特集 2021年5月31日

社会人のためのデッサン教室に通った

「絵を描く仕事」なんていうと、まるですばらしい、憧れの仕事のように聞こえるかもしれない。しかし絵がロクに描けないのに、絵を描く仕事をしている、という人もいるのだ。僕のことである。

そんな人は世の中に意外と多いようで、社会人のために絵の基礎であるデッサンを教えてくれる教室がある。そこにちょっとだけ通ってみることにした。

本業は指圧師です。自分で企画した「ふしぎ指圧」で施術しています。webで記事を書くことをどうしてもやめられない。(動画インタビュー)


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僕の絵の悩み

僕はいま、文章を書いたり、かんたんな絵やマンガを描いたりして生計を立てている。僕の絵は以下のような感じである。

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note 斎藤充博 「会釈」より

僕は絵を描くのが特に好きでもなんでもない。これ、「絵を描くのが好き」という人の絵ではないでしょう。妻の太ももがペラッペラになっているし。とりあえず人に伝える手段として、絵を選んでいるだけだ。

でも、こうして絵やマンガを描いていると「もっとキャラクターにいろんな動きをさせたい」と思うようになってくる。

たとえば、マンガの中で「キャラクターがゴロンと寝転がってテレビを見てダラダラしている」ところを描こうとしたことがあった。単純そうだが、意外と難しい。数時間描いてもまとまらなかった。結局「寝転がってテレビを見る」のは諦めて、「座ってテレビを見てもらう」ことにした。自分がうまく描けないせいで、話の内容の方を変えなくてはいけない。これがめんどくさい。

デッサン教室の初日でいきなり新しい自分に

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教室が池袋のこのへんにある

上手くならなくてもいいから、もっといろいろ描けるようになりたい。絵の基礎といえば、デッサンだろう。調べてみたら世の中には、社会人のためのデッサン教室がいろいろとあるようだ。そんな中から、一つ選んで、とりあえず全8回の「初心者のためのデッサン集中講義」に申し込んでみることにした。

デッサン教室の初日である。時間は19時半から22時。社会人のための教室ということで遅めに設定されている。受講生は15人くらいだろうか。

講師の先生にはあらかじめ「絵が上手くなりたいわけではないですが、仕事でかんたんなマンガや絵を描いていて、もっと寝転がった人間などを描けるようになりたいです」などとメールで伝えている。

高校の時に美大受験をしようとしていた友達がいた。みんな体調をおかしくするほど毎日デッサンをしていた。あそこまでやりたくはないよな……。僕には甘めに接してほしい……。そう思って、保険としてのメールである。いやらしい人間だなーと思う。

ところが先生は「斎藤さんのような要望を持った人はたくさんいます!」と言う。レポートに絵を付けたり、かんたんなマンガを描いたりしているが、我流だとやはり行き詰まってしまう。そういう人はよくデッサン教室に来るそうだ。

さらに先生はこんなことを言う。「斎藤さんの絵は線がキレイですよね。クッキリと太く描いていて、線を誤魔化していない。いいと思います!」

泣きそうな表情になっていたと思う。実際、僕が絵を描くときは「線をキレイに描く」ということに神経を遣っている。それで実際キレイに描けているかどうかは別にして、自分としてはそうなのだ。

キャラクターの顔の楕円などは一筆書きで描くのだが、キレイに描けないと何度もやり直したりすることもある。その様子を先生は見ていたかのようだ。

ここでとんでもないことに気づいた。それじゃあ「絵は上手に描けなくてもいい」というのは……。アレは嘘だったのか。自分自信に対する哀れな欺瞞……。目が覚めた。講義が始まる前に、先生とちょっと言葉を交わしただけなのだが、早くも新しい自分である。

エンピツ削って「グラデーションスケール」と「球」を描く

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周囲の様子をうかがいつつエンピツを削る

絵を描く準備として、エンピツを削る。エンピツをちゃんと削れていない人もいる。先生が「いままでエンピツをカッターで削ったことがない人はいますか?」と受講生たちに聞くと、パラパラと手が上がった。先生が慌ててエンピツの削り方を教えに向かう。

僕はエンピツをちゃんと削れる。絵を描くときは芯を長めに出すんだよな~。他の受講生からのアドバンテージを感じた時間である。なお、アドバンテージを感じたのはここだけで、以降は特にそういうことはなかった。

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初日に描いたもの。下が「グラデーションスケール」、上が「球」

