特集 2021年2月9日

腹話術で合唱をしてみたい

真顔から合唱が聞こえてきます。

腹話術で合唱したら楽しそうだと思った。全員口を閉じて真顔なのに、その集団から合唱が聞こえてくるのだ。だって合唱である。真顔から最も距離のある行為と言ってもいい。

脈絡のないふとした思いつきだったが、どうしてもその映像が見たくなり、やることにした。腹話術で合唱。

1987年東京出身。会社員。ハンバーグやカレーやチキンライスなどが好物なので、舌が子供すぎやしないかと心配になるときがある。だがコーヒーはブラックでも飲める。動画インタビュー

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腹話術で合唱とは

腹話術とは、口を動かさずに声を出し、あたかも手元の人形がしゃべっているように見せる話術である。しかし今回は人形は使わない。

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本来の腹話術。
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今回は、人形無しでしかも歌う。

どう見ても歌ってないでしょう、という人の顔から歌声が聞こえてくるおかしさがあり、それが大勢いると迫力が出て良いんじゃないかと思うのだ。真顔の集団から聞こえてくる合唱。

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まず成果物を載せます。

腹話術師の方々に歌ってもらったり合唱団に腹話術を練習してもらえたら最高だったのだが、そんなツテはないので自分たちでやることにした。歌った様子がこちらである。

左上から編集部の藤原さん、筆者、ライターの北向さん。下段が左からライターの江ノ島さん、編集部の安藤さんである。この5人で口を閉じたまま『翼をください』を歌った。

なんか、すごい。なんかすごい映像ができた。おかしいと楽しいと怖いと不安が混じった感情が胃から込み上げてくる。笑うしかないんだけどなんで笑ってるのか分からない。なんかすごいのだ。とりあえず翼はもらえそうにない。

とにかくこれが僕たち腹話術合唱部の第一回発表会の様子である。僕は発表会の翌日いっぱいまで、その異様な時間に当てられて頭がグラグラしていた。人生観を変えないタイプの芸術である。そういうのがあるのだ。では次からこの合唱ができるまでを紹介します。

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部員集めだ

自分がどうしても見たい映像があるのだが、自分だけでは実現しない。これは合唱じゃないといけないと思うのだ。しかし皆さんに発表する前提で歌ってください、しかも腹話術で、というのはハードルがかなり高い。恐る恐るお願いしたら皆さん快諾してくれた。本当に嬉しかった。

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嬉しさのあまり部活を作ってしまった。嬉しくて部活を作ることってあるんだ。
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みんな少し戸惑っていた。言ってなかったもんな。

とにかく部活ができた。課題曲と発表会(という名の収録)の日程を決めたら、各々腹話術を練習してもらう。そもそも腹話術なんて素人ができるものなのかという不安はあったが、事前に自分でやってみて手応えを得ていたのだ。

なんか真顔から歌が聞こえる感じがする。画面を通して見ているので、細かい動きが気になりにくいというのもあるかもしれない。時勢的にリモートで合唱をすることになったが、今回はそれが良い方に転がったと思う。今回をステップとして、将来はお客さんを呼んでライブで合唱をしたい。全国大会で優勝もしたい。

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皆さんにも練習の様子を撮ってもらった。
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本番に向けて意見を出し合っている。良い感じだ。
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練習してみて分かったこと

一週間ほど皿を洗いながら、掃除機をかけながら腹話術の『翼をください』を練習した。口はほんの少し開けて、口の中を広く使って発声する、というのが基本みたいだけど、僕の場合は更に少し歯を噛み締めるとうまくいった。

あと、口の開け閉めで音を出すマ行、パ行、バ行は腹話術素人には発声できない。ではどうするのかというと、似た音で代用する、というのが手取り早い方法のようだった。つまり、つ「ば」さをください、は、つ「だ」さをください、と言うとはっきり言っている風になる。

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【速報】翼をもらえなさそうな人たち、「つださ」を欲しがっていた。

そう、「つださ」を「はたねかせ」行きたい人たちだったのだ。そこまで言うなら頑張ってはたねかせて欲しい。つださを。

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そしていよいよ本番

順調にことが運びいよいよ本番となった。

合唱のためのツールだが、リモート会議でよく使われるZoomだけでは音声にラグが出るので声をそろえられない。そのためリモートのセッションのために作られたYAMAHAのSYNCROOM(シンクルーム)というアプリも同時に使うことになった。映像はZoomで見ながら、音声はシンクルームで聞くのだ。幸い映像の方は口も含めてほとんど動かないのでラグがあってもなんとかなるだろう。

…そう思っていた。そう思っていたのだが、あろうことか言い出した僕のインターネットの環境に問題があってシンクルームにうまくつながらなかった。嫌な汗をかいた。

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この日のために15mのLANケーブルを買っていたのだけど、そんなに長くなくてもよかったしそもそもつないだところでうまくいかなかった。

せっかく予定を合わせて集まったので、できる環境でなんとかやろうと試行錯誤してうまくいったのが、YouTubeを同時に再生できるツールで歌い出しとテンポを合わせ、映像だけ共有しながらそれぞれの歌を手元のレコーダーで録音(Zoomに音を乗せちゃうとラグが出るので)、あとでZoomの映像に重ねる、という方法だった。

だから厳密な意味で部員それぞれにとっての合唱は実現していない。自分が口を閉じて歌うこの世界のどこかに、完全に同じタイミングで口を閉じて歌う4人が存在した、というところまでである。「あの人も同じ月を見ているのかしら」とうっとりするやつだ。そう、見ていた。口を閉じて。同じ月を。

そんな経緯があり実現した発表会だった。同じ動画をもう一度貼っておこう。

次こそはシンクルームにつないでリアルタイムで合唱をしたい。そして全国大会で優勝して顧問の先生を胴上げしたい。真顔のトロフィーもらって部室に飾りたい。そういう情熱がある。

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笑わない努力

もう一つ、実現に向けて大変だったことがある。

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笑っちゃうのだ。
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全然慣れない。
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なんだよ。なんなんだ、もう。(北向さんいなくなった)

練習で、音声がずれてもいいのでZoomで合唱してみようとなった時の様子である。口を閉じた人たちの不安げな歌が重なって聞こえてきてどうしても笑ってしまう。色々試したが、他の人を見ない、他の人の歌を聞こうとしない、という力技で笑いをこらえるしかなかった。そんな合唱あるのか。

この頃から考えると、最後まで歌いきったあの動画の僕たちは本当に偉い。終わる頃には笑いをこらえすぎて体に力が入らなくなっていた。

しかし、おもしろくておもしろくてもうどうしようもない、みたいな経験は久しくしていなかったので何かのデトックスにはなったと思う。口を閉じた僕の体のどこからか悪いものが出ていったに違いない。

青春があった

以上が、僕がどうしても見たかった映像が実現するまでの経緯である。やっていることは異様だが、人を集めて部活を作り試行錯誤するのは青春以外のなにものでもなかった。あの時の僕は、まさに翼を得たような推進力を持っていたのだ。こういうちょっと恥ずかしい締め方もするのだ。それが青春だから。


普通に会話してもいい

時間の都合により安藤さんが退室した後になってしまったが、腹話術で普通の会話をしたらボラギノールのCMみたいになるかなと思ってやってみた。なった!

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