モンゴルに夢中になる人の気持ちが少しわかった
なんでそんなに何回もモンゴルに行くの?という質問に
「何回行っても『え!そんなことある!?』っていう発見があるんです」
とまこまこまこっちゃんは答えた。
たしかに、馬に乗るだけでこれだけのカルチャーショックがあったわけだから、深掘りしていけばまだまだすごいことが起こるに違いない。だだっ広いモンゴルの草原は、人の内面に揺すぶりをかける力に溢れているのだった。
初期の興奮が収まって馬上にいることに慣れてくると、馬に話しかけたり頭にしつこく寄ってくるハエをはらってやるなどして、馬とのコミュニケーションを試みた。犬や猫のように反応してくれることはなかったが、とりあえず、私はこの馬をタワシという名前で呼ぶことにした。たてがみがゴワゴワとしていてタワシみたいだと思ったからだ。
タワシは基本的によく訓練された利口な馬だったけれど、ときどき不意に立ち止まって頭を下げ、道草を食べたりし始めることがあった。初めこそ「はあ、これがほんとの『道草』か!」などといって喜んで見ていたのだが、何度も繰り返されるのは困りものだ。手綱を介してこちらの体も前にグッと引っ張られるから、気を抜いているタイミングだと前方に放り出されることだってあるかもしれない。
そういうときは、手綱を手前に引いて草を食べるのをやめさせればいいとは言われたけれど、タワシを怒らせることになりはしないだろうか?
怒ったり興奮しているとき、馬は耳を後ろに倒すという。道草を食おうとするタワシの首を何回か引き戻した後にふと耳に目をやると、上の写真の状態だったから、冷や水を浴びせられたような気分になった。
忘れそうになるが、所詮こちらは馬に運んでもらっている身。タワシがその気になれば、私を乱暴に振り落とすくらい造作もないことだ。
震えながら、隣を進んでいたまこっちゃんに
「これ、怒ってますよね?」
と聞くと
「そのくらいなら大丈夫」
という返事が返ってきた。本当に不機嫌な時は、耳がたてがみにピッタリとくっつくくらい、もっと思いきり後ろに倒すらしい。
平坦な草原を通り過ぎると、今度は岩場や湿地帯が現れた。人間の足でも踏破がたいへんな難地形だ。
我々にあてがわれた馬は三歳くらいの若馬で、これでもまだ経験が浅く水場や岩場には不慣れな方らしい。老練な馬ならもっと軽快に踏破できるというのだ。
馬という生き物は、なんと優秀な乗り物なのだろう。タワシが岩だらけの斜面や水たまりをするすると突破するたび、私は感動していた。
たとえば、東名高速でこの車に遭遇しても「あー、かっこいいけど燃費が悪そうだな」としか思わないだろうが、モンゴルの草原で泥んこになりながら走るオフロードカーの姿には真価を出し切っているというか、なにかしら神々しさのようなものさえ感じてしまった。もっている力を最大限に引き出している姿は、生き物でも車でも美しいのだ。
途中で出発地とは別のゲルで一泊して、2日目、ついに湖に到着!
湖の周りは障害物も土地の起伏もほとんどない。二日目に入って日本人チームも乗馬の感覚が体に沁み込んできた頃だから、このあたりで馬を走らせてみようということになった。
ところで、馬に乗るときに避けて通れないのが、自分の体を馬のリズムに同調させて衝撃を受け流すことだ。カッポカッポと悠長に歩かせているだけでも鞍を介してそれなりの揺れが伝わってくるからである。慣れるまでは、馬が一歩進むごとに揺すぶりを食らっているようで疲れるのだが、これをうまくいなすことができるようになると、この揺れがだんだん心地良く感じられるようになる。
周囲の馬が早駆けモードに移行すると、タワシもその雰囲気を感じ取って早歩きになり、そしてすぐにパカラッパカラッという駆け足になった。その突き上げられるような揺れたるや、それまでゆっくり歩いていたときのそれとは別物だ!
「馬が走る」の「走る」という表現はちょっと違う。前方に向かって「跳ねる」と言った方が合っている。着地するときのドシンという衝撃とそれに続く跳躍で、不慣れな乗り手はラケットで打たれた玉みたいに弾き飛ばされそうになる。調子を掴んで顔を上げる余裕ができたに見た景色は一生忘れられないものになるだろう。まるで自分の五感が世界の隅々まで拡張されていくような、心を打つ体験だった。
モンゴルではいたるところに馬をモチーフにした意匠が溢れている。どうしてここまで馬ばっかりなんだろう?と思っていたけれど、自分が馬で草原を駆けてみて、それほどまでに馬に夢中になるモンゴル人の気持ちが少しだけ理解できた。
説明するのは難しいけれど、馬で走る前と後では、大袈裟に言えば世界の見え方が変わっていた。
我々の気分は体の外から伝わってくるリズムにものすごく影響を受けるようだ。そんなことも身をもって体感したのだった。
それにしても、つくづく思うのは「○○に感動した」の○○の部分は説明できても、流れ込んできて胸を一杯にしてくれる「何か」を言葉で伝えるのはとても難しいということだ。
ライターが言うのもなんだけど、言葉にできないっていうのもとてもいいものですね。
なんでそんなに何回もモンゴルに行くの?という質問に
「何回行っても『え!そんなことある!?』っていう発見があるんです」
とまこまこまこっちゃんは答えた。
たしかに、馬に乗るだけでこれだけのカルチャーショックがあったわけだから、深掘りしていけばまだまだすごいことが起こるに違いない。だだっ広いモンゴルの草原は、人の内面に揺すぶりをかける力に溢れているのだった。
| <もどる | ▽デイリーポータルZトップへ | |
| ▲デイリーポータルZトップへ |