特集 2022年7月10日

書き出し小説大賞第240回秀作発表

書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)

雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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ときには思わぬことが起こり、心がざわついて落ち着かない日もあります。ちゃんと本を読む集中力もでない日は、書き出しだけでもいかかですか?

書き出し自由部門

にわか雨としての役割は終えた。
S.虚無

天候における句読点的な役割。

急に強くなった風がアスファルトに落ちた「雨の匂い」を運んできた。
ビアシン
象形途中で鳥が羽ばたく。画数がどんどん増えていく。
terayo

すごいビジュアルセンス。CGで見たい。

嘘をつかないハムスターは、チーズを食べることはない。
七寒六温
終わりまでの導火線のような、長い言い訳。
正夢の3人目
ローズは無言で、構えた鯖の味噌煮缶の引き鉄を引いた。
鯨谷いさな

固唾を呑んで見守りたい。

師匠は魔法使い。僕はしっぽを長くして帰りを待つ。
いずも

そのまま絵本になりそうなかわいい話。

かき氷を口に運びながら、僕の体は沸騰していた。
りぼ
正義の反対は別の正義だった。
みよおぶ
「頸ヘル」と略され、ぼくはブチ切れてしまった。
suzukishika

頸ヘル軍団は執念深い。

見てないと溶けて消えそうな細い月。
井沢
夏の100冊、俺の1冊。
タカタカコッタ

新潮文庫プラス1

ジャングルジムは包囲され、僕らは最後の星を眺めていた。
坂上田村麻呂の従兄弟
「私はただの調律師さ」スタンウェイの屋根を降ろして、老婆が言った。
一色凛夏

すでに魔女感。

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つづいては規定部門。今回のモチーフはスピッツの名曲『ロビンソン』でした。試みとしてのトリビュート書き出し。ぜひロビンソンを聴きながらお読み下さい。

書き出し規定部門・モチーフ『ロビンソン』

窓際でイヤホンをしているあの子の耳に、どうかあの曲が流れていますように。
雪風とババロア

違うなら、枝雀の落語でもいいです!

曇り空の下、何も起こらない土手の斜面に君と二人寝ころんで川の流れを見る。卒業まであと四日。
高田

恋人同士もいいけど、彼女のいない友達同士で聴く方のも沁みるかもしれない。

サイレン塔のスピーカーからこの歌が流れたら、君にさようならを言わなくちゃいけない。
寂寥
君は面白くなかった、だけど純真でひたむきで、天然だった。
もろみじょうゆ

スピッツを聴いてる間だけは、こういう人になれてる気がする。

バイト先の先輩と寝た。先輩は恵美の彼氏だった。紫陽花の角を曲がって昨日降りた駅に向かう。ロビンソンはもう聴けない。
ヨーヨー大会
遠くへ行こうと思って、お金を貯めたくてバイトを始めた。椎名林檎も、イエモンも、スピッツも、店内の有線ラジオで覚えた。
あの
軽音部の奴らが爆音でロビンソンの練習をしていた頃、僕はなんの輝きとも無縁の青春を送っていた。こういう曲も爆音でやるんだなと思いながら
あの

ヘタな吹奏楽って青春のBGMだよね。ウチの高校ではよくテンポの遅い「タッチ」が流れていました。

ロビンソンをかすかに口ずさみながら、伊藤先輩がデッサンをしている。
えむけい
君がいない夏が来てしまうなら、もう少しここで立ち止まっていたい。
はらけん
俺はサビのキーに挑んだ。
はらけん
るーららのとき店員が入ってきた。
野焼き

このときの店員と「サビのキーに挑んだ」二人のその後を知りたい。

ママになった「君」は、イントロが流れだすとラジオのボリュームを上げた。
タカタカコッタ
ぎりぎりの三日月の先端が、僕の背骨を貫くだろう。
モンゴノグノム
恋の歌だったはずなのに、いつのまにか思い出の歌に変わっていた。
もんぜん
私が生まれる前に流行したその歌は、父と母の思い出の曲なんだそうで、私にとっては、父の病室でよく聞いた歌だ。
葱山紫蘇子
巨大化するたびにこの曲が脳内で流れた。
もんぜん
ロビンソンは飛び起きた。シーツは汗でびっしょりだ。また宇宙の風に乗る奇妙な夢を見たのだ。
g-udon

知りたくなかった名曲の裏側。

最後までロビンソンは出てこなかった。
ぴすとる

最後まで「美味しんぼ」が出てこなかったようにね。


トリビュート書き出し、ひと通り応募作を読んで感じたのは、その歌の表象的なイメージに重ねすぎると凡庸なPVのようになってしまうし、ネタっぽく扱うとせっかくの名曲がもったいない気がしました。もちろんどっちの方向性も一定の閾値を超えるアイデアや描写力があれば成立するとは思います。

採用作にはちゃんと歌を聞き込んだ痕跡や、そうして沁みだした個人の記憶に音楽を添わせるという「次の一手」があった気がします。歌に負けないエモさに関してはまだ足りない部分もありましたが、まだ伸びしろを感じる部分もあったので、次はぜひキリンジの『エイリアンズ』でやってみたいです!

それでは次回のお題を発表します。

次回モチーフ
『怪談 2022』

次回は毎年恒例の書き出し怪談です。書き出しだけで恐いホラーを送って下さい。締め切りは7月29日、発表は30日です。下記の投稿フォームからご応募下さい。力作待ってます!

最終選考通過者

益田don't know サイレース 

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