特集 2020年9月8日

カリカリベーコンの作り方を教わりにユタに行った話

人生で忘れられない味がある。

8年前にアメリカで食べたカリカリのベーコン。あの味わいが忘れられず、また食べたいと思い続けてきた。しかし、なかなか理想のベーコンには出会えない。ならば、もう一度行くしかない。あの日あのベーコンを食べたアメリカへ。

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カリカリベーコンの作り方を教わりにユタに行った話」(受賞者:つなさん
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ベーコンと私

遡ること8年前、私はユタの大地の上でぷるぷると震えていた。遠く離れた土地に語学研修のホームステイ参加者として投入された私は、飛び交う英語と大きな家、カラフルな食べ物、そして所々に掲げてある異様に大きなUSAの旗に委縮していた。この土地で無事生き延びることができるだろうか?そんな不安を抱えながら迎えた初日の朝、キッチンに並んだ食事を今でも鮮明に覚えている。オレンジジュースにスクランブルエッグ、ベーコンにトーストといういかにもアメリカ的な朝食は、まるで海外ドラマの朝食のようで胸がときめいた。

 

この中でも、私の心に深く刻まれているのは卵に添えられていたベーコンだ。一見するとどこにでもある平凡なベーコンなのだが、一たび口にすると寝起きの頭が肉色になる程の衝撃に襲われた。このベーコン、恐ろしくカリカリなのである。

 

実家で出てくるベーコンは歯ごたえこそあるものの、カリカリというにはほど遠いウェットな触感であったが、こういうものかと信じて生きてきた。ベーコン=しっとり という方程式を信じ込んでいた私に訪れたカリカリベーコンは、まさにベーコン界の黒船とも言える存在であり、この日を境に私の中のベーコン観は180度覆ることになる。

 

こんなベーコンを作れるなんて、アメリカはなんて素晴らしいんだろう。言葉は違えどベーコンに対する気持ちが通じ合っている。そう思うと愛着がわいてきて、英語の勉強に身が入った。

 

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あの日のベーコンを求めて

ベーコン観に対するコペルニクス的転回ともいえるあの日の出来事が私の朝食生活を変えてしまったことは言うまでもない。帰国して数年後、自炊生活を始めた私はカリカリベーコンを再現しようとキッチンに立った。

 

レシピを調べると、どうやらベーコンを焼くときに砂糖をまぶし、じっくり焼くことでカリカリになるらしい。レシピを信じて一人ジュウジュウと焼いたベーコンを口にするや否や「これはあの時のベーコンではない!」と確信した。確かに砂糖がうまく乗った部分はカリカリになるものの、硬さにムラがあり中途半端な感じだ。己の無力さを恥じ、その後も理想のベーコンを求めて日々台所に立った。

 

しかし、いくら焼けどもあの日のベーコンは再現できない。焼き加減が足りずウェットなベーコンができてしまう日があれば、逆に焼きすぎて焦げてしまう日もあった。そう、焼き加減の調節が絶妙に難しいのである。微妙なベーコンを量産する度にアメリカで食べたベーコンが神格化されていく。

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当時のカメラに残念ながらベーコンの写真はなかったが、色合いが最もベーコンに近い写真。
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カリカリベーコン3本の矢

私はカリカリベーコンに対する思いを馳せるあまり、理想のベーコンに求められる三大要素、すなわち「カリカリベーコン3本の矢」を提唱した。

 

1つ目は「ベーコン表面におけるカリカリ部分の均一さ」である。これはベーコン内でカリカリな部分とウェットな部分が共存していることは許されないことを意味している。不均一なカリカリ感は、一口目を食べた時の高揚感から次第に「思ったよりカリカリしてないかも」という落胆へとつながっていくのだ。

 

2つ目は「再現性の高さ」である。ホームステイ中、毎朝出てくるベーコンのカリカリ度は驚くほど常に同じであった。その日のコンディションによってカリカリ度は前後してしまうものだと思うが、常に一定のクオリティを保っていた。

