ドライブをしているといろんな食事処が目に入る。
看板であったり、幟であったり、店内の照明であったり。そういった要素から、「おっ、あのお店は営業しているな。じゃああそこでご飯にしようかな。」と考えるのだ。
僕は無知であった。
北海道を何周もしており、そのお店の前を何度も走っていながら、"お店"として認識していなかったのだ。
これはいけない。
そう思って固い決意をして現地訪問したのは、昨シーズンである2022年のことだった。
「かに太郎」。
この名前を知ることで、この建物のことを"廃墟"ではなく"食事処"だと認識する。
食事処には名前がある。
すなわち僕らは、今この瞬間からこの店名を覚えておかねばなるまい。
さぁ!名物かに飯を食いに北の大地へ!!
すべての旅の行程は、かに太郎のために
時刻は10:00である。
普通に考えたらランチには早すぎる時間ではあるが、今回は何もかもが特別な体験になるだろうから、"普通"だなんて感覚はおウチに置いて来ている。
あと、よくよく考えたら僕は朝ご飯を食べていなかったわ。
実は「絶対にかに太郎を訪問する」という並々ならぬ決意があり、昨日かに太郎に電話しておいたのだ。
電話に出たおじいさんは、「台風だったら営業できないが、そうでないなら10:30に開店するよー」って言ってた。
Googleマップでは11:00開店だが、実際は10:30開店のようだ。
そうなると、前日は近くに宿を取っておいた方がいいな…。
昨日はここから1時間ほどの宿に当日予約で飛び込み、そこが偶然素泊まり専用の宿だったので、こうして朝ご飯抜きのいいコンディションで今ハンドルを握っている。
かに太郎は白老町の国道36号沿いにある。
白老町の国道36号沿いと言えば、北海道の沿岸部を走る人にとっては上の写真が記憶に強く残っているのではなかろうか。
これは「網元感動市場かに御殿」っていうお店で、屋根の上にとんでもない大きさのクマがいるお店だ。
クマって、北海道の大自然で育つとこんなにも大きくなるのかもしれない。左端に見切れている僕の愛車がとても小さい。
北海道に来ると大体ここで撮影をするが、今回もまだかに太郎の開店まで時間があるのでここでクマを見上げた。
毎回記念撮影をしているこの巨大クマからたった1kmのところに、かに太郎はある。今までスルーしていた自分が恥ずかしいぜ。
10:20、開店10分前にかに太郎に到着した。
八角形の特徴的な建物、あなたには廃墟に見えるのかもしれないが、今の僕には輝く王冠に見える。
その店は、50年以上そびえる八角形の神殿
まだ開店まで10分ほどある。店内にはお客さんの気配はおろか、店主のおじいさんの気配すらない。
前章であれだけ豪語していながら一瞬「本当に廃墟だったらどうしよう」と考えたが、そんなハズはない。僕はかに飯を食べるために北海道まで来たのだから。
ほれぼれするようなアーティスティックな外観である。
僕が訪問した2022年時点で、創業52年だという。52年前はこのような建物は斬新であり、お客さんが大勢押し掛けたそうだ。このあとお話しすることとなる店主のおじいさんがそう言っていた。
52年後の現在もこのような建物は斬新だね。経年変化や、店外に無造作に積み重ねられた木材などの要素も含め、とても斬新だよ、うん。僕はそう思った。
しっかしこの大量の木材、なんなんだろな。高度経済成長の頃は、この国道36号沿いは多くの飲食店でひしめいていたらしい。
その夢の残影なのだろうか…?
試しにGoogleマップのストリートビューを、10年前の2012年までさかのぼってみた。木材は10年前からこんな感じに山積みだった。それ以前のことはわからぬ。
あと気付いたんだけど、かに太郎は10年前から同じ感じのワイルドさを醸し出していた。
ちなみに隣のお店との境界を示す木の柵があったが、それが数年前に崩れて木材の山がさらにうずたかくなっていた。その木の柵の残骸がかろうじて数本立っているのが、上の写真にて確認できる。
全面ガラス張りなので店内の様子も見える。木材の山は外だけだと思ったら、なんだか店内もモリモリしていそうな雰囲気だ。
外の様子がガラスに映っているんじゃないんだぜ。リアルな店内もワイルドな雰囲気なんだぜ。ここ、北国の荒々しい雰囲気が内外共に表現されている。
こんな感じでザックリと店外を一周した。あまりにお店に集中してしまったので、せっかくお店の裏側に壮大な太平洋が広がっているというのに、写真に収めるのを失念してしまった。
さて、お店の入口は上の写真の向かって右手である。
そろそろ10:30だ。お店は開くのか。おじいさんは現れるのか。
大量の物品は、歩んだ歴史のミルフィーユ
10:30、隣の「寿水産」の建物から1人のおじいさんが出てきてこっちに向かってきた。
あ、あのお方がかに太郎のご主人だな。52年間、お店をずっと支えてきた80代のおじいさんだ。
おじいさんは「お待たせしましたー、どうぞー」と僕に声を掛けてくれた。
ついに僕は聖域に足を踏み込む。高鳴る鼓動。グゥと鳴る腹の虫。
これから僕がこの店内に滞在する数10分は、人生で忘れてはならない貴重な時間。五感をフルに活用し、1分たりとも無駄にはできない思い出にすべき時間だ。
「おじゃまします」と中に入る。
なんだこれ最高かよ!!
