よのなかの仕組みが見える
よその業界のハウツー本はよのなかの仕組みが見える。なぜ飲食店の内装がああなっているのか、洋服屋の店員はなぜああ言うのか、ひとつひとつ理由があったのだ。それはたくさんの人が商売がうまくいくように時間をかけて編み出した方法である。
だから僕が思惑通りにものをほいほい買うのは必然と言える。
タイトルの「八方ふさがり」「じり貧」「客ばなれ」という言葉が強かったので買ったが、内容は実用的だった。
自分の仕事と関係ない業界のハウツー本ばかり読んでいる。
気楽に読めるからだ。
関係がないし、おぼえなくて良い。
これがウェブサイトの運営についてのハウツーだったら、いろいろメモしたり、できてないことを反省したりしてしまう。
そんなことなしに純粋な読み物として楽しめる。
関係ないながらもへーそりゃ大変だなー(他人事)と思ったところをいくつか紹介したい。
といいながらもまずは客の立場として心当たりがある飲食店のハウツー本だ。
飲食店において最も重要なことの一つが入店第一印象です。(中略)オープンキッチンはできるだけ入り口に持ってくることがポイントです。
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次点の主力商品は他店よりも大きめのサイズにするのもおすすめです。(中略)どのくらい他店と差をつけるのかと言うと、約1.3倍が目安です。
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重さを感じる焼鳥の刺し方)焼鳥の重さをより感じる方法として、先っぽを重たくするというのがあります。
- 湖崎一義 『飲食店の繁盛アイデア77』(同文館出版 2018)p.38 p.92 p.104
客の前でステーキにソースをかけたり、メニューの目立つ位置に主力商品を載せるなどの具体的なハウツーが載っている。すべて心当たりがある。狙い通りに注文して喜んでいる自分の姿を思い出す。
しかも心当たりの半分は新宿・靖国通り沿いの天狗だ。あの店では席が準備できるまでオープンキッチン横で待つのだ。なんどあそこで焼鳥が焼けるのを見たことか。
ファッション販売員 プロの常識ブック 「ファッション販売」編集部 商業界
洋服屋さんで働く人のハウツー本である。売れる販売員がしている31の常識という章に「マイ決め言葉」を持っているという項がある。
販売員ならばここの「似合う」に一番心と感情を込めなければなりません。この似合うということを表現する決め言葉を持っていますか?
「めっちゃ似合うじゃないですか!」「やばいですね」「似合いすぎですよ(笑)」
ー 「ファッション販売」編集部 『ファッション販売員 プロの常識BOOK』 (商業界 2013年)p.29
このままのセリフを言われたことがある。そうかあれは定番の質問だったのか。「正しい接客言葉への言い換え集」の章も実用的だ。
万人向けって言っちゃいそうだな、気をつけなければ…と思いかけたが僕は販売員ではなかった。
「誰?」は言われたらちょっとうれしい気もする。
これは関係がないとは言えない。欠陥商品などビジネス上での詫び状のほか、個人的な詫び状の例も多く載っている。目立つのは酒がらみの文例である。目立つというか目が行ってしまうだけかもしれない。項目だけ紹介したい。
故意に公共施設を損壊した場合
(酔っぱらって公園のトイレの鏡とドアを壊したときの文例)
酒場で備品を損壊した場合
(酔っぱらって店の看板を壊したときの文例)
泥酔して近隣に迷惑をかけた場合
(酔っぱらって近所の家の門を壊したときの文例)
泥酔して友人に迷惑をかけた場合
(詫び状のなかに「妻の話では家まで送ってくれた貴兄にわけのわからないことをしつこく言っていたそうで」とある)
ー紫倉轍『誠意が伝わる 詫び状・始末書の書き方』( 日本文芸社 2003年)
最後のシチュエーションと文例はとても胸に刺さる。ほんとうにすいませんでした。
さすがと言わせる「乾杯・締め」のスピーチ 佐野常夫 日東書院
社長や役員といった役職についている人は挨拶がうまい。宴会で急にふられてもそれなりにちゃんとしたことを言う。どこかで習っているのだろうか。
さて、この本のいちばんのへーは挨拶のルールでである。まずそれを分かってなかった。
公的な宴会の場合には「発声」がふさわしいし、重みがあります。(中略)親しみのある人たちの場合は「音頭」でよろしいです。(p.17 乾杯の発声を指名されたら)
中締めではスピーチのあと、一本締めがふつうです。「それではお手を拝借」と言って、三三四拍子の一本です。「万歳」の場合も、スピーチのあとに1回するとよいと思います。三本締めや万歳三唱は、お開きになる大締めに限られます。
(p.22 中締めはどのようにするのか)
ー佐野常夫『さすがと言わせる「乾杯・締め」のスピーチ』(日東書院 2000年)p.17 p.22
中締めと大締めは回数が違うのだ。中締めで万歳三唱をしたら、大締めで六回ぐらいやらないとバランスが取れない。
