メジカの新子、こんな味だったんだな
びっくりしたのがその見た目。事前に画像検索したところでは、いわゆるお刺身のような平皿に盛り付けてあるイメージだったのだが、お椀にひたひたに入った「ぶしゅかん」の果汁に、メジカの身が浸かっているような感じなのである。
「ぶしゅかん」は、柚子やみかんのような酢みかんの一種。柑橘類が豊富にとれる高知では、季節に応じて様々な柑橘類が味付けの重要なアクセントとして使われる。お寿司のシャリにも米酢ではなく、柚子果汁「ゆのす」を使うのが主流だったりする(「鈴」とは別のお店だけど、旅の途中で飲んだ「ぶしゅかんサワー」も美味しかったな)。
特に、「ぶしゅかん」はメジカの新子と必ずセットで、なんなら「ぶしゅかん」が無ければメジカの新子は食べられないというほどらしい。「ぶしゅかん」の身が青々している時期がメジカの新子の食べ時なのだとか。その果汁をしっかり絞り、果皮を削ってメジカの身に散らすのは新子の食べ方なのらしい。
「鈴」では、ひたひたになるほどたっぷりの「ぶしゅかん」果汁に、自分の好みの加減で醬油を足しながら食べることをおすすめされた。須崎のどこのお店でもこのように提供しているというわけではないようだが、須崎には昔からこうして食べている家があったそう。
まずはそのまま、醬油を足さずに食べてみると、「ぶしゅかん」の鮮やかな酸味と、メジカの弾力、そして弾力がありつつなめらかでモチモチとしてもいる食感が素晴らしい。噛めば噛むほどに新鮮な味わいが広がっていくようで、こんな方向性の美味しさを感じたのは生まれて初めてのことだと思った。醤油を少し足してみると、身の甘さが引き出されるように感じる。
今回同行してくれた友人の一人は、高知をよく旅して、メジカの新子を何度も食べたことがあるという。その友人もここまで「ぶしゅかん」果汁をたっぷり感じる食べ方は初めてだったそう。
ちなみに、その友人から後日、他の土地やお店で食べたメジカの新子の画像を送ってもらった。たとえばこんな感じ。
また、メジカだけでなく、マグロの新子である「シンマイ」も美味しかったという。
「あなたにとってメジカの新子とはなんですか?」とその友人に聞いてみるとこんな答えが。
「メジカの新子は何といってもあのモチモチとした食感がたまりません。味はさっぱりとしている印象で、ぶしゅかんの爽やかさと非常によく合うと思います。須崎の食べ方はぶしゅかんの酸味がしっかりきいて、新鮮なメジカの風味とマッチしていますね。皮を残してあるのは初めてだな。高知の中村で食べた『オボソ』と呼ばれる魚の新子もメジカと同じくモチモチとした弾力がありますが、こちらは食べ応えのある味をしていて、ぶしゅかんも絞りますが醤油をつけて食べると味わい深いです。マグロの新子である『シンマイ』はカツオとは違った食感と味でこれもまた美味しいです」
「いや、しかし、美味しいなー!」と感動しながら味わっていると、「残ったお汁にご飯を入れて食べるのもおすすめですよ」とのことでまた驚く。メジカの身を食べ終えたところでご飯を入れてもらった。
これが、もう、また完全に自分の人生で初めての味わいだった。お米の粒がしっかりと立ったおかゆのようでもあり、「ぶしゅかん」の酸味と、メジカの出汁とが合わさって、うま酸っぱいご飯みたいな……伝えるのが難しい。
店主・勝三さんに聞くメジカの新子のこと
店主の勝三さんの手が少し空いたように見えたところで、手短にお話を伺った。
――メジカの新子、美味しいです。これはご自身で釣ってこられたものですか?
「そうです。今朝、釣ってきたんです」
――そうやって、とろうと思ってとれるものですか?
「いや、四苦八苦して(笑)この時期は、予約をもらうきね」
――みんなこれを楽しみにしているわけですよね。予約が入っても、その日釣れるかどうかなわけですか?
「そう。あくる日まで置けんきね、この魚は」
――なるほど。毎朝行くんですか。
「うん。毎朝」
――とれない時は、どうしようもないわけですよね。
「そう。ようとらん時は素直にダメでしたってお断りします。買うてきてまでは出さん。買うたものだとどうしても味が違うきね」
――この食べ方は独特のものなんですか?
