作画開始!
鶴谷さんは、小説内に登場する蓄音機をモチーフに選んだ。早速描き始めてもらったが、色化け現象でてこずる以前に、タブレットの検知の精度が悪い。もとからか、経年によるものかは不明だ。
「あー、なるほど……」開始して即、言葉少なになる鶴谷さん。
それでも、フリーハンドで蓄音機のラッパ部分を描き、プレーヤーの枠は「ライン」機能で、ターンテーブルは「楕円」機能で描画するところまでは出来た。
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しかし、線で囲み切っていない状態で「ペイント」命令をして、画面が洪水になってしまった!
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……画面の真ん中に斜めに黒いノイズが入ってしまっているのは、ブラウン管の描画速度をスマホのシャッター速度が上回ってしまうためらしい。
しなくていいことをわざわざする(あり得ない古さの機材を最新の機材で取り扱う)と、こういうことが起こるんだな。色化けで苦しんでもらうはずが、記事にする側にまさかの苦労が飛び火した!
(そういえば、フィルムカメラでゲーム画面を撮影するための方法がパソコン雑誌に載っていたのをなんだか思い出した)。
「あ、アンドゥ(一手戻る)があったはずだよ」と助け船のつもりで、お絵かきソフト同梱のマニュアルをめくるが、驚いた。
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「IKEAで買ってきたもの組み立てるときの(困った)感じに似てますね」と鶴谷さん。まさに!
このソフト『グラフィックマスターラボ』を手掛けたのはHAL研究所で、プログラマーの岩田聡さんはのちに任天堂の社長になる(2015年逝去)のだが、筋金入りのマッキントッシュ好きでも有名だった。
彼がこのソフトにどこまでかかわったかは不明だが、画面内のアイコンはもちろん、いちいち鳴るかわいい効果音などに影響は顕著だし、「マックライクに」という気持ちがマニュアルのクールさにまで過剰に表れているように思えてならぬ。
……というかマックライクに、という考えそれ自体に「郷愁」を感じる!
もちろん、郷愁でなく、今も昔も変わらないこともある。
物書きも絵描きもデザイナーも、いつの時代も「セーブ」が大事だ、ということ。
このソフトでのセーブはフロッピーディスクとカセットテープを選ぶことができた。
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当時の多くのパソコンは、それだけ買ってきてもデータの保存ができなかった。別売りのデータレコーダやフロッピードライブを装着するので、ケーブルも増えるし場所もとるし、もちろん金もかかる。
でも、「新たなメカを装着」していくところに楽しさもあった。
ギアチェンジ
何度かフロッピーに保存しながらビクビクと試行錯誤を続けていたが、「タイルパターン」機能で蔦をからませる(小説内の蓄音機にも蔦が絡んでいる)のを再現した(色化けも理解した)ところで鶴谷さん、なにか悟ったらしい。
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太いペン先とタイルパターンを選んで、ざっくりとした絵柄にチェンジした!
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色化けに苦労する前に、「見切った!」という気配を横にいて感じ取った。
プロって、そういう判断もプロなんだ!
途中、タブレットを取り替えたら精度がよく、そこからスムーズに2枚目が完成!
要らぬ苦労をさせることでデイリーの記事の面白さを出そうと姑息なことを考えていた自分としては、見切られて愚かさを露呈してしまったと恥じ入るばかりだが、十分面白い体験ができたからまあいいか。
完成したイラストがこちらである。
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何日もかけたら、さらに凝った絵を描いてくれただろうが、表紙にはもう十分だ。
鶴谷さん、お疲れさまでした!
……ついでにカセットテープにも保存してみる。画像一枚の保存に数分かかった。
同じ画像保存がフロッピーディスクなら五秒程度ですむ。
「フロッピーって便利でしょう?」の一言に「本当ですね」と鶴谷さんしみじみ。
いやいや、「フロッピーって便利でしょう」じゃないんだよ(MSXで描かなければもっと便利で早いんだから)。
どこまでも優しい鶴谷さんに甘えて、最後は「著者近影」まで描いてもらいました。
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この近影は単行本をお楽しみに。
往年のフロッピーディスクからうまいこと「現代」のパソコンにデータを移し終えて作業は終了。
見守っていたMSXアソシエーションの人たちも完成をおおいに喜んでくれた。
「前になにかを試そうとしたとき、機械から発火しましたから」
完成もだが、無事でよかった、の喜びだった。
(先にタブレットを「二台とも送ってもらってください」と指示したアソシエーションの用心深さの、その所以をみた気がして戦慄もした。MSXパソコンは頑丈だ、なんて呑気に思っていたのだが、今やオタクの道は発火の道、か)。
鶴谷さんが手掛けた超かわいいイラスト(近影含む)のほか、MSXパソコンで再現した画像が表紙にてんこもりの小説『僕たちの保存』は9月25日、文藝春秋より発売である。
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いつの時代もセーブが大事、ではないが「人と場所と、記憶と保存」のことを描いた小説である(MSXに興味のない人でも問題なく楽しめます)。
ぜひ、手に取ってみて(買って)もらいたい!
取材協力・MSXアソシエーション/日本パーソナルコンピューター博物館/レトロネコさん/ブログ「プレミアムMSX」主宰・夏冬春秋さん/文藝春秋
写真データをMSXの画像に変換するのはこちらのサイト(SCREEN2画像変換for MSX)の機能を使用させてもらいました。