そもそも「気泡割り」の説明が必要
アラビックヤマトをしばらく使っていると、容器に隙間ができて、そこに気泡が生まれる。容器を傾けると粘性の高い液体のりの中で気泡がゆらーっと動いて、この様子はけっこう見てられる。
で、その気泡がゆらーっと動いている最中に容器をいい感じに回転させると、その気泡がねじれて真っ二つに割れる、という現象がおこる。これを意図的におこすのが「気泡割り」という遊びなのだ。
うん、「なにそれ?」だろう。実は僕はこの遊びを小学生の頃にやったことがあるので、「あー、はいはい。アレね。やったやった」なんだけど、でも、周りに僕以外で気泡割りをやっていたという人は見た記憶がない。
ちなみに実演すると、こうだ。
なんせ、やってることが異常にストイック。
アラビックヤマトの容器を手元で黙々と傾けたりひねったりして、それで得られるリターンが、ただ「気泡が割れる」だ。
確かにやってる最中はやたらと集中してしまうんだけど、最終的に、なんか時間を無駄にしたなという感じしか残らなかったように記憶している。
それをわざわざ遊ぶためのおもちゃって、それ面白いのか。
∞プチプチから気泡割りへ
この話を最初に聞いたのは、つい先日のISOT(国際文具・紙製品展)のヤマトブースでのこと。ヤマトの人から「こんど新製品…というか、のり…じゃなくておもちゃなんですけど、ちょっと変わったのが出るんですよ」という話が出たのだ。
そしてその数日後、ライターの乙幡さんから「友達がこんど新しいおもちゃをクラウドファンディングで作ることになったんだけど、文房具系だからきだてさん見に来ませんか?」というお誘いを受けた。
それが、まさにヤマトの人が言ってた「のりじゃないおもちゃ」こと「気泡割り専用アラビックヤマト」のことだったとは!
ここで乙幡さんの友達に登場していただこう。弊サイトでも以前に「企画の達人に、ザクザク企画を出せるコツを聞いた」記事でお世話になった、株式会社ウサギの高橋晋平さん。以前にはバンダイで「∞(むげん)プチプチ」や「∞(むげん)エダマメ」といった大ヒットおもちゃを手がけた人だ。
いきなりすいません。この「気泡割り専用アラビックヤマト」の話を聞いたときに最初に思ったのが、「気泡割りってそんなメジャーな遊びだった!?」ということなんですけども。どっちかっていうと、液体のりを机に薄く塗って乾かして剥がしたり、指でネチャネチャさせたりとか、そういう遊びの方が有名っぽくないですか。
そうなんです。事前に液体のりの遊びに関するアンケートをとったんですが、1位が70%で「蓋の中でカピカピに乾いたのりの固まりをはがす」、2位が65%で「のりの中で気泡を動かして遊んだ」、以下、薄く塗って剥がすとかいろいろあって、最下位が「気泡割り」の34%でした。
僕はやった経験があるんですが、それにしても34%もいたというのが逆に驚きです。
私は気泡割り自体が全く分かんないんですけど、高橋さんが小学生の頃に、周りでやってた人はいなかったの?
