特集 2025年10月30日

モンゴルで馬に乗る

馬の機嫌に一喜一憂する

9.jpg
たてがみがタワシみたい。

初期の興奮が収まって馬上にいることに慣れてくると、馬に話しかけたり頭にしつこく寄ってくるハエをはらってやるなどして、馬とのコミュニケーションを試みた。犬や猫のように反応してくれることはなかったが、とりあえず、私はこの馬をタワシという名前で呼ぶことにした。たてがみがゴワゴワとしていてタワシみたいだと思ったからだ。

10.jpg
川があると水を飲む。
11.jpg
腹が減るとそのへんに生えている草を食う。エコである。

タワシは基本的によく訓練された利口な馬だったけれど、ときどき不意に立ち止まって頭を下げ、道草を食べたりし始めることがあった。初めこそ「はあ、これがほんとの『道草』か!」などといって喜んで見ていたのだが、何度も繰り返されるのは困りものだ。手綱を介してこちらの体も前にグッと引っ張られるから、気を抜いているタイミングだと前方に放り出されることだってあるかもしれない。

そういうときは、手綱を手前に引いて草を食べるのをやめさせればいいとは言われたけれど、タワシを怒らせることになりはしないだろうか?

12.jpg
怒っているかどうかは耳でわかるらしい。

怒ったり興奮しているとき、馬は耳を後ろに倒すという。道草を食おうとするタワシの首を何回か引き戻した後にふと耳に目をやると、上の写真の状態だったから、冷や水を浴びせられたような気分になった。

忘れそうになるが、所詮こちらは馬に運んでもらっている身。タワシがその気になれば、私を乱暴に振り落とすくらい造作もないことだ。

震えながら、隣を進んでいたまこっちゃんに

「これ、怒ってますよね?」

と聞くと

「そのくらいなら大丈夫」

という返事が返ってきた。本当に不機嫌な時は、耳がたてがみにピッタリとくっつくくらい、もっと思いきり後ろに倒すらしい。

いったん広告です

馬は全地形対応の乗り物

平坦な草原を通り過ぎると、今度は岩場や湿地帯が現れた。人間の足でも踏破がたいへんな難地形だ。

13.jpg
足を置く場所を見つけながら器用に進んでいく。

我々にあてがわれた馬は三歳くらいの若馬で、これでもまだ経験が浅く水場や岩場には不慣れな方らしい。老練な馬ならもっと軽快に踏破できるというのだ。

14.jpg
お腹が水面につくくらいの水深でもなんのそのだ。

馬という生き物は、なんと優秀な乗り物なのだろう。タワシが岩だらけの斜面や水たまりをするすると突破するたび、私は感動していた。

15.jpg
ときどき、オフロードカーに遭遇した。周りにいる動物は放牧されているヤクだ。
16.jpg
水を得た魚ならぬ、オフロードを走行するオフロードカー。

たとえば、東名高速でこの車に遭遇しても「あー、かっこいいけど燃費が悪そうだな」としか思わないだろうが、モンゴルの草原で泥んこになりながら走るオフロードカーの姿には真価を出し切っているというか、なにかしら神々しさのようなものさえ感じてしまった。もっている力を最大限に引き出している姿は、生き物でも車でも美しいのだ。

いったん広告です

そして走る馬も美しい

途中で出発地とは別のゲルで一泊して、2日目、ついに湖に到着!

17.jpg
湖と周囲のだだっ広い草原。

湖の周りは障害物も土地の起伏もほとんどない。二日目に入って日本人チームも乗馬の感覚が体に沁み込んできた頃だから、このあたりで馬を走らせてみようということになった。

ところで、馬に乗るときに避けて通れないのが、自分の体を馬のリズムに同調させて衝撃を受け流すことだ。カッポカッポと悠長に歩かせているだけでも鞍を介してそれなりの揺れが伝わってくるからである。慣れるまでは、馬が一歩進むごとに揺すぶりを食らっているようで疲れるのだが、これをうまくいなすことができるようになると、この揺れがだんだん心地良く感じられるようになる。

周囲の馬が早駆けモードに移行すると、タワシもその雰囲気を感じ取って早歩きになり、そしてすぐにパカラッパカラッという駆け足になった。その突き上げられるような揺れたるや、それまでゆっくり歩いていたときのそれとは別物だ!

18.jpg
慣れた乗り手ならこうして水の中を走らせることもできる。かっこいい!

「馬が走る」の「走る」という表現はちょっと違う。前方に向かって「跳ねる」と言った方が合っている。着地するときのドシンという衝撃とそれに続く跳躍で、不慣れな乗り手はラケットで打たれた玉みたいに弾き飛ばされそうになる。調子を掴んで顔を上げる余裕ができたに見た景色は一生忘れられないものになるだろう。まるで自分の五感が世界の隅々まで拡張されていくような、心を打つ体験だった。

19.jpg
モンゴルの長距離列車には
20.jpg
馬の絵が描いてある。

モンゴルではいたるところに馬をモチーフにした意匠が溢れている。どうしてここまで馬ばっかりなんだろう?と思っていたけれど、自分が馬で草原を駆けてみて、それほどまでに馬に夢中になるモンゴル人の気持ちが少しだけ理解できた。

説明するのは難しいけれど、馬で走る前と後では、大袈裟に言えば世界の見え方が変わっていた。

21.jpg
ウランバートルから内モンゴルへ向かう長距離電車に乗っている時のゴトン、ゴトンという一定の周期で繰り返される振動にも、また違った落ち着いた心地よさがあった。

我々の気分は体の外から伝わってくるリズムにものすごく影響を受けるようだ。そんなことも身をもって体感したのだった。

P8074916 (2).jpg
タワシの写真が後頭部ばかりだったので、最後にその全身像を載せておきます。

それにしても、つくづく思うのは「○○に感動した」の○○の部分は説明できても、流れ込んできて胸を一杯にしてくれる「何か」を言葉で伝えるのはとても難しいということだ。

ライターが言うのもなんだけど、言葉にできないっていうのもとてもいいものですね。 


モンゴルに夢中になる人の気持ちが少しわかった

なんでそんなに何回もモンゴルに行くの?という質問に

「何回行っても『え!そんなことある!?』っていう発見があるんです」

とまこまこまこっちゃんは答えた。

たしかに、馬に乗るだけでこれだけのカルチャーショックがあったわけだから、深掘りしていけばまだまだすごいことが起こるに違いない。だだっ広いモンゴルの草原は、人の内面に揺すぶりをかける力に溢れているのだった。

22.jpg
おもに馬糞から生えるマグソタケというキノコ。日本では見たことがなかったけれど、モンゴルでは草原のあちこちに生えまくっていて驚いた。これはカルチャーショックならぬネイチャーショックだ。

 

編集部からのみどころを読む

編集部からのみどころ
「言葉にできない」とありますが、馬に乗って見える景色、それによる心境の変化などめちゃめちゃありありと描かれてますよね。
ただそれでも全然表現しきれてない歯がゆい思いがあってそれが「言葉にできない」に表れているんだと思います。……というところまで完全に言葉になっている雄弁な記事だと思いました。いい旅行記。馬の耳のくだりが好きです。(石川)

<もどる ▽デイリーポータルZトップへ

記事が面白かったら、ぜひライターに感想をお送りください

デイリーポータルZ 感想・応援フォーム

katteyokatta_20250314.jpg

> デイリーポータルZのTwitterをフォローすると、あなたのタイムラインに「役には立たないけどなんかいい情報」が届きます!

→→→  ←←←

 

デイリーポータルZは、Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。

デイリーポータルZを

 

バックナンバー

バックナンバー

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