特集 2018年11月19日

なんでもない地図を語る会

「ここの地形いいよね!」などと言い合います

みんなで地図を眺めてわいわい言う、という会が京都で行われた。

ぼくもふだんから用もなくグーグルマップを眺めたりするので、地図をただ見るというイベントは気になる。京都まで行ってきました。

1976年茨城県生まれ。地図好き。好きな川跡は藍染川です。(動画インタビュー)

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京都すごい

会場は、平安神宮の近くにある京都府立図書館とのこと。

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「ここらへんに図書館があるはず・・うわ!」

いきなり平安神宮の大鳥居が現れてびっくりした。こんなに目印が分かりやすい図書館めったにない。

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それで図書館はこれ

その足元には図書館が建っていた。かっこいい。明治時代の建築だそうだ。

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みなさん揃ってました

会場のナレッジスペースはこんなふう。よく晴れた土曜日の午後、これから3時間にわたってなんでもない地図を見て遊ぶのだ。平安時代の貴族みたいでもある。

会の主催は、京都大学の学生である重永(しげなが)さんだ。

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重永瞬さん。地理学を学んでいる。

重永さんは文学部で地理を学んでいる。じつは彼には以前、少しだけ似たような趣旨の「なんでもない景色を語る会」という当サイトの企画に参加してもらったことがある。

そういう経緯もあり、今回は重永さんが主催で「なんでもない地図を語る会」というのをやってみようと思ったのだそうだ。

最初のなんでもない地図

ではいよいよ地図を見ていこう。「最初のお題はこちらです」と重永さん。

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どうでしょう。(国土地理院ウェブサイトより)

ちょっとだけ注目して見てみてください。会場ではこれが壁に投影された途端、みんな身が乗り出した。

「見づらかったら前に来ていただいて大丈夫ですよ」と重永さんが言うと、地図の前はたちまち人だかりになった。

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ゴゴゴ・・(地図好きが集まる音)

さっそく参加者の一人が「この道、旧道と新道っぽいですよね」と言う。

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この真中の道のことです(地理院タイルを加工して作成)

地図に描いてみた。旧道と描いた白い道は、上下で黄色い新道につながっている。白い道のほうが細いのに、建物は多い。こっちがもともとあった道なんじゃないか、と。

その他、参加者から出た意見はこんな感じだ。

・全体的に水に困ってる感がある(ため池が3つ見える)
・犀川といえば石川か長野。でも標高が低いから長野じゃなさそう。


「水に困ってる感がある」という意見が出たとき、一斉に「あー!(たしかに)」という声があがったのが面白かった。そこ、みんなが同意するポイントなんだ。

といったあたりで重永さんからネタばらし。場所は、京都府の綾部市だそうだ。舞鶴とかの近く。下着メーカーのグンゼの創業地で、蚕糸業が盛んだったそうだ。
 

話に出ていた旧道はこんなふう。建物が立ち並んでいて、郵便局もある。いかにも町の中心地だろうなあと想像させる。

対して新道沿いはこんなふうだ。

あるある。バイパス沿いの広い空。さっきの地図を見てこの景色が浮かぶようになれば、しめたものなのかもしれない。

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参加者はどんな人?

ところで参加者はどんな人が多いんだろうか。軽くお話を聞いてみると、学生の方と年配の方が半々ぐらいの割合だった。

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これは若いみなさん(の一部)

若い方は、会場に近い京都大学や大阪大学の学生という方が多かった。全員が地理の専門というわけではなく、他学部だけど地図が好きというような人も多かった。

年配の方は、ふだんからのこの図書館を利用していて、イベント開催のポスターを見ていらしたという方が多かった。

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ますばさん。自作の架空地図を持ってきた

ますばさんは趣味で架空地図を描いている。架空の地図を描くためには現実の地図や街を知らなければいけないということが痛いほど分かり、それもあって地図を見るようになったという。

いま取り組んでいるのは、同じ場所の地図を、古い地図から次第に新しい地図に更新していく作業だという。つまり、架空地図の古地図を描いているのだ。

現在の道路は、当たり前だけど過去の道路に影響を受けている。つまり、現在の地図を描くためには過去を想像しながら描かないといけない。でもそれは難しすぎるので、順番に過去から描いているんだという。

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小野さん(右)も架空地図作家だ

そんなますばさんに話しかける小野さん(写真右)も小学生のころから架空地図を描いているという。今日も持ってきたかったんだけど、実家にあるので無理だった。

そのかわり、架空の国についてのメモを見せてくれた。

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その国の教育制度だ(王国なので王立学校がある)

地図を描いていると、どうしてもその地図の範囲より広域の事情を考えなければいけなくなるという。海はどっちなのか、気候はどうなのかなど。

すると次第に、その国の学校の制度とか、国の歴史そのものとかも考えなくちゃいけなくなるんだという。小野さんはそういうのを適宜メモにまとめているそうだ。

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江畑さん(右)も架空地図を描いている

そんな二人と情報交換をする江畑さん(写真右)も空想地図作家なのだった。すごいなこの空間。もちろん自作の地図を持ってきていた。

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地図のうちの一枚

方眼紙に鉛筆とペンで地図を描いている。地図は描いたり消したりしながら作るので、結局のところ紙と鉛筆で描くのが一番やりやすいんだという。

彼らはふだん一人で地図を描いていて、こんなふうに会うのは多くないそうだ。お互いに話がつきないという感じで楽しそうにしていて、見ているほうも幸せな気分になった。

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同じ場所の違う地図を見る

つぎは、参加者を3つのグループに分けて、同じ場所の、それぞれ種類が違う地図を見てみようという趣向だ。

まず最初のグループに配られた地図はこんなふうだ。

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航空写真ですね(国土地理院ウェブサイトより)

田んぼと山だな、というのが素朴な感想だけど、ここからどんなことに気づくんだろうか。参加者の声を聞いてみよう。

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航空写真を読み取るみなさん

「ここ、川が立体交差してますね。サイフォンでくぐってます。」

川が立体交差ですって! どこですか?

