夢があるぞビール泡
「お酒は飲めないが、お酒への憧れはある」という意見を下戸の友人から聞いたことがある。
今回作ったビール風ドリンクを飲み会で用意できれば、お酒が弱い人に雰囲気だけでもビールを楽しんでもらえるのではないか。
泡が増えていく様子もおもしろいし、割り物によっては想像してもいなかったような新たな飲み物ができる可能性もある。親しい人たちと集まって、わいわい試してみたい楽しさがある実験だった。
子供のころ、ビールの泡が好きだった。
もこもこした泡はかわいいし、ビールを飲んで泡を口ひげのようにくっつけている大人は楽しそうに見えた。
現在ならこども向けのビール風ジュースが販売されているが、私の幼少期にはまだ存在していなかった。
炭酸ジュースの注ぎ方を工夫して、自力でもこもこ泡を再現しようとしては、ふくらむことなく消える泡に首を傾げていたと記憶している。
成人をとうに過ぎビールも飲めるようになった今、童心に返り、泡立つジュースを作りたい。あわよくば口ひげを乗せたい。幼女時代に抱いていた、もどかしさを晴らすのだ。
泡ひげを作るためにビールの泡の成分に注目した。調べてみると、秘密は二酸化炭素とタンパク質にあるらしい。
泡の素である二酸化炭素(炭酸ガス)を、ビール特有の成分が包み込むように作用するという。
その成分のひとつが、タンパク質だ。炭酸ガスは表面をコーティングされたようになり、結果泡が長持ちするのだとか。
つまり、普通の炭酸ジュースでも、タンパク質を加えればビールのようなもこもこした泡が生み出せるのではないか。作ってみよう。
実験のために用意したのは、ゼラチンと重曹、そしてクエン酸。この3つをいい感じに組み合わせれば、飲み物と混ぜるだけでビールのような泡が生まれる「ビール風ドリンクの素」ができるはずだ。
ゼラチンはタンパク質から作られているということは、記事「ホースでゼリーを作る」を執筆する際に、ゼリーの原料について調べていて知った。味もほとんどしないので、今回の実験にちょうどいい。
「ビール風ドリンクの素」の作り方自体は、重曹とクエン酸を水に混ぜるという炭酸水のレシピをアレンジすることにした。このレシピは以前炭酸水メーカーについて調べているときに知った。
くわしい方法は先で説明したい。さっそく実験にとりかかろう。
鼻を近づけてみると、何とも表現できないにおいがモワ〜ンとした。ゼラチン臭だと思うが、口に入れるのが少しこわいくらい、強めににおう。
重曹を鍋に入れた時よりはっきりとした泡がでてきた。むずかしいことはわからないが、いい感じに炭酸水ができているということなのでは!?
ここに飲み物を加えて、ビールのような泡ができたら成功だ。
いきなりビール風ができたことにより満足しかけてしまったが、そもそもコーラには炭酸が含まれている。無炭酸の飲み物でも試してみよう。
せっかくなのでビール代わりに飲みまくっていた思い出のジュース代表、コーラを注いでみることに。
「今炭酸水作ったのにコーラを入れるの?」と思うかもしれないが、ここは一旦スルーしてほしい。
液体と液体を混ぜ合わせただけでビール泡、いや、コーラ泡が!
