特集 2020年7月2日

お菓子の宝石ドレンチェリーを自作したい

これがクッキーに載ってるだけでザ・昭和になるアレことドレンチェリー。

妻の趣味の一つに「昭和っぽいお菓子の本集め」というのがある。写真のレトロさがたまらないんだそうだ。

で、僕も一緒にそういう本を眺めることがあるんだけど、ふと気付いた事がある。そういや、昔のクッキーなんかによく載ってた、あの赤い宝石みたいなのを食べてないなー、と。

久しぶりにアレが載ったクッキーとか食べてみたい。ついでにアレそのものも自作してみようか。

1973年京都生まれ。色物文具愛好家、文具ライター。小学生の頃、勉強も運動も見た目も普通の人間がクラスでちやほやされるにはどうすれば良いかを考え抜いた結果「面白い文具を自慢する」という結論に辿り着き、そのまま今に至る。(動画インタビュー)

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製菓材料の絶滅危惧種・ドレンチェリー

そう、赤いのって言うのは、いわゆるドレンチェリーといわれるもの。
聞いたことないという人でも、見たら「あー、はいはい、あれな」と思うんじゃないだろうか。そう、こういうやつ。少なくとも30代以上なら確実に見てるはずだ。

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わくわくするほどドレンチェリーが山盛りな昭和のクッキー本。タイトル部分の妙な迫力も好きだ。

昭和のころは、お菓子の赤い部分の結構なシェアを占めていたもので、ケーキの上にイチゴじゃなくてこれが載ってた、なんてこともわりとあったのだ。
透明感のある赤(着色料で緑に染めたのもあった)が宝石みたいでやたらときれいなんだけど…なんか食べてみると、単に砂糖の甘さがズガーンと直球で来るだけで、さほど美味しいもんじゃなかったなー、と記憶している。

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というわけで久しぶりに買ってみたけど、ここまで透明感あったかー、と驚いた。あと、やっぱり甘いだけで美味くはなかった。

実は今でもたまにスーパーの製菓材料コーナーで売ってたりするんだけど、みんな「そんなに美味いもんじゃないよな」と感じているのか、あまり売れてる様子もない。
実際、ここ20年ぐらいは、ドレンチェリーが載ったケーキを売ってるのを見てないし。扱いとしては、製菓材料の絶滅危惧種、ぐらいの雰囲気っぽい。
とはいえ、ほら、自作したら「意外と美味いじゃんドレンチェリー」ってなるかもしれないし。もしかしたらドレンチェリーの再評価すらあるかもしれないぞ。

ドレンチェリーはサクランボから作る

ドレン“チェリー”というからには、もちろん原材料はサクランボである。ちなみに編集部の石川さんに「次はドレンチェリーを自作する記事にします」と話したところ、「えっ、あれサクランボで作るんですか?ゼリー的なものだと思ってました」と言われてしまった。
うーん、まぁ一般的な認知ってそれぐらいかもしれない。食感も味もサクランボ感ほぼゼロだったしな。

とりあえず、自作するなら美味しいドレンチェリーにしたい、というのが正直なところ。
そこでまずは素材のサクランボから。高級なサクランボをベースにすれば、当然のことながら美味くなるポテンシャルはその分だけ高くなるに違いない。

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みちっと並べられたド高級サクランボ。さすがに手が出ないが、一度は食べてみたい。ドレンチェリーじゃなくて生で。

あー、うん。知ってたけど、改めて確認すると、ガチ高級なサクランボってほぼ金塊もしくはジュエリー。
さすがにこの量で1.2万円とか1.8万円のサクランボを砂糖漬けのドレンチェリーにしちゃうことに精神が耐えられない。
万が一にもこれを買ったとして、たぶん全部そのまま食べてしまうはずだ。そして1ヶ月ほど食事の代わりにお白湯となにかの葉っぱを食べて生きることになる。

諦めて行き慣れたスーパーに移動すると、幸いにも500gで5,000円という高級サクランボ(少なくとも、普段の食生活からしたら超高級だ)があったので、それに飛びついた。
これぐらいなら、歯を食いしばってドレンチェリー化もできるはず。
(貴金属レベルのを見たあとなので、ちょっと金銭感覚狂った)

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なんか勢いで買っちゃったけど、100gあたり1,000円は普通に高級だった。これ本当にドレンチェリーにしちゃうのかー…という迷いが消えない。

ということで、サクランボは準備完了。
続いてはサクランボを洗ったあとに種をひとつずつ取る作業だ。
小さなスプーンを実に突き刺し、ぐるりと種をえぐるようにして抜く。小さなスプーンを実に突き刺し、ぐるりと種をえぐるようにして抜く。小さなスプーンを実に突き刺し、ぐるりと種をえぐるようにして抜く……延々とこの繰り返しである。
サクランボを潰さないよう、かつ無駄に裂け目をいれて形を崩さないように。予想以上に繊細な作業であり、やたらと気を遣う。