最初に描いたのは「グラデーションスケール」というもの。まず10個四角を描く。その四角を真っ白から真っ黒まで、10段階の濃さで塗っていく。中間の濃淡が難しい。7、8、9あたりはほとんど同じになってしまう。

続いて描いたのは「球」。モチーフは硬い球だったのだが、なぜかホワホワした球になってしまった。すごく触り心地がよさそう。スーパーマリオに出てくる「ケセラン」「パサラン」という敵に似ている。こいつは主に城などに出現する。

先生からは「斎藤さんは硬い物を表現するのが苦手なタッチかもしれないね」とコメントがあった。でも、個性以前の問題の気もする。単に下手なだけというか……。

その後も週に1度通ってデッサンをする。

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繊細だけど密度を犠牲にした立方体

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立方体を描いた
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モチーフはこれ

先生からは「よく描けているけど、せっかく講習に来ているのだからもっと自分の殻を破って」「繊細だけど密度を犠牲にしているね」「もっと塗って、もっといろんなタッチで塗って」と言われた。

うーん。自分としてはよく描けているは思わない。とりあえず「ほめ」から入ってくれているのだろう。「繊細だけど密度を犠牲にしているね」というアドバイスは、あまりにも重々しくて、なにやら占いの文章のようにも感じた。

しかし、このようにうまく描けなかったり、ピンと来ないようなことを言われたりするのも楽しい。それに、エンピツを動かしている間、我を忘れてちょっと「無」みたいになっている瞬間がある。サウナに入った後の「ととのい」みたいな境地にも似ていると思う。

そういえば、友達に美大を卒業している人がいる。彼らはみな「球」や「立方体」をうまく描けるのだろう。対等なつもりで気軽にやりとりしていたが、みんなすごいな。見る目が変わってくる。

ブロックを描くのは楽しくない

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ブロック。ぐにゃぐにゃになってしまった。

ブロック。本当に最悪の出来でびっくりした。こんな風に規格のあるものは、相当正確に形をとらないと違和感バリバリになってしまう。

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講義のときに書いた遠近法のメモ

遠近法という技術がある。近くの物は大きく、遠くの物は小さくなるというアレだ。理論は単純だが、実際にやってみると難しい。描いていると、なぜか部分的に「逆パース」、つまり、近くなのに小さく、遠くなのに大きくなってしまうことがよくあるのだ。

僕だけじゃなくて、受講生みんなが苦労している様子だった。描いている途中に講師から「そこ逆パースになっちゃっているね」という注意が聞こえてくる。もちろん僕も何度か注意された。人に言われないと気づけないというのが、本当に不思議。

前回の立方体の時は「うまく描けないのも楽しいな」などと余裕があったが、今回はただただ苦痛を感じた。ブロック絶対に許さん。次に習いごとをするとしたら、空手教室に通ってブロックを割りまくってやりたい。

円柱とゴロンと寝る人を描く

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木でできた円柱
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モチーフ

木の円柱。これは描いていて楽しかった。講師の先生から「画面の奥に空間がちょっと見えているというか、逆光っぽい光が描けていますね」というコメントをもらった。

言われてみれば確かに、逆光っぽい光を描こうとしていたような気もする。自分がなにをやろうとしていたかを人に言われないとわからないの、おもしろい。

ところで今回「円柱の描き方」を習ったことで、「寝転がってテレビを見てダラダラしている人」を描けるようになった。なぜなら、「寝転がってテレビを見てダラダラしている人」は円柱として捉えると描きやすいのだ。

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苦労していた「テレビを見てごろ寝している人」の絵

単純な絵だけど、これが本当に描けなかったのである。これの絵を後日先生に見てもらったところ、「いいんじゃないでしょうか。ちゃんと伝わるし」と言ってもらえた。

ただその後に「これはこれでいいけど、もっと違う角度からも描けるようにした方がいいのでは?」と続いた。つまりこういうことである。

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ちょっと斜めからも描きたい

確かに! こういうの描きたいよな~。でもまだ訓練が必要そうだ。

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自分の手と、教室に通っている人たちの話

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自分の手を描く。素早く描く「クロッキー」というもの

手を何枚か描いた。手って、絵を描くときに出てきやすいし、いろんな形や角度があるし、本当にめんどうくさい。最近ではマンガを読むときにキャラクターの手の形ばかりを見てしまい、内容が頭に入っていないこともある。