いなかったですね。クラスの男子は僕以外が野球部で、僕だけが誰にも言わずに教室で黙々とやってました。
(と言いながらサッと気泡を割ってみせる)
とりあえずやり方を説明しますと、液体のりって粘性が高いので、気泡が浮かぶ途中で容器を傾けると、気泡にくびれができるんです。そこですかさずねじるようにくるくる回転させると、そこから気泡がちぎれて2つに分割される。のりの粘性を上手に使う感じで。
で、気泡が2分割できたら横にして。「気泡割り専用アラビックヤマト」はラベルにメモリが印刷してあるんですが、そのメモリの中央に気泡の分割線がくると、気泡の体積が1:1の黄金比になるという。(くるくる)ほら、これなんか、かなり正確に1:1ですよ。
(くるくる)いや、半分は難しいな。思った場所で割れない(くるくる)
あとは分割を増やしていくとか。実は知り合いが5分割を達成して、その写真を送ってくるんですよ。僕はたまに3分割できるんですが、それでも相当難しいのに。(くるくる)
3分割ですらどうやるのか分かんないのに、5分割とかどうなってるんでしょうね。(くるくる)とりあえず2分割はできるんですけども。
なんらかのやり方はあると思うんですけど、現時点では僕も全く分からない。(くるくる)
ちゃんとインタビューをしているつもりだったのに、いつの間にか同行の乙幡さんを含め3人とも、手元でくるくるアラビックヤマトの容器を回転させるのに没頭している状況。
小学生時代、こういった手元だけ見つめる系の遊びで休み時間を過ごした子が3人揃ったな、という感じだ。
世の役に立たない液体のり
気泡割り、けっこう集中してやっちゃいますね。なんだけど、やり終わってふと我に返ると「…おれ、なにやってんの?」と自問しちゃうんですよね。すごい失礼なこと言ってますけど。
これ、僕がおもちゃを作ってて初めての体験なんですけど、とあるテレビ番組から3回、それぞれ別の担当さんから取材の依頼を受けたんですよ。で、最終的にその全てがボツったんですけど、その理由が、番組作成の偉い人が「これは世の役に立たないから、うちの番組では紹介できない」と言ったと。それを3人の担当さんから別々に3回言われたんですよ。「世の役に立たない」って。
「世の役に立たない」×3! でも、役に立たないというのは事実ですよね。
そうですね。いちおうのりなんで貼ることはできるんだけど、使うと黄金比が崩れちゃう。
中蓋がはまってるだけで、要するに気泡割りに最適量ののりが入った新品のアラビックヤマトですから。
ラベルは「液状のり」と「気泡わり」で韻を踏んだつもりなんですが、あとは黄金比のメモリが入ってるぐらいで。
気泡割りは達成感の塊だった
のりの量って、気泡割りに最適な量としていろいろ調整されたんですか。
そうです。ヤマトさんの工場でわざわざ充填量を変えてもらって。普通の新品の状態だと、いっぱいすぎて気泡がほとんどできないんです。ちょっと減らすと気泡はできるけど、小さすぎて割るのが難しい。で、減らすほどに割りやすくなっていく。
それでこの量に落ち着いた、と。これ以上減らすとまた逆に難しくなっていくんですか?
いや、それがさらに減らすともっと割れやすくなるんですよ。
普通に適当に傾けてるだけで誰でも割れちゃう。3分割もぜんぜん簡単になっちゃう。でも、そこまで簡単になっちゃうと、僕の中では遊びじゃなくなるんですね。ハマらない。例えば『スーパーマリオ』なんかも、穴が無くて落ちる危険がなかったらぜんぜんつまらないわけで。
ちなみに今回、ヤマトさんに「こういうもの作りたいんですが」とお話を持ち込んだときは、ヤマトの開発の方はどなたも気泡割りをしたことが無かったそうです。でも、この量なら初心者でもちょっと練習すると70%ぐらいの確率で割れるようになる。
僕の中ではこの70%というのが持論であって、ゲームでも70%ぐらい成功するんだけど30%は失敗する…ぐらいだと、成功率を上げようとしてどんどんはまっていくんですね。将棋なんかは強い人が100%勝っちゃうでしょ。もちろんそれでいいんですけど、でも、強い人も30%ぐらいの確率で負けちゃうとまたやりたくなるし、ハマり要素になる。ということで、これが最適量だと判断しました。
なるほど、もしかしたらこれ、純粋に達成感を味わうためのツールなんじゃないか。
テレビゲームなどにあるストーリー性とかそういった部分を取り除いて抽出した「達成感の塊」を、高橋さんがハマり要素を高めるべくチューニングしているのだ。
