「永遠に食べれるな、これ!」
待っている間に生でもいただくことにする。
うまい⋯⋯
なんという美味しさだ。口の中に極上の旨みがブワァと広がる。室津湾の恵みがこの貝の中に詰め込まれていた。ありがたい。
生牡蠣と生ビール。今死んでも悔いはないほどの組み合わせ。今この瞬間、妹は全世界の美食家の頂点に君臨している。海原雄山よりも彦摩呂よりも、私の方がこの瞬間だけは勝っている!
そして焼き牡蠣も食べごろ。
さあどんどん食べよう!
姉もあまりの美味さに大はしゃぎ。
焼き牡蠣と蒸し牡蠣を次から次へと口に入れ味わう。美味い、マジで美味い。
姉妹「永遠に食べれるな、これ!」
実は昨年の猛暑で瀬戸内海の養殖の牡蠣が大量死してしまったのだ。室津も八割方死滅。なので直売所は出荷が遅れ、ここのお店も例年よりも食べ放題の開始が遅れたらしい。
そのせいもあって、牡蠣の身はいつもよりも小ぶりで痩せているものが多かった。
でも、味はいつも通り最高!小ぶりな分だけ塩味が効いていて味も濃く感じた。
驚くなかれ、なんと食べ放題はこれだけではない。
これもみんな食べ放題なんだよね〜。最高だ。この3つを延々と食べ続けるという方法もありっちゃありだ。
焼き牡蠣と蒸し牡蠣に合間に牡蠣フライを挟むと、なるほど食欲が増進される気がする。「唐揚げの油で喉がするっとなっていくらでもイケる」という説はあながち嘘ではないらしい。
テンション上がってきた。我々は焼いては食べ、食べては焼き、蒸しては食べ、食べては蒸し、そして合間に牡蠣フライ、を繰り返した。この幸せなサイクルを制限時間いっぱいまで繰り返すのだ!
しかし45分が経過したころ⋯
やばい、お腹いっぱいだ。まだ制限時間は半分残っているというのに。
おかしいなー。つい数分前まではいくらでもイケる気がしてたんだけどな〜。フードファイターのような強靭な胃袋も持ち合わせていないし、マインドも足りない。所詮素人。うちらはどこにでもいるただの「牡蠣が好きな人」なのだ。
毎年食べ放題に来ているというだけでツウぶってごめん。もう無理。妹は早々とリタイヤした。
姉ももう限界は超えていたのだが、「目の前にある牡蠣を残すわけにはいかん」と残りの牡蠣に手を伸ばした。
チャララ〜ラララララ〜♪脳内でロッキーのテーマが流れる。闘いは終わった。苦しい。胃がパンパンだ。なぜこんなに苦しい思いをしてまで食べ放題に挑むのか?実は我々もよくわからない。
やっぱり最初の10分くらいが一番美味しかったな。
好きだからって、いくらでも食べられるわけではない。腹八分でやめておくのが健康にもいいし、美味しく終われる。わかってる。んなこたーわかっているのだ。だのに(だのに)なぜ(なぜ)歯を食いしばり〜君はいくのか〜そんな〜にして〜まで〜(「若者たち」より)
やはり「牡蠣食べ放題」というワードにグッと心をつかまれてしまうのだ。エンタメ感、なぜだか挑んでしまいたくなるようなワクワク感がある。「あ〜あ、今年も食べ過ぎちゃって苦しくて動けないよ」と嘆きながらも心の奥底ではニヤリとほくそ笑む背徳感もある。苦しみの中に生まれる幸せ。この気持ちわかって頂けるだろうか。