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こういうちまちました作業も嫌いじゃないけど、傷つけないように丁寧に、というのが思ったより大変。

実は「サクランボの種を取る専用の道具」というのも見つけていたので、買おうか迷ったんだけど、これがまた1400円+税となかなかのお値段。
これまでの人生で食べる前にわざわざサクランボの種を取ったことなんかないし、おそらくこれからも無いだろう。死ぬまでにもう一度使うかどうか分からない道具だしなー、と見送ったんだけど。買っておいたほうが良かったかもしれん。面倒くさい。

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写真中央がドイツ製の「サクランボの種取り専用器」。迷わずに買っときゃ良かったとあとから思った。

あと、サクランボだけだとちょっと寂しいかなと思ったので、食材を追加しよう。
200gで480円とかなり安心価格のアメリカンチェリーと、プチトマトだ。
アメリカンチェリーは普通に美味しそうだし、プチトマトは…結果的に見た目がドレンチェリーそっくりになるんじゃないか、と。あと、それはそれで砂糖漬けにしても美味しい気がしたのだ。

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「ドレンプチトマト」という語感の面白さだけでもわりと満足したけど、いちおう保険として失敗しなさそうなアメリカンチェリーも追加。

アメリカンチェリーはサクランボ同様に種を抜き(サクランボより実が硬いので、手が疲れる)、プチトマトは半割にして中のドゥルンとした種を流し出す。
そうしたら、いよいよ砂糖漬けの行程へ進もう。

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砂糖漬けがすくすくと育つ楽しみ

ネットで調べるとドレンチェリーのレシピはいくつか見つかったので、今回はそれに準拠して進めたい。
分量としてはサクランボ500gに対して水100cc、グラニュー糖500g。
しれっと書いてはみたけど、砂糖500gって、実際に計ってみると致死量感が半端ないぞ。

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これが必要な砂糖500g。砂糖だけでペットボトル1本分の重さか…と思うとなかなかエグい。

で、まずは水100ccを鍋に入れ、砂糖を150gだけ入れる。これが煮溶けたら、サクランボを入れて10分ほど煮る。
煮終わったら火を止めて、容器に移して粗熱を取り、冷蔵庫へ、と。これでひとまず初日は終了。
そう、ドレンチェリー作りは1日で終わらないのだ。だってまだ砂糖が350g残ってるし。

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まずは水100ccと砂糖150gのシロップでサクランボを煮る。この時点ではまだ、あの透明なドレンチェリーになる未来は想像できない。
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煮終わったらタッパーに入れて、これで初日は終了。俺のドレンチェリーはまだ始まったばかりだ。
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アメリカンチェリーは確実に分かるけど、サクランボとプチトマトは一瞬判断に迷うそっくり具合。ちなみに右上のがサクランボ。

翌日まで漬け込んだら、シロップ部分だけをまた鍋に戻し、砂糖を50g追加し、煮溶けたらアツアツの状態でサクランボの上にドバーッと注ぐ。で、粗熱が取れたらまた冷蔵庫に戻す。
これを7日間×50gで、350g。残った砂糖を使い切るまで続けるのである。

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2日目以降、砂糖を使い切るまでずっと50gずつ継ぎ足していく。高まれ、俺(シロップ)の糖度!

作業のひとつひとつは単純なんだけど、サクランボを漬けるのに使った水切りのザルや鍋を洗って、アメリカンチェリーを漬けたらまた洗って…と、いちいち面倒くさい。
できれば並列に作業したいところだが、糖度の高いシロップだけに、一瞬目を離しただけでも沸き溢れてしまう危険性があるので、付きっきりになる。これがまた手間だし。

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砂糖を追加した熱々のシロップをサクランボに注ぐ。試しにひと舐めしてみたら、すでに脳が痺れるぐらいに甘かった。でもまだまだ加糖するぞ。

ただ、作業が面倒に感じたのは3日目まで。
3日目にサクランボ漬け込み用のタッパーを開けると…おお、なんか実が透き通りはじめたぞ。
今回の手法で言えば、1日50gずつ砂糖を追加することで糖度が高まり、それによってシロップの浸透圧も上がる。それによってサクランボの水分が押し出されて、代わりにシロップがどんどん浸透して置き換わっていく。(ドレン/drain=排水)
結果として、完成したドレンチェリーは飴のような透明感が出るというわけで、つまり、上手くいってるということなのだ。

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これは4日目のサクランボ。透明感が出てきたことで、テンションは上がった。このままドレンチェリー目指して糖度を上げろ!

