チラ見せはげます会 2022年6月8日

アゲハチョウが羽化した

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アゲハチョウが羽化した(JUNERAY)

日差しの明るいある日、外を歩いていたらアゲハチョウを見かけた。
本来なら「あらきれい」と目で追いたくなるところだが、首筋からスッと血の気が引くのを感じる。
ベランダの柑橘の木が危ない。

アゲハチョウは柑橘の木に卵を産む。そしてチョウの子どもたちは、その恐ろしい食欲をもって葉を丸坊主にしていくのだ。
まだ小さい山椒の苗が丸裸にされて、太った老齢幼虫に「もう食べるものがありません」と訴えかけられたのは一昨年のこと。柚子の新芽だけ綺麗に食べられたのが去年。
今年は部屋に鉢をしまっておこうと思っていたが、遅かった。奴らはもういる。

帰宅して柚子と山椒の木を確認したら、やはり卵が産みつけられていた。夫に相談したら、彼は卵がついた葉だけ丁寧に切り取り、「散歩に行ってくる」と言ってどこかへ消えた。
帰宅したその手に葉はなかった。

鉢を部屋にしまい安心したのも束の間、床に小さな黒いゴミが落ちている。もしやと思って山椒の葉の裏を除くと、もはや緑色に成長しつつある幼虫と目があった。おまえ。一匹だけ見逃されていたのか。

それから数週間、幼虫との奇妙な同居生活が始まった。
鉢の置かれた和室を通るたびに、新芽だけきれいに食べ進めていく幼虫が視界に入る。
ねえ、それは人間が食べるために育てている葉っぱなんだよ。せめて古い葉から食べてよ。

あっという間に幼虫は蛹になった。
蝶は卵から産まれるのではなく、幼虫としてβ版の生を受け、十分な栄養を得て蛹から産まれ直すのだという。
奇妙な形の2度目の卵。段々と緑色が黒くなり、羽の模様が透けて見えてくる。
夫と2人で「電気をつけると朝だと勘違いして羽化してしまいそうだから、この部屋は暗くしておこうね」と言い合った。

ある日の早朝、早起きの夫が「羽化してる!」という声が、寝ている私の頭の霧の向こうから聞こえてきた。ややあって彼が私の部屋に来て「外に逃していい?」と尋ねる。半分寝たまま「いいよ、写真だけ撮っておいて」と言った。
外からは雨の音がする。わざわざこんな日に旅立たなくてもいいのに。

おはよう、二度目の誕生日おめでとう、でも二度とうちに来るんじゃないよ。
時計を見たら7時前で、私はまた眠りに落ちた。


終わってふたたび解説です

絵本になりそうな、はっきりした描写が目に浮かびました。 と、ほっこり読んでいたら、ラストの「また寝た」というところで笑ってしまった小話でした。

過去に掲載したライターの小話のバックナンバーは、はげます会専用ページで全部読めます。

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