夢はまだ続く
帰宅した妻が言った。
「ただいま。…この紙、剥がしてくれるよね?」
「ん~?ああ」
私は曖昧に返事をした。
だってまだ、二箱ある。
立て続けの二杯でちょっと落ち着けた。ここからはじっくり楽しんでいこう。
なんか色々思い出してしまう。私が生まれ育った江東区南砂町にもあさくまがあって(現在は閉店)、地域の子供達にとって夢のような場所だった。あれは中学校を卒業して数年経った頃だと思う。
私達の代を担当していた先生達は殆どいなくなってしまっていたが、最後にひとりだけ残っていた先生も遂に他校に移動することになった。卒業生数名で話し合って最後にその先生とご飯を食べようということになり、会場は当然あさくまに決まった。
食事会当日。あさくまに現れた私を見て、先生がつぶやいた。
「…ああ、石井君も来たんだ」
その声のトーンで初めて、私は先生に嫌われていたんだと悟った。思い当たる節もなくはなかった。食事会は終始居心地が悪く、初めてあさくまを楽しめない日になった。
三杯目を飲み干した時、パンやら何やらも食べたせいで相当な満腹感が私を襲った。でも決めたんだ。今日は無茶苦茶になるまで飲むって。
小学校低学年くらいの頃、あさくまの隣に突然中華料理屋ができた。噂ではあさくまが始めた新業態の店らしい。東京とはいえ狭い町だったので、新店オープンの噂はすぐに広まった。しかし明治通り沿いに建てられた巨大看板を見て、皆が首をひねった。
非常に変わった店の名前だったのである。それからしばらくは子供だけでなく大人達の間でも「もうナせらんぱさらん行った?」などの会話が頻繁に交わされていたが、ある時、誰かが気付いた。
「け」の左の棒が看板からはみ出していたため、片仮名の「ナ」と勘違いしていたのだ。当時の私達の町には「ケセランパサラン」が謎の生物の名前であることを知っている人など、おそらくひとりもいなかった。
なお、中華料理屋けせらんぱさらんはわずか数年で閉店してしまったと記憶している。
四杯飲んで完全に満足した。
子供の頃、大人になったらもっと賢くなっていると思ってた。もっと金持ちになっていると思ってた。もっと有名になっていると思っていた。もっと優しくなれると思っていた。今の私を見たら、子供の頃の私はがっかりするだろうか?
いや。自宅スープバーで腹いっぱいあさくまのコーンスープを満喫しウトウトしている私を見たら、きっとこう言うに違いない。
「なんだこれ。最高の人生じゃん」
この記事で言いたかったのは、子供の頃の憧れって結構叶えられるということ。あと、あさくまのコーンスープは美味いってことです。
帰宅した妻が言った。
「ただいま。…この紙、剥がしてくれるよね?」
「ん~?ああ」
私は曖昧に返事をした。
だってまだ、二箱ある。
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