この芸術性と感動をうまく表現できるボキャブラリーがなくって悔しいんだから、僕!
八角形の建物を中心で支える大黒柱。それを取り囲む八角形の棚、さらに外側に八角形の厨房、さらに外側に八角形のカウンターだ。
上から見るときっとこんな感じ。今でこそ撤去されているが、往年はこのカウンターを取り囲むように多数のイスが配置されていたに違いない。
なんか行ったことないけどクラブやディスコを彷彿させるデザインだ。天井のライトもバブリーだしな。若い男女がカニを片手にパーリーナイトしている様子を想像し、否が応にもテンション上がる。
さらにそれを取り囲むのは、これまた八角形のこあがり席だ。全席窓際席という贅沢仕様。
おじいさんは「じゃ、ここに座ってくださいねー」と、比較的海の近くの席を案内してくれた。上の写真、右手がその席である。
窓にはカーテンもブラインドも無く、太陽光が容赦なく入ってくる。店内は温室のように熱い。
おじいさんは「これを使ってくださいねー」とウチワを持ってきてくれた。2つ。ありがとうございます、両手であおげる。
窓の外の海がキラキラ輝いていた。
おじいさんの持って来てくれたお水がおいしかった。暑いときにはお水がおいしいよね、やったぁ。
ところで本来は店内もグルグルと水族館の回遊魚のように回れる仕様なのだが、僕が座った反対側の半分ほどは物で埋まっていた。何が何だかわからないが、すごい量の物品だな。
おそらくは、かつてこのお店で使用されたものなのだろう。カウンターの周囲に配備されていたであろうオシャレな椅子も見えるしな。
今でこそおじいさんが1人で細々と営業しているが、昔は多くの従業員の人と多くのお客さんで賑わっていたのだろう。その歴史がミルフィーユのように堆積しているのだ。そんな思い出の品、撤去なんてできないよな。
店内のもう片方、僕のいる側はご覧の通り、古いもののキチンと片付いている。店内の半分にて歴史を回顧し、もう半分にて令和を歩んでいるんだ。モジャモジャに茂った観葉植物もチャーミングである。
メニューは限定20食、500円のかに飯のみ
少しだけ時間をさかのぼろう。店内に入ってすぐ、おじいさんは「かに飯でいいかな?」と言い、僕は「はい、お願いします」と言った。
掲示されているメニューを見る限り、かに料理がたくさんある。しかし実際に提供しているのはかに飯だけだ。(ドリンクに関してはすみませんが不明です)
だから店内に入ったら自動的にかに飯をオーダーすることとなる。お値段は税込みで500円であり、さらにお味噌汁まで付く。かに飯がワンコインだぜ。すごすぎるだろ。
お味噌汁は「会計」の横の大きな寸胴鍋で作られているようで、入店食後からいい匂いがお店に漂っていて空腹を刺激されたな。冬にも食べてみたいな、あのお味噌汁…。
待つこと10分弱、かに飯のセットが運ばれてきた。
ちょっと塗装の剥がれたお重に入っているかに飯。ホカホカの湯気の上がるお味噌汁。そして漬物までついている。
これで500円。
それらを窓から差し込む太陽が照らしていて神々しい。
上の写真だけ見ると、かに飯っぽくないかもしれない。しかしご飯の上にはほぐしたカニの身が丁寧に敷き詰められており、その上に刻んだタケノコやシイタケ、さらにその上に紅ショウガが乗っているのだ。
カニの身は風味豊かだし、タケノコとシイタケは仄かな醤油味が絶妙。そして口直しに紅ショウガ。
ヤバいです、この記事書いているだけでもう、よだれがヤバいのです。
今日、このかに飯を食べることができて本当に良かった。
事前の電話でおじいさんから聞いていたのだが、体力的にかに飯を1日20食作るのが精いっぱいなのだそうだ。
「売り切れるまでは営業しているから15時くらいまでのこともあるけど、昼前には無くなることが多いねー」とおじいさんは言う。
そうなのだ。4人家族が5組来たら1日の営業が終わるのだ。だからこそ、今回僕は開店1番を狙ったのだ。失敗は絶対に許されなかったのだ。
そして身も心もポカポカに温かくなった。
ごちそうさまでした。500円しか払わないのが申し訳ない気持ちになった。
「ありがとうね。また来てねー。」
「そうそう、あまり目立つとお客さんたくさん来ちゃうから、あえて廃墟っぽいまま営業しているんだよねー。」
おじいさん、そう言っていた。
マジか。"廃墟"という言葉はオブラートに包んであまり使わないほうがいいかなって思っていたけど、まさかの店主公認だった。そして"廃墟系絶品メシ屋"として、一部の界隈では有名なお店となっている。
台風一過。
これがもし昨日であれば、「台風であれば営業しない」と言っていたおじいさんにこのお店で会うことはできなかったろう。
出逢いに感謝。台風一過は青空と一緒に出逢いももたらしてくれたんだな。かに太郎、今後も末永く続けてほしい。
気持ちいい秋風に吹かれ陽光を浴びながら、僕は再び北の大地の海沿いを走りだした。
住所・スポット情報
名称: かに太郎
住所: 北海道白老郡白老町竹浦116
料金: かに飯¥500
駐車場: あり
時間: 10:30~13:00ごろ
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