コーラの表面が見えるまで観察する気でいたが、そこそこ待っても消える気配が無かったので飲んだ。目の前の泡に耐えられなかった。それでも5分は待ったことを報告しておきたい。
先ほど感じた不安になるにおいは、コーラの香りにまぎれたのか気にならなくなっていた。
料理とは科学だとよく聞くが、これは調理室で理科の実験をしているような気分。
コーラのボトルにメントスを入れて吹き出させる遊び「メントスコーラ」も、コーラの中の二酸化炭素がメントスのタンパク質と反応しているらしい。そう思うと今回の泡の爆誕っぷりも納得である。
無炭酸でもいけるのでは!?と淡い期待を(泡だけに)抱いていたが無理っぽい。おまけに味もおいしくなくなってしまった。
重曹とクエン酸で作った二酸化炭素はなんだったのか。仕事してないじゃないか。ちょっと反則技っぽいが、市販の炭酸水を加えることで強制的に泡立たせることにする。
炭酸水もそこそこに、さらにレモンティーを加えたものがこちら。
錬金術か、マジックみたいだ。飲めばなんてことない(微炭酸)レモンティーだが、見た目は子供の頃にイメージしたビールそのもの。楽しい。
当初の狙いとは違うけれど、とにかく炭酸水とゼラチン重曹液、クエン酸を入れれば無炭酸飲料でもビールのような泡ができるようだ。この方法をいろんなドリンクで試してみた。コーラ以外の炭酸飲料、スポーツドリンク、無糖飲料、野菜ジュースなどなど。
そのうちどの飲み物でも「ビールのような泡」を作ることができたし、炭酸のシュワっと感が備わる以外は飲んでみた印象もほとんど変わらなかったが、そのなかでも特に印象に残った3種類を紹介したい。
要は黒酢のソーダ割りだが、見た目がお酒っぽいぶん飲みやすくなった。視覚情報に惑わされている。
お酢を飲むということに抵抗感が強い方だが、酸味の強いカクテルだと思えばいける。お酒を飲んでいるつもりで健康になれてしまう。
100%ぶどうジュース、ウェルチ。味が濃いので炭酸水で薄めても大きな変化が無さそう、という理由でチョイスした。実際その通りだったのだが、泡の変化が気になった。
立派な泡ひげ作りに最適な、しっかりとした泡ができた。しかし飲めば飲むほど泡は口から遠ざかっていくので、一向に泡ひげを生やすことはできず、砂漠のオアシスのようだった。
最後はカップのスムージー。素材感のあるドリンクのなかで、これが一番おもしろかった。
見た目も味わいも他の飲み物とは異なるのだ。
泡立ちが足りていないようにも見えるが、実際はジュースの中の果肉が表面近くにまで上ってきていて、泡と一緒に浮いている。飲んでみると、とろけたマシュマロをのような、とろとろ・ふわふわとした不思議な食感が生まれていた。病みつきになるうまさで泡ひげを試すのを忘れた。
最終的に実験はうまくいったが、無炭酸ドリンクはなぜ泡立たなかったのだろう。理科の先生でもあるDPZライターの加藤まさゆきさんに聞いてみました。
【加藤さんコメント】
レモンティーを注いだ際に泡が発生しなかったのは、そもそも二酸化炭素が水に溶ける力はそんなに強くないからです。レモンティーにクエン酸と重曹を混ぜて炭酸になるかというと、ほぼほぼなりません。
市販の炭酸水は、機械で加圧して大量の二酸化炭素を無理くり溶かしこんでいます。
クエン酸と重曹を混ぜて作った炭酸水はそういったプロセスを踏んでいないので「ほんのり二酸化炭素が通過した水」レベルなんですね。さらにナトリウムの味がするので、まずくて弱いひよっこ炭酸水。
そういう意味では無炭酸の飲み物で泡を作るために、重曹とクエン酸で作った炭酸水ではなく、市販の炭酸水を入れたのは正解です。
なるほど!炭酸の「強さ」は意識していなかった。
炭酸が抜けかけたジュースや、微炭酸飲料もほとんど泡立たない。重曹とクエン酸でできるものが「二酸化炭素が通過した水レベル」なら、そりゃ泡立つはずがない。
モヤモヤと謎が残っていたが、加藤さんのおかげで腑に落ちた。
「お酒は飲めないが、お酒への憧れはある」という意見を下戸の友人から聞いたことがある。
今回作ったビール風ドリンクを飲み会で用意できれば、お酒が弱い人に雰囲気だけでもビールを楽しんでもらえるのではないか。
泡が増えていく様子もおもしろいし、割り物によっては想像してもいなかったような新たな飲み物ができる可能性もある。親しい人たちと集まって、わいわい試してみたい楽しさがある実験だった。
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