いぎす、やっぱりよくわからない
というわけで、いぎすを自作して食べてみたわけだが、美味いのか、美味くないのかはよくわからなかった。
よくわからなかったが、いぎすは相変わらず存在し続け、そして、あればたべる。
そういう食べ物が、ひとつぐらいあってもいいのかもしれない。
そんなおり、先日、実家からいろんなものが送られてきたのだが、そのなかに、いぎすの素というか、乾燥したいぎす草が入っていた。
鳥取でも、いぎすはスーパーで買ってきて食べるのが普通で、わざわざいぎす草から作る人はあまりいないと思うのだが、こういったものが売られているということは、ぼくが知らないだけで、家庭で作っている人もわりと多いのかもしれない。
いぎすに対するよくわからない気持ちを整理するため、今回はいぎすを自分で作ってみることにする。
料理の作り方はユーチューブがわかりやすくてよいので、いぎすを検索してみたところ、愛媛のいぎす豆腐の作り方ばかりが出てきて、肝心の鳥取のいぎすについてはほぼ情報がゼロであった。
しかたないので、今回はこの袋の裏に書いてあるレシピどおりに作りたい。
作り方を見ると、いぎす草を茹でて溶かし、冷やして固める……だけだ。簡単すぎる。こんな作り方で、スーパーで売っているようなレベルのいぎすができるのだろうか。
一抹の不安を感じつつ、いぎすを水洗いし、鍋に投入する。
いぎす10グラムに対し、水1カップを注ぎ、あとは、ただひたすら混ぜるだけである。
こんな、刺し身のツマの乾いたのみたいなのが、寒天状になるんだろうか。世の中は信じられないことばかりである。
いぎすをまぜまぜしているうちに、ある記憶が鮮明に蘇ってきた。
左官職人だった親戚のおじさんが、おばあちゃんちで漆喰を作っているのを子供の頃に見たことがあるけれど、そのとき、漆喰の材料としてなんらかの海藻を、でかい鍋にドサドサ入れて煮込んでいたのを見たことがあった。その時の匂いが脳裏に蘇ってきた。あれ、たしかにこんな匂いしてた!
そんなどうでもよい記憶を蘇らせつつ10分ほど煮込むと、いぎす草はもう海藻の姿は保っておらず、ただのドロドロした液体となってしまっている。
どろどろになったいぎすは、かなり濃厚な磯の香りを漂わせているのだが、これを耐熱容器に流し込む。
そのまま、常温で冷やしても固まるようだけれど、冷蔵庫の中で冷やす方がもっと早く固まるようだ。
そして、完成したものがこちら。
いぎす草20グラムからかなりの量のいぎすが完成した。
指でいぎすを押すとけっこうな弾力がある。高校のとき、菌を繁殖させるための寒天培地をシャーレに作ったことがあるけれど、触った感触はまさにそれだ。
包丁でサクサク切っていき、皿に盛り付けるとこんな感じになった。
これに、醤油をかけて食べる。
はたして、自作のいぎすは、どんな味か?
自作のいぎす、もう、口に入れた時点でいぎすだった。スーパーで買って食べたやつと全く同じ味。すりごま、醤油、ほんのりとした海藻の風味。
自作でこのレベルのいぎすができるのかという驚きで笑ってしまう。いや、美味いですよこれ。美味いんだけど、いぎす自体に味がなく、あくまでほんのりとした磯の風味の寒天をすりごま醤油で食べている。という感じだ。
つまり、いぎすの「美味さ」とは、醤油とすりごまのそれであり、いぎすそれ自体の味を「美味い」といっていいのかどうか……。
生姜醤油やポン酢でも食べてみたのだけど、たしかに、それはそれで美味しいものの、ほんのりとした磯の風味がデオドラントされてしまう。やはり、すりごまと醤油で十分かもしれない。
しかし、味がないものを美味いというのはどういうことなのか。考えれば考えるほどわけがわからなくなる。
さて、ここで気になるのは、いぎすとよく似た福岡のおきゅうとである。おきゅうとはいったいどんな食べ物なのか。
福岡のアンテナショップでおきゅうとを購入してきた。
原材料名を見ると「エゴノリ、イギス」とある。
もう、この時点でいぎすとはちがうのだけれど、おきゅうとの形もいぎすとは似ても似つかないものだった。
おきゅうとは、うすい小判状のビロビロしたシート状であり、それを細長く食べやすい大きさに短冊状に切って食べるのが一般的らしい。
味は、いぎすによく似ているけれど、食感がいぎすよりもきめ細かい。おきゅうとよりも、いぎすのほうが、磯の風味がすこし強めのような気がする。
見た目も、いぎすよりも緑色が濃く、同じ食べ物かと問われると、同じとはいい難いけれど、よく似てはいる。
いぎすとおきゅうとは、ちょうど、ういろうとすあまぐらいの違いのような気がする。よく似ているけれど、違う。
どうだろうか。
というわけで、いぎすを自作して食べてみたわけだが、美味いのか、美味くないのかはよくわからなかった。
よくわからなかったが、いぎすは相変わらず存在し続け、そして、あればたべる。
そういう食べ物が、ひとつぐらいあってもいいのかもしれない。
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