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ここです(国土地理院ウェブサイトの航空写真に加筆)

分かるだろうか。川その1が真ん中で川その2をくぐっている。これ立体交差なのかー! その先には田んぼがいっぱいあるし、大切な用水路なんだろうね。

そして、次のグループに配られた地図はこんなだった。

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こんな地図です(国土地理院ウェブサイトより)

高さによって色が塗り分けられた地図。標高図というそうだ。一見すると情報が少ないように見えるけど、ここから何が読み取れるだろうか。

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標高図を読み取るみなさん

すると、

「こういう地形、長野にありそう」

という参加者の声。重永さんによると、なんと正解。言われてみれば松本のあたりこんなかんじだ。

最後は、地形図を渡されたグループ。

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同じ場所の地形図
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地形図を読む人々

この地図はさすがに情報量が多い。

読み取ったことをグループごとに発表することになっていたんだけど、このグループの発表は最後だった。

「標高図を見てて思ったんですけど、市境が旧堤防に沿ってますね」

旧堤防という言葉の説明の前に、まずは現場の地形図と標高図を並べてみよう。

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このカーブが一致する(国土地理院ウェブサイトをもとに加工)

左側の地図で、矢印のところにカーブした線がある。これは古い堤防で、旧堤防というらしい。つまり、昔の河岸はこの線なので、右側の市境もそれにそって引かれているんじゃないか。

するとたちまち重永さんが、こんどは「治水地形分類図」という別の種類の地図を投影した。

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真ん中の茶色い手相みたいな線に注目(国土地理院ウェブサイトをもとに加工)

「凡例を見ると、昭和30年代後半から40年代前半の旧堤防とあるので、確かに旧堤防ですね」と重永さん。

四次元ポケットからいろんな地図を出すドラえもんがいるとすれば、重永さんだなと思った。

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いちばん盛り上がったのはこの地図

「次はちょっと変わり種なんですが…」といいながら、重永さんが見せたのはこんな地図だ。

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これ、どこの地図でしょう

どうだろう。旭田京駅や、ナイレールという鉄道の名前に聞き覚えはあるだろうか。なかなかピンと来ないかもしれない。これ、じつは現実の地図じゃなくて、今和泉隆行さんという方が作った空想の地図(中村市)なのだ。

会場でも、これが空想地図だというネタバレは早々に行われ、その上での地図の読み解きが始まった。会場には空想地図を描く人が3人もいたこともあり、これが多いに盛り上がった。

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現実にはない地図を読み解く一同

まず出た感想はこんなふうだった。

「以前は街の中心は川の左側で、それが駅のある右側に移っていったんでしょうね」

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旧市街と新市街?(「中村市都市地図(F-05)旭田」を加工、このページすべて)

図にしてみた。地図の右側が新しい街で、真ん中が古い街ではないか。その証拠としては、左上から旧街道が来ていて、下の方に大きな商店街がある。鉄道は街の中心を遠慮して川の向こうを通し、駅もそちら側に作ったところ、そっちが栄えだしたのではないかと。

すごい。現実にない場所なのに、すでに歴史が語られている。

「この大参慎神社を中心に栄えたんじゃないですかね」
「参道もあるし、門前町っぽい」

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大参鎮神社の周辺

確かにこれは立派な神社だ。

「参道が神社の正面をちょっと外してるのが面白い」
「そうですね。そういう神社、よくあります」
と返す重永さん。

じつは重永さんは神社を入口として地理を学ぶようになり、いまでは参道研究会という会を主催するほどなので、参道には詳しいのだ。

「この参道、下ってますよね?」
と、描いてないはずの地形を語り出す人もいた。

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地形の概要

川があるほうは低いはずだ。そして地図の左下には城山という地名があり、標高は高そうだ。ということは参道は下っていることになると。

「参道が下がってるのは珍しくないですか?」
という会場の声に、
「そうですね。ただ、下り参道といえば泉涌寺(せんにゅうじ)とか…」と重永さん。
「あとは、出雲大社の下り参道がいちばん有名ですよね」と別の参加者。

こういうの「下り参道」っていうんだ。

ヒーローものの映画にこういうのあるなと思った。登場人物たちが少しずつ違う能力を持っていて、協力して戦うパターン。もしも敵が「地理伯爵」とかだったとしたら、連れてくべき味方はここの参加者だろう。

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みんなの発見を地図に書き込んでいったら、
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最終的にはこんなにもなった。

まとめ

たぶん、どんな地図でも読む人が読めばいろいろ分かるんだろうと思う。そういう意味でいえば、つまらない地図はないし、つまらない場所もないのかもしれない。

もう一つ、重永さんの進め方が印象的だった。地図にはすごく詳しいはずなのに、語りたいはずなのに、出しゃばらない。ぼくみたいなのが間違ったことを言っても、ニコニコして受け止める。うまい。

あと、電子国土ウェブは便利! ふだんグーグルマップをよく見てるけど、いろんな種類の地図を見ようとおもったら必須だなと思った。

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「みんなで地図を見てる写真を撮らせてください」に対するリアクションのよさ
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