具体的なスピーチ例としては 業者として参加した忘年会での乾杯といった胃が痛くなりそうなシチュエーションから、銅像除幕式祝賀会の主賓などレア物まで幅広い。
「校長のあいさつ」12ヶ月 心が届く77文例 露木昌仙 教育開発研究所
校長先生も挨拶である。この本ではPTA、入学式、運動会などイベントごとの挨拶例が載っている。あいさつの内容はどれも校長らしくて素敵である。
保護者の皆さんから「子どもを健やかに育てるためには、どんなことが大切ですか」と聞かれます。私は「水(H2O)」の心が大切です」と答えています。Hが2つとOが1つ。ひとつめのHは「HomeruのHo」。ふたつめのHは「HagemasuのH~(以下、ネタバレになりそうなので略)
(新一年生保護者会)
おはようございます。皆さんが待ちに待った合唱コンクールを迎えました。各学級の準備はよいでしょうか。(音楽祭・合唱祭③ 中学校)
ー露木昌仙『「校長のあいさつ」12ヶ月 心が届く77文例』(教育開発研究所 2013年)p.58 p.87
「待ちに待った!」学校でよく使われる形容詞である。社会人になるとあまり言わない。「待ちに待ったISO内部監査」などと言ってみたい。
みどころは巻末の執筆者の役職である。すべて校長なのだ。全員、校長というアウトレイジ状態である。
学校ものでもうひとつ。
先生が教室でするお話のネタ本である。季節に合わせた有名人のいい話や名言が載っている。
諸君は必ず失敗する。ずいぶん失敗する。大隈重信
(5月のいい言葉)
人類がいつから水泳を始めたのかはわかっていません。(中略)「古事記」には、イザナギノミコトがみそぎをした問記録がありますから、ずいぶん古くから行われていたのでしょう。
(6月の話題 子どもたちへ プールでの安全)
ー 奥平厚洋『ジーンとくるお話文例集』 (小学館 2015年)p.12 p.26
プール開きでいきなりイザナギノミコトが登場したし、大隈重信の名言がとても良い。「ずいぶん失敗する」、この言葉は初めて聞いたが、心当たりがある。
1月生まれの偉人のエピソードにジャイアント馬場が登場している。ジャイアント馬場の残した言葉はこちら。
真剣ともエンタテイメントとも受け取れる言葉だと思う。教室で先生が話しているところを想像する。
「なにがなんでも」という学習まんがのような言葉のあとに債権回収というギャップ。タイトルに惹かれて恐る恐る買ってみた。
いきなり将校になった。借金をしているほうが大変だと思っていたが逆らしいのだ。
ということでこの本はお金を返してもらえない側にたったハウツーが書かれていた。
のわりには後半、債権者の会社に回収に行って「パトカー呼びますよ」と言われたときにどう返すかの対応が載っていて実用的である。
惣菜弁当実売調査-盛りつけのヒント 日食外食レストラン編集部 日本食糧新聞社
実際に売られている弁当の写真とともにその盛りつけの工夫を解説している。とても実践的で腹が減る。
イカゲソのペペロンチーニの解説はこんな。
もしネーミングが「イカゲソのニンニク炒め」だったら、同様商品と同じ印象で「お父さんのおつまみ」だ。しかし「ペペロンチーニ」とネーミングしオリーブを添えたことで、ワインにもマッチするオシャレなアンティパストとなり~(以下略)
ー 日食外食レストラン編集部『惣菜弁当実売調査-盛りつけのヒント』(日本食糧新聞社 2017年)p.148
「スープストックトーキョー」は「東京スープ本舗」だったら違う客層になっていただろうと話していた知人がいたが、まさにそれである。
コンビニ店長の心得、やることを力強い文体で書いてある。いつも行くコンビニ(の店長)の気持ちがわかる。
「新商品は3日で見切る」の項では
メーカーの悲鳴が聞こえそうなハウツーである。
ほかにも、廃棄があるから仕入れを少なくする→最後のひとつは売れないからまた残る→また少なくする→店がスカスカになるという負のスパイラルなど怖い実例も紹介されている。
ウェブメディアでも受ける記事だけ載せようとすると同じことが起こる。
ホースが破れてしまうポイントやホースの巻き方が載っている本。消防士にとってのホースの大事さがよくわかる。
ホースの巻き方の名前が「島田巻き」「菊水巻き」「名古屋巻き」など玄人っぽい。消火の現場で使う乗り物が紹介されている。楽しいと言ってはいけないのだけど楽しそうだった。
よその業界のハウツー本はよのなかの仕組みが見える。なぜ飲食店の内装がああなっているのか、洋服屋の店員はなぜああ言うのか、ひとつひとつ理由があったのだ。それはたくさんの人が商売がうまくいくように時間をかけて編み出した方法である。
だから僕が思惑通りにものをほいほい買うのは必然と言える。
タイトルの「八方ふさがり」「じり貧」「客ばなれ」という言葉が強かったので買ったが、内容は実用的だった。
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