詰め替えインキを20缶買う会社
ところで、寺西化学工業の入口にはこんなポスターが掲示してあるんです。
これ、流行りに乗っているわけではなくて、マジックインキは発売当初からリユース(再利用)を前提に作られているそう。
中林さん 大阪特有の「もったいない精神」っていうんですかね。材料が手に入りにくい時代でしたから、インキを補充したり、ペン先を変えたりできるつくりになっているんです。
さっきお伝えしたように、発売当初のマジックインキはちょっとお高い。インキがなくなるたびに買い換えるのは大変だ。
なので、一度本体を買ったら、あとはインキを補充しつつ、ずっと使えるようになっている。
……あ!これって、プリンターが詰め替え用のインキで継続的に利益を出すのと、同じ構造じゃないですか??
中林さん そうなんです。すごくよく考えられていますよね。今でもほぼ全商品で、インキやペン先を替えられるようにしているんですよ。
あるとき、この補充液だけをたくさん注文する企業があった。缶で10個20個のレベルで買っていくのだ。そんなに……!?
買ってもらえるのはありがたいけど、何が起きているのか謎すぎる。思い切って「何に使うんですか?」と聞いてみると、その答えは「船底に塗りたいから」だった。
中林さん その会社は、船底についた傷の補修にマジックインキを使っていたらしいんです。そうしたら、塗った部分だけフジツボがつかなかったみたいで。「だから刷毛で船底全体に塗りたいんや」と言われて、びっくりしましたね。
もちろん、フジツボを避けるためにマジックインキを開発したわけじゃない。けど、お役に立てるならちゃんとしたい。
というわけで、現在は大学の協力も得て調査中とのこと。ひょっとしたら、また「日本初」、いや「世界初」の発見になるかもしれない。
「あの匂い」はアレじゃない!
現在、寺西化学工業の社員は約70名。社員にアンケートを取るなどして、新商品開発も精力的に行っているという。
改めて寺西化学工業の強みを聞くと、中林さんは「インキを自社開発しているところ」だという。
100年を越える会社の歴史のなかで、さまざまな新しい素材が生まれてきた。それでも、マジックインキが発売された昭和28年のノウハウは、今も生きているのだとか。
中林さん 時代が変わっても、当時のレシピがベースにあるのは変わりません。そこから足したり引いたりして、代々受け継がれてきたものが、今はデータベース化されています。長年にわたり蓄積されたノウハウは、やはり財産ですよね。
そうそう、最後にどうしてもお伝えしたいことがある。
マジックインキ特有の「あの匂い」だ。
この匂い、「体に悪い」とか「シンナーが入っている」とか、いろいろ言われていたじゃないですか。
中林さん曰く「そういうのは一切ないです!」とのこと。
中林さん 匂いに関しては、いろいろご意見をいただいています。ですが、やっぱりプロユースで使うインキとなると、こういう匂いになるんです。しっかりエビデンスもありますので、安心してお使いいただけたら。もう、これだけは本当に言わせてください(笑)
「マジック」という名前を末永く残したい。
油性マーカーのことを「マジック」と呼ぶようになったのは、「マジックインキ」が普及したから。
ということは、他社のマーカーを「マジック」と呼ぶのは、やっぱり御法度だったりするんですか……? と、聞いてみると「いえいえ!」と中林さんは首を振る。
中林さん 使っていただいて全然構いません(笑)。『マジック』という名前が末永く残っていくことが、我々にとっても一番いいと思っていますから。
あの「?」のマークとともに、「マジック」という言葉はすっかり定着している。しばらく魔法は解けそうにない。
取材協力:寺西化学工業株式会社