「うん。だいたいはみょうがとか、リュウキュウ(はすいものこと)と一緒に添えて出すんです。みかん酢を上からかけて」
――お店では「ぶしゅかん」の果汁たっぷりで食べるんですね
「うちではメジカでも大きいものを狙うて釣るんです。鮮度もええし。朝釣っても、遅い時間になると鮮度が落ちてくるから。ここ3日ぐらい波が高かったからね。今日も朝は波が高かった。新子だけは自分で行かんと、新鮮なものが出せんからね、鮮度を保って出さんと」
――タイミングよく食べられたんだ……そう聞くとありがたみがさらに増します。
と、そんな話をしているとカウンターにいた常連さんが「この大将は100歳までがんばりよるよ!」と言う。よし、まだまだ「鈴」に来れそうだ。
その後も、アジフライ(めちゃくちゃうまい)、イカとタコのお造り(めちゃくちゃうまい)などをつまみつつゆっくり飲ませてもらった。
勝三さんは明日も午前3時に起きて釣りの準備をするそうで、早めに帰っていかれた。その帰り際、「よかったらこれも食べてみて」と、「メジカのお節」を出してくださった。
「メジカのお節」は白菜のお漬物と一緒に食べるといいそう。メジカの身に白菜漬けを乗っけて一口で食べてみる……これはこれで美味しい。茹でたメジカの淡泊な食感を、白菜の漬け物のシャキシャキ感が補って、こんな風にも食べられるものなんだなと思う。
「食欲のない時にも食べられるので、このあたりの家庭では昔から『お節』にするんです」と、教えてくださったのは勝三さんの娘さんで、この店を手伝っている戸田十百代さんである。十百代さんは、そのお子さんの尚希さんと一緒にお店に立っていて、「鈴」はそんな風に、家族三世代でやっているお店なのだ。ちなみに屋号の「鈴」は、亡くなった勝三さんの奥さんのお名前から取ったもの。
十百代さんにもメジカのことを聞いた。
――今回メジカを食べることができてよかったです。
「今でこそメジカがブームになって、高級魚になってしまったんですけど、昔はひと盛り100円とか150円とかって値段でした。漁師さんもあんまり食べなかったんですよ。鮮度が落ちると“当たる”ことがあったので」
――そうか、そういうリスクもあったわけですね。
「昔は氷とか、冷蔵の技術もなかったので。なので湯がいてお節にして食べる地域も多かったんです」
――そういうことなんですね。今のように生で食べられるというのは本当に貴重なことだったんですね。
「そうですね。この辺りではソウダガツオを『クロス』、ヒラソウダガツオを『シロス』って言って、『クロス』の方が味はいいんですけど、『シロス』の方が当たらないと言われていたので、昔は当たらない『シロス』の方が貴重で、『クロス』の方は捨てることもあったそうです。大きさは一緒で、素人目には見分けがつかないんですけど。それが今は『クロス』の方をみなさんが食べるようになって」
――冷蔵の技術がこれだけ進歩しても、それでもその日のうちに急いで食べないといけないわけですもんね。
「家庭ではお節にして、それを冷凍にするんです。それを酢の物に入れたりとか、『メジカ味噌』っていってお節に味噌と大葉とかを入れて、きゅうりにつけたり、豆腐の上に乗せて食べたりもします。大きいメジカはすき焼きみたいに甘辛く炊いたりしていたみたいですね。父の頃のようにお肉がない時代はそれがお肉がわりだったそうです」
――そうなんですね。「新子」っていってもそれぞれサイズは違うものなんですか?
「新子の中でも小さいのをこの辺は『ロウソク』って呼ぶんです。小さいのは脂が乗っていないんです。脂がなければないほど当たらない、脂で当たるんです。大きくなって脂がのると当たるんです」
――だから新子のうちじゃないと食べられないわけですね。
「そうです。この時期になると脂がないのが出てくるので。『ぶしゅかん』が青々としちゅう時だけ食べるものなんです」
――「ぶしゅかん」をたっぷりかけるのも、当たるのを防ぐ意味合いもあるんでしょうね。勉強になりました。
と、色々とお話も伺い、メジカの新子がこの土地だからこその食べ物であることがわかった。そうと知ってさらに、今回こうして食べに来ることができのがありがたいことに思えた。
その後も、飲んで食べて、21時台の電車で宿泊先の高知市内へと戻った。
来年もまた須崎に行きたいと、あのメジカの食感を思い浮かべながら、私は今、考えている。美味しかったなー!

