特集 2024年2月26日

フグの猛毒が「なんか消える」禁断のグルメ体験

奇跡の仕込みを見た

ペペロンチーノはいいが忘れてならないのがテトロドトキシンである。フグの卵巣には青酸カリの1,000倍もの強さをほこる猛毒テトロドトキシンが含まれており、この豊穣な味わいを楽しむには何らかの方法でこの毒が消されていなければならない。

この奇跡の発酵食はどのようにして作られているのか。ぬか漬けが仕込まれている加工場を見学させてもらった。

美川漁港にたたずむ加工場。
荒木社長の案内で加工の現場へ!

「そこに青い容器があるでしょ。ここで卵巣を塩漬けにしています。塩蔵っていうんだけど。ここで1年間漬けておく」

落し蓋と石で押さえつける。「漬け込んでいると浮いてくるので空気に触れて酸化しないように押さえつけています」このあたりは野菜の漬物にも通じるものがある。
容器には入荷日や塩蔵開始日が記されたラベルが付けられている。
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--フグはゴマフグを使うんですか?

「そうですね。漁獲量が安定しておるし、春に取れたゴマフグは産卵期でいい卵を持ってるので。選定した魚から卵巣を取り出して約30%の塩水に1年間漬けます。この段階で漬け汁に毒が移行してかなり毒が抜けるけど、まだ出荷できるまでにはならないです」

別室では1年の塩蔵期間を終えて取り出された卵巣をぬか漬けにする作業が始まっていた。

「なんか企業秘密的な、撮っていけないものとかはありますか?」「いや、ないよ」
塩蔵から取り出した卵巣、水っ気が抜け、鳥ムネ肉のように締まって見える。

「樽の中に卵巣を並べて、その上にぬかを敷いて糀(こうじ)を入れて、また卵巣を並べてというふうに重ねていく。大きさにもよるけどひと樽で7段くらい層ができる感じやね」

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「上まで詰めたら木蓋をして、石を乗せて倉庫で発酵させます」

– あとは放っておくんですか?

「いやいや、塩漬けの時みたいに、これも空気に触れると酸化して腐ってしまうから、魚醤をさして空気を遮断しないといけない」

– 魚醤?

「いわしを塩漬けして出てくるエキスですね。ただ酸化を防ぐだけでなく、ぬかに吸わせて、旨味を出していくんです。うちはいわしの漬物もやってるんで、いい魚醤がたっぷり使える。これだけだと塩分濃度が25度と高いので塩水を足して18度ぐらいまで薄めていきます」

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いい魚醤がたっぷり。塩水で塩分を薄めるというしょっぱさエリート界のふるまいがある。

「汁をさして必ず蓋の上までひたっているようにする。漬けたばかりの春はぬかが汁をよく吸ってすぐ乾いてしまうから、毎日状態を見て、汁を足していくんです。腐るのを防ぐのと、味をつけるのと、両方」

魚醤を薄める水には日本三大名山のひとつ、白山の伏流水を使用している。

「これで2年間、倉庫で本漬けして、石川県予防医学協会の毒性検査を受けて毒量が可食可能とされる10マウスユニット(MU)/g※以下になっていれば出荷できるわけです。ただ、うちはさらに下の5MU以下という独自の基準でやっています」

※マウスユニット:フグの毒量を表す単位。体重20グラムのマウスを30分で死亡させる毒量が1マウスユニット。人間の最小致死量は10,000マウスユニットとされており、例えば1000マウスユニット/gの毒量を持つフグの部位を10g以上食べると命に関わることとなる。

絶賛発酵待ちの倉庫へ。

実に3年をかけて、フグの卵巣に5,000〜10,000MU/gも含まれていたテトロドトキシシンは10MU/g以下にまで減少するのだ。

発酵が進むと樽の隙間から染み出した魚醤が結晶化し、樽が赤みを帯びてくる。

わからないうちは変えない

 – よく見ると卵巣を入れてる木樽も随分使い込まれてますね。

「もう50年か60年ぐらい使っとるね。この木樽を作る職人がいなくなってしまって、修理したりしながらずっと使ってます」

– 新しい樽を作ったり容器を変えたりできないんですか?

「毒がなぜ消えるのか完全にわかっていないでしょ。つまりそれは”毒が消えないかもしれないやり方はできん”ということなんですよ」

– あ、そうか!再現性はそこで守るしかないんですね。

ふぐの子のぬか漬けが「奇跡の発酵食」と呼ばれるゆえんである。毒の消えるメカニズムは完全に解明されておらず、「昔から塩漬けしてぬか漬けするとなんか毒が消える」のだ。

塩蔵の段階で毒成分が塩漬け液に流出し、1/10程度に減毒され、ぬか漬け段階でさらに毒性が抜けることはわかっているが、原因をはっきり突き止めたということにはならない。

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ぬか漬けの時には強い塩分の中でも活動できる発酵微生物の働きで減毒されているとか、いや、使う魚醤も塩分たっぷりだからやっぱ塩の作用なのでは、など諸説が唱えられている。2018年にはフグ毒の研究に長く携わる新潟食糧農業大学の長嶋裕二教授より「微生物の有無は減毒に影響せず、塩漬けにより塩漬け液へ毒が流出し、拡散されることが原因だ」という研究結果が発表されている。<参照:日刊水産経済新聞2018年11月21日号>

「うちらは100個作って100個安全でなければいけないし、江戸時代から行われてきた伝統のやり方で事故を起こさずにきたので認められている。だから塩漬け・ぬか漬けっていうことだけじゃなくて、その漬け方とか道具とか細かいやり方も頑なに守ってやってきたわけです。そういう責任があるから昔のやり方をきちんと守っていかないといかん」

散策していると木樽が軒下で干されているのをたびたび見かけた。どの店でも大切に使われているのだ。

「しかし、どれほど先かわからんけど、いつかは木樽も使えなくなったりするわけで、確実に原因が解明して安全な製法ができれば道具を作れるし、ぬか漬けや粕漬けの他にもっと変わった味付けなんかもできるようになるし、そうなってくれるとありがたいという思いももちろんあります」

あら与ではこの不思議でうまい珍味をなるべく多様な方法で楽しんでもらおうと、フリーズドライにしてふりかけにしたり、多様なアレンジ商品を販売している。

必殺の猛毒を持つ魚と、なんだってかそんな魚を食いたがる人間との奇妙なコミュニケーションはまだ続いていくだろう。我が家の冷蔵庫の棚の一角を占領したふぐの子を見ながら、入っちゃったなあその中にと思った。


2023年5月、美川を含む白山市一帯は世界ジオパークに認定された。そこで視察に来たジオな方々にあら与は注目を浴びたという。
「いつものように毒の消える漬け方がすごいとかそんなのかと思ったらみんな上に乗ってる石がいいって(笑)、これもかなり長く使ってるやつやからね」

伝統を守り続けているといろんなエピソードが強いと思った。

■取材協力:あら与:https://arayo.co.jp/
「禁断のグルメ」は通販も可能、でも行くのがよいですよ。

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