結果が出始めれば嬉しいもので、感覚的には「面倒な作業」から「ドレンチェリーが育つお世話」に変わる。
いいぞー、すくすくと育って立派なドレンチェリーになるんだぞー。

ところで透明といえば、プチトマトを漬けたシロップの色がいつまでたっても透明なままなのがちょっと気になった。サクランボのシロップはどんどん赤く染まってくるのに。
これはどうやら、トマトの赤い色素(リコピン)が脂溶性なので、ミキサーなどで細胞を破壊しない限りは色が外に出してこない、というのが理由らしい。サクランボ色素(アントシアニン)は水溶性なので、水分と一緒に出ちゃうのか。へえー。

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6日目のシロップ比較。トマトのは色素がほぼ出ずに透明のままで、トマトが透けて見えるぐらい。でも舐めるとトマト味。不思議。
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そして7日間漬けきったドレンチェリー。もはやあの幼かったサクランボの面影はない。よくぞここまで育ったと感慨深い。

で、7日間漬けきったら、シロップをしっかり切って、100℃のオーブンで30〜40分ほどかけて乾燥させれば完成である。
うーん。感慨深い。

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自家製ドレンチェリー、完成

最終的に7日間育ちきった我が家のドレンチェリーがこちら。
だいぶいい感じにドレンチェリーっぽくなったと思ったけど、改めて製品として販売されてるものと比べると、やっぱり透明感と硬さはやや足りない。感覚的には「ドレンチェリーとジャムの中間、そこそこドレンチェリー寄り」ぐらいだろうか。

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製品版ドレンチェリー、指でつまむとプラスチックっぽい硬さがある。自家製版はふにゃふにゃ。

ドレンプチトマトは、漬け始めこそチェリーにそっくりだったが、こうやって仕上がってみると皮の部分がはっきりと目立って、ちょっと硬そう。
ドレンアメリカンチェリーは…なんか最後までドレン感が出ないままだったな。
ともあれ、せっかく完成したんだから、最初に本で見た感じの、ザ・昭和感あふれるクッキーに載せて仕上げたい。

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ドレンチェリークッキー作り、なんかすごい乙女になった感がある。ファンシーで楽しい。

焼いてみると、うん、すごい昭和っぽさ。特に買ってきた製品版のドレンチェリーは、フルーツに見えないプラスチッキーな安みがなんともたまらない。ほぼオモチャだ。
対して自家製版ドレンチェリーは「あ、ちゃんとしたフルーツが載ってる」と分かる雰囲気で、令和の感覚で言えば、逆にこっちのほうが美味しそうに見える。
作りたかった目標点に近づけきれなかった悔しさはあるが、見た目からしてこっちのほうが美味そうだなという安心感もあり。うーん、微妙な心境だ。

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あー、昭和だ。これ昭和のクッキーだわ。妻が「下にレースペーパーを敷くべきよ!」と言うのでやってみたけど、確かに昭和のクッキーにはレースペーパーがよく似合う。

食べてみると、うん、やっぱり製品版は言われないとサクランボが原料とは分からない。サクッとした歯応えと果実風味0:砂糖100の甘みだけで、編集石川さんが「ゼリー的なもの」と思っていたのも納得である。
あきらかに自家製版の方が果実っぽい風味がほんのり残っていて美味い。
いや、本当は砂糖1/10で良かったのでは、というレベルでがっつり甘いんだけど、それでも製品版と比べるとかなりマシ。このあたり、香りがしっかりとある高級なサクランボを使った価値はあったのかもしれない。

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ドレンチェリークッキー、味はさておいても、やっぱり見た目の頼もしさは素晴らしい。

意外性で「おお!」となったのが、ドレンプチトマト。これまたもちろんド甘いんだけど、奥の方にトマトっぽい青臭さが残ってて、トマト好きならわりとグッとくる美味さがあった。これ、トマトの甘納豆化って感じかも。
硬そうな皮も、クッキーと一緒にオーブンで焼くと気にならずに食べられたし。

ドレンアメリカンチェリーは、透明感が無かったことでなんとなく分かってたんだけど、うーん、これ、ドレンじゃないな。甘いだけじゃなくてアメリカンチェリーの酸味もまだ少し残ってて、歯応えも果肉の繊維がまだ感じられる。
おそらく、普通のサクランボよりも大きくて実がしっかりしていた分だけ、漬け込みが足りなかったということだろう。
えー、要するに、いちばん美味しいのがこれだったんだけど。

作るのに1週間以上の時間と手間と大量の砂糖をかけた結論が「ドレンっぽくならなかったのが一番美味しいね」では台無しなんだけども。
つまりは現代にドレンチェリーがあまり見られなくなったのって、そういうことなんだろうな、と。


昭和のドレンチェリーといえば、赤だけじゃなくて緑のも印象に強い。
当然、今回も緑のドレンチェリーを作ろうと食用色素を買ってトライしていたんだけど…うーん、これは食べ物の色じゃない的な濁ったドブ色に。
そりゃ当然、赤いドレンチェリーに補色関係の緑の色素を入れたら、そうなるわな。
製品の緑ドレンチェリーは、どうやらサクランボの色素が完全に抜けて透明化するまで砂糖漬けにしたあとに着色しているようで、自家製レベルでは難しいらしい。
食べても味は変わらないんだけど、見た目ですごく胃に負担がかかる気がする。1粒を食べきるのすら、つらい。

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色が濁ったのに加えて、端っこだけくっきりと緑色に染まってるのがまた怖い。
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