自分が変わった
レモンスカッシュのようにスカッとパキッとした栗まんじゅうはなかった。どの栗まんじゅうもゆっくりと僕を覆い尽くすような甘さだ。だが、3店目あたりから、そのぼんやりした甘さに包まれるのが好きになっていた。
とあるラーメン屋に「3回食べてみてください。好きになりますから!」と書いてあり、3回食べろとは厚かましいと思っていたが、そういう類の食べ物なんだ。栗まんじゅうも。
今になって気付いたが、ペットボトルのお茶ではなく、濃くて苦いお茶に合わせるものかもしれない。
「東京 栗まんじゅう 名店」で検索するとたいてい登場するのが岡埜栄泉だ。虎ノ門にある名店である。ただ、17時閉店なので夜型の僕が行ったら閉まっていた。でも大丈夫、高島屋にあった。
皮が厚くて存在感がある。栗もあんこもどちらも甘く、ハーモニーというよりも甘さ方面に2人がシャウトしている。チャゲアスだ。まんじゅうも大きいので満腹感がある。
あんぱんのように上に塩辛いものをちょっと乗せたら……と思うのだが、あえてそれをしないのが栗まんじゅうなのだろう。だんだん分かってきた。
あんこの量が多い。ちなみに皮とあんこと栗を別々に食べてみたらおいしかった。
ここの栗まんじゅうは小豆あんだ。
ただ、皮に甘食のような甘さがあったので栗まんじゅうのぼんやり感は変わらなかった。問題はあんこの種類ではなかったのかもしれない。
「おいしい 栗まんじゅう」などで夜な夜な検索していて、愛媛の和菓子屋さんに珍しい栗まんじゅうがあった。白賁堂(はくひどう) 柴田モナカ本舗というお店だ。
何の躊躇なく愛媛から栗まんじゅうをとりよせるあたり、どこに出しても恥ずかしくない栗まんじゅう好きである。
いわゆる栗まんじゅうの皮ではなく、かなりしっとり、言葉は良くないがべたつく皮になっている。そしてあんこは、さらっとして爽やかだ。栗が甘いのであんこはこれぐらいでいい。
かるかんまんじゅうに入っているあんこに似ている。
これはうまい。栗まんじゅうを再構築している。西日本の栗まんじゅうって全部こんなにおいしいのだろうか。旅をしないといけないじゃないか。(したい)
甘納豆で有名なすずやだ。八王子に住む母に甘納豆を送ったら工場が八王子にあったことで僕の中では有名なすずやである。
あんこはとても甘く、皮のドライさを栗のみずみずしさで補っている。果実のみずみずしさが生きる和菓子、と考えるとこの延長線上にフルーツ大福があるのかもしれない。だが、まだ脊椎動物が陸上にあがったぐらいの段階である。大谷翔平までは遠い。
レモンスカッシュのようにスカッとパキッとした栗まんじゅうはなかった。どの栗まんじゅうもゆっくりと僕を覆い尽くすような甘さだ。だが、3店目あたりから、そのぼんやりした甘さに包まれるのが好きになっていた。
とあるラーメン屋に「3回食べてみてください。好きになりますから!」と書いてあり、3回食べろとは厚かましいと思っていたが、そういう類の食べ物なんだ。栗まんじゅうも。
今になって気付いたが、ペットボトルのお茶ではなく、濃くて苦いお茶に合わせるものかもしれない。
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