行列のできるラーメン店はスタッフ側も緊張している
とても腰の低い元店員Yさんは、なぜお店の中ではおっかなかったのか?
それはこういうことだ。
我々お客は、ルールに厳しいラーメン店に入るのは、茶室に入るぐらい緊張する。
その緊張しているお客が列をなして、そのうえ空腹で、ひっきりなしにやってくるのだから、それをさばくお店側も緊張している。
視点をかえればみえてくることがある。緊張してたんなら、そう言ってくれればいいのに。
何年か前、ルールの厳しい行列のできるラーメン店にハマり三日とあけずに通っていたが、その店に接客態度のよくない店員さんがいた。
先日、ひょんなことからその店員さんと知り合いになった。
だが、店の外で会う彼はとても温厚で、あのおっかない店員と同じ人とは思えない。
すでに店は辞めているとのことだが、あの頃、なにが彼をあのようにさせていたのか聞いてみることにした。
数年前のある日、私はその店の行列に並びながらラーメンのトッピングとしてニンニク多めを付け加えてもらうように注文し、本を読みながら自分の番がくるのを待っていた。
その後、順番が来て店で一番おっかない店員から「ニンニク多めの人!」とカウンター席への着席を促されたが、私はそれに気づかず読書に集中。
するとその店員は大きな声でもう一度「ニンニク多めの人!」と言った。私が大声に驚き顔をあげたところ、店員は今度は私の目をみすえながら「ニンニク多めの人!」と声を張り上げたのである。
これまで私はいろいろな呼ばれ方をしてきたが、ニンニク多めの人という、生まれながらのニンニク多め人間とでもいうような言い回しにショックを受けた。
そのときの店員が、その後たまたま知り合いになったYさん(仮名)である。
待ち合わせ場所にやってきたYさん、顔出しNGである。
Yさん:岡村さん、お久しぶりです。
岡村さんと呼んでくれてよかった。ニンニク多めの人と呼ばれたらどうしようかと思った。
さあ場所を移してインタビューを開始しよう。
まず聞いたのはその店特有の独特の注文方法についてである。
行列ができるほどの大勢のお客ひとりひとりの複雑なオプションを聞いて素早く作っていく。あんなに素早く多種多様なオプションを作り分けられるのだろうか?実は全部一緒なんじゃないだろうか?
――あれ本当に注文通りにつくっているんですか?
Yさん:ちゃんと注文通りに作っていますよ(笑)。それに食券にメモもするので間違えないようにしてますし。たまに間違うことはありますけど…
なるほど。でもちょっと言い回しが複雑ですよね。だからお客も緊張するし。そういえば初めて行ったときはネットで注文の仕方を調べてから行ったなあ。
やっぱり注文のルールを間違えたりする人にイラついたりするんですか?
Yさん:ぜんぜんそんなことはないですよ。慣れてない人なんだなと思うだけで。専門用語を使って混乱するよりは、わからないことは聞いてもらえればいいですよ。
お客側が先入観で緊張しすぎな部分もある。また、店側も大勢のお客を滞りなくさばくために緊張しているだろう。
そんな双方が緊張しあった環境がギクシャクした関係を生んでいるだけで人に問題はない、のだ。
――でも、責めるわけじゃないですが、「野菜普通で…」と言ったお客さんに「〝普通〟は言わなくていいですよ」と言ったところをみましたよ。
Yさん:そんなこと言いましたか。それは失礼なことをしました。大量のお客さんをさばくのに焦っていたのかもしれません。
おかげで〝普通〟は言わなくてもいいんだなとあの場にいたお客全員が肝に銘じることになりました(笑)
Yさん:今でも自分も同系列のお店にお客として行くことがありますが、あの緊張感も味付けの一部だって思うことがありますね。緊張感がないと物足りないというか。
確かにそういう部分もあるかもですね。個人的にはなくてもいいように思いますけどー。
Yさん:(笑)
普段Yさんはとても温厚なのに、店にいるときの接客態度はハッキリいって良くなかった。お客に胸ぐらをつかまれたこととかないのだろうか?
Yさん:ないですないです(笑)でも接客中は忙しさで自分を失っていたし、あの雰囲気の中で麻痺してたんですね。
他のスタッフから注意を受けたこととかは?
Yさん:注意も受けたことがないです。だから自分の態度もかえりみることもなかったですね。
自分の態度をかえりみていれば、私をニンニク多めの人と呼ぶこともなかったかと。
Yさん:また、それを言う(笑)でも無意識に態度が悪くなっていたんですね。もっと心に余裕を持てばよかったですね。
てっきり入社したら「店では態度は悪くしろ」と研修を受けているのかと思いましたよ。
Yさん:そんなわけないでしょ!(笑)
行列のできるほどの有名店であるからこその困ったお客さんの経験はないだろうか?
Yさん:……そうですねえ、大勢で来て大声で話したり、遊び半分で食べきれない量を注文されたりするのは困りました。
僕も大勢の若者と相席になって、ワイワイ言いながら脱いだ帽子を僕のラーメンのすぐ横にまとめて置かれたことがありました。仕方がないのでそのまま食べて、ラーメンの汁が大量に飛んで帽子がベタベタになってましたが。
Yさん:我々も多くのお客さんに円滑に食べてもらいたいので、そういうお客さんがいると他のお客さんに迷惑がかかるので焦りましたね。
賄いってどういうものを食べるんですか?スタッフだけが食べられるメニューとかってあるんですか?
Yさん:いや、普通のラーメン一択です。いっとき油そば風にして食べてたことがありますけど、不評で(笑)
毎日同じで飽きなかったですか?
Yさん:できるだけ太らないように賄いは半人前しか食べないようにしてたというのもありますが、不思議と飽きませんでしたね。
やはり独特の中毒性なんですかね?あの中毒性の秘密って何かあるんでしょ?魔法の粉的な?
Yさん:そんなものないですよ(笑)糖質とかそういうのがクセになるんじゃないですかね?
常連のお客さんをみて「この人、行列にならぶたびに太ってきたなあ」とか思いませんでした?僕は常連になって10キロ以上太りましたけど。
Yさん:常連さんは頻繁に来られるんで太っていってても気がづきません。岡村さんも本当によく来てたんで見すぎて気がつきませんでしたね。うちのラーメンでそんなに太りました?
太りました。でもこれ、持論なんですが、太るのはラーメンそのものよりも、デカ盛り系ラーメンを食べたあとの罪悪感からくる自暴自棄な気持ちにあると思うんですよ。
Yさん:どういうことですか?
デカ盛り系ラーメンを食べて腹がはちきれそうになりながらもスープを飲み干してしまう私、顔中からニンニクのにおいをさせてしまっている私、このままじゃ迷惑でどこにも行けない私、それでもあのラーメンがやめられない私、もうどうにでもなれ!こうなったら夜はマックでハンバーガー三つ食う、セットのポテトはLにする!とかって暴飲暴食になるという。
Yさん「なんとなくわからないでもないですが…(笑)」
とても腰の低い元店員Yさんは、なぜお店の中ではおっかなかったのか?
それはこういうことだ。
我々お客は、ルールに厳しいラーメン店に入るのは、茶室に入るぐらい緊張する。
その緊張しているお客が列をなして、そのうえ空腹で、ひっきりなしにやってくるのだから、それをさばくお店側も緊張している。
視点をかえればみえてくることがある。緊張してたんなら、そう言ってくれればいいのに。
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