ソクラテスが見つけられなかった「幸せ」
話を聞くと、出展者は会社勤めの方が多かった。本業は別に持ちながら好きなテーマを追求する。これこそ、ソクラテスが見つけられなかった「幸せな生き方」なのかもしれない。
「入場料無料にこだわっているので、正直、運営はキツイです。だから、『出展料は6000円”以上”。カンパ大歓迎』と謳っています」(竹田さん)
出展者と来場者の愛に支えられているイベントだった。
【取材協力】
おもしろ同人誌バザール
オタク的要素はほぼない。漫画やアニメとも縁遠い。そんなわけで、コミケなどの同人イベントには縁のない人生を歩んできた。
しかし、ひょんなことから「おもしろ同人誌バザール」というイベントの存在を知る。交式サイトを覗いてみると、サザエさんじゃんけん、都営バス、ハンバーグ、観覧車など、実に興味深いテーマを掘り下げているグループが多数出展するようだ。
行ってきます。
2019年11月3日(日)、イベントは東京と大阪の2会場で同時開催された。
無料で配布される公式パンフレットを入手。なんと、入場料も一切取らないのだ。
冒頭の女性グループは「しょーもな調査隊」。
どのグループ紹介文からも皆さんの熱量が伝わってくる。
トップバッターはハンバーグ研究歴12年の五島鉄平さん(38歳)。平均で週4、5日はハンバーグを食べるという。
最新刊は『何でもハンバーグにしちゃう本』というレシピ集(500円)。
「イチ推しは日本蕎麦で作る『そばーぐ』。味付けは麺つゆのみですが、これがすげえ美味い。ぜひ試してみてください」
ちなみに、外食部門でアツいのは東京のあらかわ遊園近辺だという。中でも五島さんが足繁く通っているのは荒川車庫前の「クールカフェ」と町屋の「ハンバーグレストランまつもと」。よし、いい話を聞いた。
参加していないサークルの同人誌を紹介するブースもあった。
ここで目に飛び込んできたのが「サザエさんじゃんけん白書」という文字。アニメ『サザエさん』の番組終わりに放映されるじゃんけんコーナーでサザエさんが出す手の統計データを分析しているという。
「1991年にじゃんけんが始まったことが当時のネット掲示板で話題になったんです。そこからいろんな人が分析を始めましたが、結局みんな飽きて辞めちゃって残っているのは私だけ」
これまでの全データが載っているこの冊子は200円。データが残っている1996年以降で高木さんの通算勝率は71%。ガチンコの研究なのだ。
「日曜の18時半に自宅のテレビの前にいないのは年に数回。もちろん、『サザエさん』というアニメ作品自体も好きです」
さらに、すぐ近くの第2会場「ベルサール神保町アネックス」に向かう。
エントランスでは本館で売られている商品の見本が並べられていた。
こちらの会場も大賑わいだ。
主催者である臼井総理さんと竹田あきらさん(ともに45歳)にご挨拶。撮影の際は「僕ら、コンビなんで立ち位置が決まっているんですよ」。
このイベントを始めた経緯についても聞いた。
「2013年ぐらいから食べ物をテーマにした同人誌を2人で作っていたんですが、そういう情報系の同人誌ってアニメやコミックに比べて、まだまだ少数派。でも、面白いものを作っている人たちがたくさんいる。じゃあ、自分たちでイベントをやろうとなりました」
第1回の開催は2016年6月。池袋東口の「ニコニコ本社」イベントスペースを借りた。物語系2次創作とR-18以外なら何でもOKという出展条件で、39のサークルが終結。時は流れて今回は8回目だが、出展サークルは250に増えた。
なお、臼井さんと竹田さんもブースを出している。
「これまで、麻婆豆腐の素をテーマにした冊子を6冊作ってきたんですが、その総集編です。200種類以上の商品をフルカラーで紹介。丸美屋さんにも取材しているし、もはや、同人誌のレベルを超えています」
感嘆しつつ、会場内を散策。「いぬくそ看板」というポップな文字列が目に留まった。ブースの主は坂田恭造さん(38歳)。
ここまで熱が入っていると「ベストいぬくそ看板」を知りたくなるのが人情。しかし、坂田さんは「ベストとかは気にしていませんが、これなんて興味深いです」。
「僕は『怨念系』と呼んでいるんですが、相当怒ってますよね。手書きの文字に書いた人の感情がダイレクトに伝わってくる」
お次のブースは哲学がテーマ。「A4一枚でソクラテスが理解できるペーパー」を無料で配布していた。
筆者はペンネーム・丸猫さん(28歳)。
「ソクラテスは哲学の祖と言われて、高尚で偉い人と思われていますが、実はかなり変な人。街角で市民に議論をふっかけては論破しまくるという困ったおじさんでした」
なお、ペーパーによればソクラテスは「幸せな生き方」を模索し続け、明確な答えが見つからないまま死んだそうだ。通読して彼を理解できたとは思わないが、少なくとも親近感は湧いた。
並べられた同人誌のジャンルは実に多岐にわたる。中には「山手線の駅構内のトイレ」を研究している人もいた。
「QRコードでPDFをダウンロードしていただく形です。例えば、目黒駅だと×が付いている車両は階段を上っても下ってもトイレはありません」
東屋敷さんいわく、「人によっては漏れそうな時に動くのがダメというパターンも。そんな場合は、自分が乗っている車両の最寄りにトイレがある駅まで我慢するのも手です」
さて、お次は「観覧車」。
「好きになったのは2003年ぐらい。ベスト観覧車ですか? 総合力という意味では、よこはまコスモワールドの『コスモクロック21』でしょうね」
男性も言う。
「レアなのは名古屋栄、三越百貨店の屋上にある観覧車。老朽化で動かないんですが、国の登録有形文化財にも指定されています。ただ、ビルの建て替えが決まっているので、いずれはなくなっちゃうんですよね」
おもしろ同人誌巡りも、いよいよラスト。記事冒頭でも紹介した『オタクのメガネ率、調べてみた。』を作った「しょーもな調査隊」。
「アニメイトとかコミケの会場に行って、スマホのカウントアプリで数えました。トータル1万9000人のデータによれば、オタクのメガネ率は34.1%です」
これを多いと見るか少ないと見るか。ちなみに、都内の主要駅で「一般人」のメガネ率を調べたところ、25.3%だったそうだ。
話を聞くと、出展者は会社勤めの方が多かった。本業は別に持ちながら好きなテーマを追求する。これこそ、ソクラテスが見つけられなかった「幸せな生き方」なのかもしれない。
「入場料無料にこだわっているので、正直、運営はキツイです。だから、『出展料は6000円”以上”。カンパ大歓迎』と謳っています」(竹田さん)
出展者と来場者の愛に支えられているイベントだった。
【取材協力】
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