つまり、面白さとかそういうのはどうでもよくて、ただ麻薬的に「割れた!」という達成感を味わうためにくるくるし続けてしまうのではないか。
これだと上を目指せるっていう余地があって。この量だと開発者の僕が3分割までしかできないんだけど、でも、5分割やっちゃってる友人がいるわけで、まだまだ上があるという状態です。とはいえ、難易度が高すぎてもやる気がなくなるから、全くの初めてでも10回やったら偶然でも1回ぐらいは成功する難易度、という辺りでめちゃくちゃ悩みました。感覚的な話ですけど。(くるくる)あっ、3分割できたな。
私もさっきたたまたまやって割れたので、いまめちゃくちゃ割りたくなってますね。傾けながら…(くるくる)できた。あっ、これもしかして3分割できそう…駄目か−。
で、人間って一度できるようになったら、もう元に戻れないんですよね。僕は剣玉が好きなんですけど、最初のうちは玉が乗らないし、刺さらない。でもいったん乗るようになったら、もう乗せないことができなくなる。(くるくる)
それ分かります。人間の技術って不可逆性なところがありますよね。できるようになるとできなかったことが思い出せない。自転車なんか完全にそうですよね。乗れるようになったらもう乗れなかったときが思い出せない。(くるくる)
延々とアラビックヤマトの容器を回しつつの話なので危うくうっかり流してしまいそうになったけど、これはもしかしたら結構重要な話なんじゃないだろうか。
なんでも試行錯誤している最中の方が、なにか重要なことにたどり着く可能性があるんだけど、でもそれができる時間というのはすごく限られていて、しかも二度とそこに戻ることはできないのだ。
(くるくる)…また3分割できた。だんだん成功率上がってきたな。つまり僕はいまこの瞬間に成長しちゃってるわけで、ある意味それは切ないことなんです。3分割が簡単にできるようになったら、人生で一歩進んじゃったことになるので、もう戻れない。
いま私は2分割ができるようになって、2分割から3分割の間で揺らいでる状態っぽいんですけど、このできるかできないかの状態が最も楽しい時期なわけですよね。だから、いま高橋さんは楽しがってる私を羨望の目で見ているという。
そうですそうです。だから、大人になってもそういう体験ができるといいなぁと思ってて。(くるくる)あー、やばいなぁ。もう3分割いけちゃってるなぁ。
巨大アラビックヤマトはいきなり高難度
なんか高橋さんが寂しそうな表情をしているので、それじゃあということで密かに持ってきたものに挑戦してもらうことにした。文房具ライターなので、こういうのも自宅に普通にあるのだ。
アラビックヤマトの詰め替え用として発売されている、巨大ボトルである。
形状は普通のアラビックヤマトとほとんど同じなんだけど、サイズは8倍(400ml)のギガンティックヤマトなのだ。
事前に「気泡割り専用アラビックヤマト」と同比率ぐらいで中身を減らしてトライしてみたんだけど、これがめちゃくちゃ難しい。中身の粘度は同じはずなのに、気泡の挙動がやたら速くて、回転が追いつかないのだ。
大きいとできないんですよねー。僕も自宅で1回だけ2分割できたけど、再現性ないです。
うわー、難しい。(ぐるぐる)大きいと難しくなるって面白いな。できないな。回転のスピードが問題かな…。
物理的にぜんぜん別物っぽいですね。気泡が動くのが速い。
敗北感すごいな。うわー、大きくなると今までの自分の経験値とか方法論が通用しない。だめだ。おもしろい。あ、こうかな…回転の速度が重要かな。…慣性使うのかな?(ぐるぐる)
ちょっとやらせてください(ぐるぐる)あー駄目だ。これは駄目だ。
結局のところ、最後まで3人で延々とアラビックヤマトをくるくる回し続ける、という締まりのないインタビューとなってしまった。
それにしても、最初は「面白いのか?」と思っていた気泡割り、途中で「これ、純粋に達成感を味わうためのツールだ」と気付いてからは、もうなんの遠慮もなく遊んでしまった。
「うおー、達成感、達成感を味わわせろ!」という達成感の餓鬼である。
そういや、高橋さんの代表作である『∞プチプチ』『∞エダマメ』も同じような感じだもんな。
お知らせ
この『気泡割り専用アラビックヤマト』は、現在クラウドファンディングサイトkibidangoでファンド展開中です(すでに達成済み)。
くるくる回して気泡を割ってみたい人は、ぜひ出資してみてください。
募集終了は8月23日なので、お早めにどうぞ。達成記念のイベントも開催予定です。