)は暖かくて気持ちがいいと言っていた通り、哺乳類に触れてその生を感じさせる大きな要素の一つに「暖かさ」がある。それを逆から考えると「暖かければ生命に近づく」はずなのだ。
近所のドラッグストアに走り、電子レンジで温めるタイプの保温剤を買ってきた。
レンジで温めたら、おなかのポケットに詰める。中が半分空洞なおかげで保温剤がぴったり入った。生命になあれ、生命になあれ……
温かい……
保温剤入りの"ねこ"の下に寝てみると、ほどよく重く、そしてじんわりと温かい。目を閉じて頭を撫でればまるで本物の猫がそこにいるようだ。
そうか、お前の役目は「湯たんぽカバー」だったのか。
"ねこ"という概念
幼少期、祖母の家の猫をかわいがりすぎて嫌われていた。
きっかけは「首輪を嫌がってつけてくれないの」という話を聞いたとき。外に出て迷子になったらかわいそうだと思い、猫の顔じゅうに祖母の家の「上田」のハンコを押した。
上田上田上田になった顔の猫。祖父母は大笑いしていたが、猫はそれ以来私に寄り付かなくなったし、私は猫を撫でるとくしゃみが出るようになった。確か6歳くらいのときだ。
子どもの悪意なき奇行でなくても、猫は自身をかわいがりすぎる人間を避ける傾向にあるらしい。
それでも"ねこ"なら大丈夫。どれだけ撫で回しても平気だし、膝に乗せたまま仕事をしてもいいし、抱き上げたって怒らない。
これからSNSでかわいい猫ちゃんの写真を見て、羨ましさに狂いそうになったときは、"ねこ"を抱いて過ごそうと思う。
