もともとはリゾートホテルで始めたサービス
夜鳴きそばの提供時刻は施設によって異なるが、ここ小伝馬町は21時30分~23時。結論から言うと非常に美味しかった。
スープとちぢれ麺の相性がよく、トッピングはメンマ、ねぎ、海苔のみという潔さ。就寝前につき、量がやや少なめなのも嬉しい。
この小粋なサービスを始めたきっかけは何だろうか。なぜ、無料で提供できるのだろうか。ドーミーインを運営する共立メンテナンスの担当者に聞いてみた。
「もともとは弊社が運営するリゾートホテルで始めたサービス。近隣に飲食店やコンビニがないため、深夜にお腹を空かせたお客様のために無料ラーメンを提供し始めたんです」
このサービスがドーミーインでも始まったのは2009年。すでに退職した当時の総料理長が大のラーメン好きで、彼がドーミーイン用に新たに開発したという。
「塩味や味噌味も試しましたが、最終的にはシンプルな醤油味に落ち着きました。鳥と豚を調理したスープは、その総料理長の好みの味でもありました」
あの深い味わいには、総料理長の思いが詰まっていたのだ。
天然温泉、ご当地朝食、各棟にゆるキャラ
ドーミーインといえば、ビジネスホテルにいち早く天然温泉を取り入れたことでも知られる。
「弊社は社員寮、学生寮の運営からスタートした企業。いわば、ホテル経営は素人でしたが、逆にそれが天然温泉、ご当地朝食、選べるまくらなどの新しいアイデアをどんどん実現できた理由だと思います」
「これは笑い話ですが」と前置きして担当者が言う。
「若手のアイデアで大浴場に本物のスズムシを放ったんです。ところが、次々に逃げ出してしまって、慌ててテープの音声に切り替えました。サービス精神が先走った失敗事例です(笑)」
他にも、「ドーミーインEXPRESS仙台広瀬通」では牛タンカレー、「ドーミーインPREMIUM下関」ではふく飯といったご当地朝食が食べられる。
また、国内に79棟を展開するドーミーインすべてにご当地キャラの「ドーミーインコ」がいるのだ。
「旅先でお客様に少しでも旅気分を味わってほしいという思いから生まれました。まあ、ダジャレですよね(笑)。それまで、ビジネスホテルでそういう展開はありませんでした」
各棟ごとにオーナー企業のカラーを反映
さて、時間を戻す。「今日は東京に出張で来て、ドーミーインに投宿する」というテイで小伝馬町に到着。日本橋、人形町、馬喰町に囲まれたエリアで、江戸時代には旅人宿が数多く存在した街だ。
「ドーミーインPREMIUM東京小伝馬町」は地下鉄日比谷線の小伝馬町駅から徒歩20秒というアクセスのよさだった。
エントランスはビジネスホテルとは思えないシックな仕様だった。
19時にチェックイン。手続きが終わると熱いおしぼりが渡される。
なお、ドーミーインは独自のサブリース形式で運営されており、各棟にはオーナー企業のカラーが色濃く反映される。ここ、小伝馬町のオーナーはきらびやかな和紙を製作する企業で、館内のあちこちに美しい作品が飾られていた。
温泉を堪能した後で周辺を散策
夜鳴きそばタイムまで2時間半ある。まずは、部屋に荷物を置く。
超軟水大浴場の「伝馬の湯」を堪能したら、いざ夜の街へ。
目指すはもちろん酒場だ。ぐるぐる歩いているうちに、しゃれたカフェのような店を発見。クラフトビールが飲めるらしい。
店名は「CITAN(シタン)」。地下のラウンジでは数種類のクラフトビールを始めとする世界のお酒が楽しめ、2階から上は旅行者向けのホステルになっている。ここは、ぜひ再訪したい。
カウンターの中の男性に周辺の飲食事情を聞いてみた。
「馬喰町の『東京バッソ』というお蕎麦屋さんはよく行きますね。十割そばが490円でとり天が200円という安さ。それなのに美味しいから蕎麦ツウからの評価が高いです」
地元の人から街の情報を仕入れる。これこそ、旅の醍醐味だ。ちなみに、ドーミーインの夜鳴きそばは、存在は知っているものの食べたことがないそうだ。
2軒目は満を持してホッピーを注文
2軒目では満を持してホッピーを飲みたい。さらに歩くと、どう見ても名店という店構えの立ち飲み屋が目に入った。
間違いなかった。
混み合う店内は全員スーツのサラリーマンで、仕事の話、家庭の話などに花を咲かせている。聞くともなしに聞いていると、一人の紳士が言った。
「うちはカミさんと旅行に行っても、お互いに黙ってひたすら酒を飲んでるだけ。会話はゼロ。子供が独立した後の夫婦関係は大変だよ」
いい感じに酔いも回ってきた。お会計をして、どっと沸く笑い声を背に店を出た。
ついに夜鳴きそばとのご対面
時刻は22時。念願の夜鳴きそばが待っている。ホテルに戻り、2階に通じる階段を上がった。
ここで、時間は冒頭に戻る。夜鳴きそばはすぐに出てきた。
素朴で懐かしい味だ。あっさりした醤油スープにちぢれ麺がよく合う。麺の量は控えめ。具材の量も多からず少なからず。猫舌なのでこれぐらいの熱さが助かる。要するに、すべてにおいて「ちょうどいい」のだ。
再び外に出て3軒目で締めた
このまま就寝するつもりだったが、もう少しだけ小伝馬町の夜を楽しみたい。たしか、ホテルのすぐ裏に渋い居酒屋があったはずだ。そこで締めよう。
渋い焼き鳥屋の店名は「鳥舟」。当たりだった。店に入ると、テレビではサッカーアジアカップの日本対イラン戦の中継中。
若い店主とフレンドリーな常連客と試合展開をああだこうだ言いながら飲むお酒も、また格別だった。結局、試合終了まで飲んでお会計。部屋に戻って夢すら見ないで熟睡した。
翌朝は7時に起床。露天風呂に入って身支度を整える。今日は午前中から取材があるので、家には帰らず、このまま出向く。
値段を付けるとしたら「一般的なラーメン屋さんと同じぐらい」
ドーミーインは各施設で内装や朝食メニューが異なる。しかし、夜鳴きそばだけはどこでも同じ味。旅気分を味わった後は、締めのラーメンで家に帰ってきた感覚が味わえるというわけだ。
最後に、担当者に「夜鳴きそばに値段を付けるとしたらいくらにしますか?」と聞いてみた。少し考えた末の回答は「一般的なラーメン屋さんと同じぐらいですかね。疲れて帰ってきて無料で食べられるという付加価値を含めて」。
付加価値とそこに込められた物語を鑑みると、1000円でもいいと思いますよ。
<取材協力>
ドーミーイン
https://www.hotespa.net/dormyinn/