江川崎から窪川までは、JR予土線で
早朝、私は6時51分江川崎駅発の始発列車に乗り込んだ。JR予土線は、この江川崎から東に位置する窪川まで、四万十川に沿って四万十町を横断しているのだ。これを利用すれば、効率良く距離を稼ぐ事ができる。
特に鉄道は、数ある交通機関の中で私が最も好む乗り物でもある。ガタンゴトンと揺られつつ、四万十川を遡りたい。
昨日自転車で走った四万十市の四万十川流域に比べ、こちら四万十町の四万十川流域は、風景の印象が少々異なっていた。もちろん、自転車と鉄道という目線の違いもあるだろうが、水の量は明らかに減っているし、周囲の山々は幾分険しくなり、谷間という感じが強まったように思える。
さらに言えば、四万十町の方がより整備されている気がする。道路も立派だし、高架になっている所や、護岸工事がなされている箇所も多い。散見できる集落も、規模が大きいようだ。
とまぁ、そんなこんなで私を乗せた汽車は東へ走る。鉄道は確かに速度が速くて便利だが、その分、どうしてもただ通り過ぎただけというような感が強い。それだと味気ないので、このまま窪川駅に直行するのではなく、途中で下車してみる事にした。
青々と茂る三島の水田に、山から上った太陽の光が注ぐ。いやはや、なんと神々しい光景だろうか。わざわざ途中下車して寄った甲斐があったというものだ。
欲を言えば、汽車がトラス橋を通る写真を撮る事ができれば最高だが、残念ながら、予土線は極めて本数が少ない路線。次の7時58分発に乗れなければ、その次は11時11分発になってしまうのだ。土佐昭和駅に着いたのが7時11分だったので、この三島訪問自体も時間的な余裕は無い。ひとしきり撮影し、鑑賞し終えたら、足早に退散して駅まで舞い戻る。
そうして、無事次の気動車に間に合う事ができた。後は窪川駅まで一直線であるが、その途中、車窓から目をやった視線の先に、気になるものがあった。
私の記憶が正しければ、四万十川が最後の清流と呼ばれる所以の一つに、ダムが無いという事が挙げられていたはずだ。しかし、私の目に見えた、あの構造物は一体……?
後ほど調べて分かった事だが、どうやらあれは佐賀取水堰という発電取水用の堰らしい。堰もダムも、水を堰き止めるという機能は同じ。日本の河川法で15m以上のものをダム、それ未満のものを堰というに過ぎないという事。
私は別にダム建設反対というワケではないし、必要があるなら作れば良いと思っているが、この堰がある以上、四万十川を「ダムが無い川」と呼ぶのはいささか問題があると思う。
タクシーに乗って市生原集落へ
汽車は定刻通り、8時半過ぎに窪川駅へと到着した。予土線が四万十川沿いを走るのはこの駅までなので、ここから四万十川を遡るには、別の交通機関を使わなければならない。
調べてみると、窪川からより上流の中土佐町大野見まで、路線バスが出ているようだ。しかし、次のバスは10時20分。まだ2時間近くもある。この余った時間をぼーっと浪費するのはもったいないので、私は途中の市生原(いちうばら)集落まで、タクシーを使って先回りすることにした。
この市生原集落から壱斗俵集落にかけての一帯にも、良い沈下橋があるというのだ。
私が乗ったタクシーの運転手は、なかなか気さくな方であった。私が市生原に行きたいと言うと「沈下橋ですか?」と即座に返してくる。タクシーで沈下橋を訪れる人が多いのだろうか。
また、その運転手さんは、四万十川の源流まで客を乗せた事もあるという。しかし道が悪く、大変な目にあったそうだ。雨降ったらやめた方が良いと言う。う~ん、思った以上に手ごわい相手なのか、四万十川の源流というヤツは。
窪川から市生原集落まではタクシーで15分程度。そこには、広々とした田園風景の中、二本の沈下橋が架かっていた。
この一斗俵沈下橋は昭和10年に架けられたもので、四万十川に架かる沈下橋の中では最古のものであるという。見た目は他の沈下橋と大して変わらないが、周囲の田園風景と見事に調和し、懐かしい田舎の風情を醸している。
私はふらふらと、四万十川沿いを北に向かって歩き出した。バスが来る時間まで、できる限り距離を稼ごうと思ったのだ。しかし、遮蔽物の無い水田地帯はそう甘くはない。強烈な太陽が照りつけ、私の体力と水分をあっという間に奪っていく。たちまち喉はカラカラに乾いてしまったが、持参したお茶のペットボトルは、既にもう空である。
私は自動販売機を求めてさまよったが、このような田園地帯にそんなものなどありはしない。周囲に人の姿も無いし、道路を通る車もわずかである。あ、こりゃまずい、そう思った。
良心市場と名付けられた無人販売所にトマトが置いてあるのを発見した時は、心の底から助かったと思った。私は迷わず財布から100円硬貨二枚を取り出すと、脇に据えられていた竹筒に投入。飛び付くようにトマトの袋を掻っ攫った。道脇の用水路で軽く洗った後、大口開けてかじりつく。
トマト特有の香りが口の中に広がったかと思いきや、物凄い量の汁気が溢れ出た。濃厚で、甘く、みずみずしい。乾いた体に染み渡るトマト汁。いやぁ、たまらん。トマトがこれほどまでに、うまいものであったとは。