ビジネスマン超入門365
林:
今回の僕の本は依頼仕事だったのでラクでした?
ヨシタケ:
ひさしぶりに。だって来ないんだもん原稿がって言えるじゃないですか。
林:
遅かった、僕の原稿が。
ヨシタケ:
大変なんだけど、やんなきゃしょうがないじゃん的な、逃げ場がないんだけど心の逃げ場がある感じっていうのが懐かしかった。
林:
ありがとうございます。
ヨシタケ:
体的には大変なんだけど、気持ち的にはブーブー言いながらできる。
林:
文句言いながらできるっていいですよね。
ヨシタケ:
絵本作家とか書籍になっちゃうと最悪延ばせちゃうんですよ、締切。連載だとさすがにダメなんですけど。
林:
先生が言った締切を。
ヨシタケ:
いいのが浮かばないんだよねって。理由はいろいろありますけど、延ばそうと思えば延ばせちゃうんですよ。地獄ですよね。
林:
無限に選択肢ありますもんね。
ヨシタケ:
だから上司を雇いたいなと思って。
林:
上司雇いたいですね! この本を読み返していると、この世界に二度と戻れないんだっていう悲しい気持ちになる。もうおれが会社っぽい場所を作るしかない。会社会社した会社にして上司を雇って。
ヨシタケ:
もう一度社会を自分で作り上げる。
林:
事務机を買って並べて。
ヨシタケ:
ベコベコのロッカーと。
林:
文句を言われたり言ったりする。
ヨシタケ:
僕から見てすごいなと思うのは、なんだかんだ言って組織の中で面白がって居場所を見つけてずっとやってこられたというがすごいなと思って。
林:
面白がっちゃったんですよね。
想像した通りのイラストが描いてある
林:
僕が想像していたのと同じイラストが描いてあるのがいくつかあって、それが震えたんです。たとえばこの社長秘書、僕が見た社長秘書にすごく似てる。
ヨシタケ:
そうなんだ!良かった!
林:
気さくな社長秘書。見たんですかっていうほど。
ヨシタケ:
それはたまたまですよ。それこそ僕の絵本とかで、うちのおじいちゃんそっくりなんですとか、うちの子と同じ顔してるんですって言ってくださるんですけど、目がテンなので誰にでも見える。
林:
普段の絵本と違って悪意が出てるところがある。
ヨシタケ:
そうそうそうそう。すごく楽しかったんですよ。
林:
このデザイン事務所のネタのイラスト。
ヨシタケ:
そうそうと思って。これめっちゃ楽しかったですね。
林:
いかにもデザイン会社社長という人をいかにもデザイナーっていう女の子が担いでる。
ヨシタケ:
先頭が若頭みたいな先輩デザイナー。新人のシャツのセンスがないとか平気で言うような先輩ですね。
林:
ズボンの丈短いですもんね。
ヨシタケ:
横を刈り上げてる。ツーブロックっぽい感じ。
林:
想像がつきます
ヨシタケ:
僕が絵本作家になるつもりじゃなかったので、絵本作家はなんだかんだ悪意を出しにくい場所なんですけど、そもそも出発が課長の悪口ですからね。
憎んで生きていけるなら憎もうじゃないか
林:
ヨシタケさんが課長の悪口が出発だったんだって、けっこう衝撃。
ヨシタケ:
当時の自分を否定したくないというか、その気持ちを肯定し続けてあげたい気持ちはすごくあって。
林:
その時のヨシタケさんも生きているわけですね。
ヨシタケ:
憎しみを生きる糧にせざるを得ない状態ってあるんですよ。そこを応援したいっていうか。人を憎んで生きていけるなら憎もうじゃないか。それは言いたいことなんですよね。
林:
この本、活字で書くと意地悪な感じになるので手書きにしたんですけど、ヨシタケさんのイラストでさらにきれいに隠れました。
ヨシタケ:
テキストだけだとすごく角が立つというか誤解されるというか。絵本をやって改めて思ったんですけど、絵と言葉でやるとけっこう通るんですよ。
林:
来週、僕が手書きで記事を書き始めるかもしれない。
ヨシタケ:
言いにくいことを言うときにテキストだけだと、これはあれでみたいな言い訳をしないとじゃないですか。テキストが長くなる。けど、イラストを添えるとテキストがぐっと短くなるんですよ。誤解を招かないようにするとか、意識をそらすのにイラストってものすごく便利で。
単純に伝えることがテキストの3分の1ぐらいでちゃんと届くんですよ。
ヨシタケさんのイラストの描きかた
林:
ヨシタケさんのイラストは今も小さいんですか。
ヨシタケ:
今回の原画もこれぐらいです。
林:
ペンはなんですか。
ヨシタケ:
0.3mmのコピックです。これを老眼鏡をかけて書いてる。さすがに自分でも見えなくなりました。
林:
ヨシタケさんのイラストって原寸より大きく印刷されてるんですね。
ヨシタケ:
原寸はこれなんですけど、取り込こむときに大きくしてお渡ししてます。150%ぐらいの大きさで取り込んで、デザイナーさんに渡して。
林:
こんな人ヨシタケさんの本に出てこないですよね。
ヨシタケ:
最近は絵本ばっかりやっていたので封印していたというか。
林:
タッチ違うじゃないですか。
ヨシタケ:
僕がやってた課長の悪口と同じテイストでいければいいかなと思ってやったんですよね。
林:
この紙、コピー用紙ですか。
ヨシタケ:
普通の出力紙です。絵本の原画もこれに書いているので材料費のコストパフォーマンス半端ないんですよ。
林:
全然経費にできないですね。
ヨシタケ:
材料費が全然上がらなくて、普通の出力紙に0.3mmのサインペンでおしまいですからね。
ヨシタケ:
絵本作家のアトリエの取材って、みんながっくりするんですよ。絵の具がいっぱい、エプロンして。
林:
宮崎駿みたいなのを想像して。
ヨシタケ:
どっこも汚れてないんですよ。
林:
色付は何でやってるんですか?
ヨシタケ:
色付は自分でやってないんです。僕。
林:
そうなんですか!
ヨシタケ:
それは最初のデビュー作の『りんごかもしれない』という絵本があるんですけど、線画までできて、とは言えせっかく作るんだからって自分で何ページか付けて、こんな感じでどうでしょうって言ったら、編集者の人が「そうですね。色はデザイナーの人に付けてもらいましょうか」って。ボツになって。ですよね〜みたいな感じで。
そこから色はデザイナーにまかせるっていう、絵本作家ヨシタケシンスケ誕生の瞬間なんです。
林:
分業性ですね。
ヨシタケ:
アメコミみたいなんですよ、そこだけ。
林:
さいとうたかおプロみたいな。
ヨシタケ:
正直、色はダメで。全然楽しくないんですよ。
林:
色塗るとおかしくなっちゃうことありますもんね。
ヨシタケ:
だめになるんですよ。デザイナーさんに付けてもらったほうがよっぽどそうそうそうって。
林:
ヨシタケさんの初期のイラスト集は色が付いてないですもんね。
ヨシタケ:
ついてたとしても今回みたいにどこか一箇所ベタ塗りで、2色目を何色でどこに塗っていいかわからなくなっちゃうんですよ。
林:
そういうのありなんだっていうか、いいですね。
ヨシタケ:
僕もありなんだって自分で思いましたからね。そもそも絵を拡大して絵本にする人もめったにいないみたいで。普通は縮小する。
林:
絵本の原画もこのぐらいの大きさなんですね。
ヨシタケ:
絵本の原画はだいたい150%から200%に拡大してます。原画は最大でA4サイズなんです。なんでかっていうと僕の持ってるスキャナーがA4までしか取れないから。
林:
またそんな理由なんですか。
ヨシタケ:
もちろん2枚に分けて別々に取り込んでくっつけてもいいんですけどめんどくさいなって思っちゃって。
未だに人に色を付けてもらって絵本作家ですって言っていいんだっていう申し訳なさは日々感じてますけど。
会社には奇人がいる
ヨシタケさんのイラスト作成法が意外すぎて盛り上がってしまったが、またここで仕事の話に戻ります。
ヨシタケ:
新入社員のときに一人ひとり辞令を社長に渡されたんですけど、一人名前呼ばれたときにめちゃくちゃでっかい声で返事をした人がいて、懇親会のときも前で「こんにちは〜! 僕は関西出身なんでお笑いはまかしとき〜!」みたいなことを言ってて、うわ〜会社は無理だ〜ってなりました。
林:
再現を聞いてても無理って思う。
ヨシタケ:
思うでしょ。生でそれ聞いちゃって。
林:
慣れない会社員生活でコップが溢れかけてるのに、まかしとき〜でドバー。
ヨシタケ:
そうそうそうそう。あのときにまだ職場に行ってないのに、溢れた状態で行かなきゃいけなくなってて、これはだめ…でも、だよな〜って。
林:
そういうのってあとから考えると特殊な例だったって気づくんですよね。
ヨシタケ:
でもそういう人もいていいのが会社っていうものだよなっていう。
林:
そういう人って会社以外ではいないですよね。フリーランスで「笑いはまかしとき〜」とか。
ヨシタケ:
それこそ、会社員の編集者のほうがよっぽど変な人いるじゃないですか。フリーでやってるイラストレーターとかデザイナーとかってちゃんとしてるんですよ。
林:
それは思いますね。
林:
前の会社でトイレで寝てた人はいっぱいいるんですけど、トイレの床で寝ている人がいました。個室の便器を抱えるようにして、ドアの下の隙間から髪が出てた。
ヨシタケ:
酔っぱらいではなく?
林:
いや、ただ眠いから。
ヨシタケ:
会社は許される。グラデーションがあっていい。
ヨシタケ:
仕事ができる人って、愛嬌があるというか、実務的なところは抜けてるけどそれを許してもらえる愛嬌でやってきている人がいるじゃないですか。愛嬌モンスターというか。
林:
愛嬌モンスターね。
ヨシタケ:
実際すごくちっちゃいミスはいっぱいするんだけど、それをみんなが許してあげられる。あの人だからって、キャラが立ってて、その人を中心にしてちゃんと仕事がまわる。みんなで助けてあげなきゃってなる。
林:
ずっと仕事しないで喫煙コーナーのタバコの排気を吸う機械のまわりをぐるぐるぐるぐる回ってるおじさんがいたんですよ。
ヨシタケ:
動物園みたい。
林:
ぐるぐるぐるぐるまわってるけど、その人もいたらうまくいきましたよね。
ヨシタケ:
あれって目指してなれるものじゃないじゃないですか。愛嬌って。テクニックじゃないから。愛嬌はあればほしいな。あれは才能の世界だから。
ヨシタケ:
会社ってよくできてるなって思ったんですよ。みんな入りたがるわけだって。
林:
思いますよね。毎日発明みたいなすごいことしなくてもお金もらえる。
ヨシタケ:
居心地いい檻じゃないですか。
林:
居心地よかったですね。
ヨシタケ:
守ってくれるし、それこそ責任をバラバラにできるじゃないですか。誰かのせいにできるじゃないですか。だから、よく出来てるなと思ったし、でもやっぱここでずっとやるのはきついなと思ったから、僕の場合は。いろいろ勉強になりましたね。行って良かったし辞めて良かったし。
まとめ
この対談のなかでヨシタケさんが仕事についてこんなことを話していた。
ヨシタケ:
誰も悪くないのに誰も幸せじゃないっていうプロジェクトありますね。
林:
全員良かれと思ってやっている
ヨシタケ:
みんな自分のやり方でやってるだけなのに、うまくいかないというか、なんでみんなこんな顔になっちゃってるんだろうってときが2〜3年に1回あるじゃないですか。
そのときは僕も「ありますね~」なんて相槌を打っていたが、テープを聞いて写真を見返すとまさにこのアタッシュケースに物を詰める企画がそうだったなと気づいた。
専用アタッシュケースはそういうメタなメッセージを伝える企画だったと思いたい。
ヨシタケさん、ありがとうございました。
林が文字を、ヨシタケシンスケさんがイラストを描いた本です。
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