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講義の時の手の描き方のメモ

テクニック的なことも細かく習っている。単に見えていることを描こうとするだけでは、うまくいかない。これも暗記と訓練が必要だ。

話は完全に変わるが、「デッサン教室にどんな人が来ているのか」がどうしても気になって、あまった時間に先生に聞いてみた。かなり興味深い答えが返ってきたので、ここにまとめておく。

3DCGを作る人
絵を描かないでプロになる人が多いらしい。でも絵が描けないと、やっぱり何かと不便になることが多いそうだ。

ゲームクリエイター
ゲームクリエイターも多いそうだ。コンテなどを作成するときに絵を描く能力が必要になるのだろうか。

漫画家
さもありなんという感じがする。アシスタントもまとめて受講するケースもあるとか。

彫師
この人達の絵が下手だったら、と思うとゾッとする。こういうところで絵の練習をしていたのか……。

最後に「鍋」と「ボール」を描く

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2日間かけて「鍋」と「ボール」を描いた。ちなみに、床に置いてあるけど一番下手ということではない(美術予備校では講評の時に下手な人は下の方に置かれてしまう風習があるそう)

「鍋」は複雑な円柱として捉えることができる。しかし「円柱」として考えると本当に複雑でどこから考えればいいか分からない。その一方で「自分が純粋に目に見えている鍋」を表現しようとすると形が狂いまくる。どちらが正しいということでもなくて、この二つを交互に行き来しながら描く。

途中、鍋の上の形がどうしようもなく狂ってしまい、どうしても直せずに画用紙を睨みつつ、ただただ唸るだけの時間が発生した。ここは先生に手を入れてもらい、なんとかそれっぽく着地した。でも、やっぱりまだちょっとおかしいかもしれない……。

先生の講評。「色々なタッチが入っていていいですね。その一方で色数は少なめになってしまっています。でもなかなかリアルな質感に近付いているのではないでしょうか。本人が普段描いている絵(斎藤の絵のこと)はリアルなタッチではないのですが、リアルな絵を描くポテンシャルはあると思います。そっちも伸ばしてみたらどうかなと思いました」

これでデッサン教室の短期集中講座はいったん終わり。これは入門編みたいなもので、希望者は続けて受講できる。僕は続けたいのだが、仕事も忙しいしどうしようかな、と悩んでいる。

先生が絵を描くところを見て「あっ!」と思った

最終日にはとても印象的なことがあった。最後のモチーフである「ボール」と「鍋」は、先生も一緒になって描いていた。先生が描くところを後ろで見ていたのだが、鍋の上の方の形がちょっと歪んでいる。素人である僕の目から見ても明らかだ。

しかし先生は「ここ(鍋の上の方)難しいなあ~! 形取りにくい……」などとブツブツ言いながら、何度も練り消しやエンピツで調整をかける。キャンバスに近付いたり離れたり、キャンバスを上下逆にして確認したりしながら、どんどん作業していく。見ていたら、あっという間にいい感じの形になっていった。

先生であっても一発ではちゃんと形をとれないし、キャンバスと泥臭く格闘しながら絵を仕上げていくということが分かった。

それを見て「あっ!」と思った。僕は仕事でライターとして文章を作るときがある。ライターなのだから文章を作るのなんて簡単だろうと思われることも多い。しかし、仕事として納品する文章が、一発ですんなりとできあがるということはほぼない。

書いたり消したり、入れ替えたり、別のデバイスに出力したりして、見直し、ガンガン修正して、なんとか整合性のある形にしていく。特にインタビューの構成はそんな風に作ることが多い。

つまり、絵を描ことと、文章を書くことの共通点は「なんかつらい!」ということである。見つけてもそれほど役に立たない共通点であった。


特にうまくなってない

デッサン教室に通って、僕の絵がうまくなったかというと、特にそんなことはない。8回だけではまだ入口というところだろう。でも、知識やテクニックを知ったり、苦しんだり、我を忘れる時間があったりと、なかなか楽しかった。ブロックはいまだに見るのも嫌だけど……。そして、「リアルな絵を描くポテンシャル」という言葉が心に残っている。全然興味はないが、ちょっとだけ気になる。

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そういえば、デッサン教室が入っている建物のエレベーターに貼られている注意書きのシールがかわいくて、写真を撮っておいた。こういう絵を描きたいな。デッサン関係ないな。

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