 

3つ目は「驚異的な調理時間の短さ」である。毎朝、いつ調理しているのかわからないくらいの早業で食卓に並ぶ。一体いつ調理したのか。時空を超えてベーコンが出てきたのか。そう思うほど一瞬で料理が出てくるのだ。カリカリ度と早業を両立することの難しさは身に染みて理解している。

 

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いざユタへ

一体どんな技を使っているのか、食材が違うのか、裏技があるのか… 謎が謎を呼び、当時レシピを聞かなかったことに対する後悔が募る。どれだけ気になっても、真相はユタの中。一旦忘れようと思いながら日々を過ごすものの、台所に立つと時々心の隅に引っかかりを感じる。

 

そんな気持ちを抱えて迎えた昨年上旬、まとまった休みができた私は一大決心をした。

もう一度、ユタに行こう。いや、行かなければならない。その気持ちが冷めないままFacebookでつながっていたホストマザーに連絡を取り、ついに8年ぶりの再会の約束を交わした。勢いに任せてユタ州ソルトレイクシティ行きのチケットを購入し、日本の手土産と共に飛び立った。

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ロサンゼルスからユタ行きの飛行機に乗り継ぐと、その小ささに笑ってしまう。観光客は見当たらず、地元の電車で帰省するような気持ちを味わえる。そんな飛行機でいよいよソルトレイクシティに到着したが、あの頃と違ってもう孤独感はない。8年学んだおかげで周りの会話が聞き取れるし、何よりロサンゼルスでSIMを購入したのでインターネットを使い放題だ。

 

飛行機を降り、空港の入り口で家族を待つ。この8年でどんな変化があっただろうか。See you againと伝えて去ったあの日を覚えてくれているだろうか。

そう思いながら彼らの姿を見つけたときは目頭が熱くなった。車に乗せてもらい、近況を語りながら家へ向かう。お父さんはオタク気質なところがあったが、ますます深みにはまっているらしく最近見たアニメの話で大いに盛り上がった。家の様子は8年前の思い出をそのまま切り取ったかのようであったが、私と同じくらいの身長だった子供たちは、もはや上を見上げないと目が合わない。一緒に数学の宿題をやったのが懐かしいが、今では音楽の道に進んでいるらしい。ベーコンのように波打つ人生を振り返りながら、緩やかなひと時を過ごした。

 

さて、床に就いた私は、どうしても気がかりなことがあった。

そう、翌朝の朝食である。

カリカリベーコンは出てくるのか?

いきなりご飯派になっていないだろうか?

そんな気持ちを抱えながら目を閉じた。

 

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再会

翌朝、食卓に並んだ光景に私は息を飲んだ。

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スクランブルエッグにトースト、そしてベーコン。思い出のままの朝食だ。

至って普通の朝食だが、私にとってはあの日の思い出も一緒にお皿に乗っている。

湧き上がる感情を押さえ、そっとベーコンをかじった。

 

 

――カリカリだ。絶妙なカリカリだ。

 

私がどう頑張ってもたどり着けなかったカリカリベーコンがそこにある。

8年間追い求めていたカリカリベーコンを食べている。

味、触感、見た目、すべてが8年前の記憶と寸分たがわぬベーコンを前に私は驚きを隠せなかった。

 

明かされるベーコンの秘密

今こそレシピを聞かなければ。

カリカリベーコンに対する思い、どうやって料理しているのか、何かコツはあるのか、高まる気持ちを抑えつつ精一杯彼女に伝えた。

 

私の熱意と裏腹に、彼女はどこか申し訳なさそうな顔を浮かべ、冷凍庫のドアを開けてそっとパッケージを取り出した。

「Fully Cooked Bacon」

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私は全てを察した。

 

カリカリ部分が均一だった理由。

毎日同じ焼き加減だった理由。

驚くほど速く調理できた理由。

 

ああ、冷凍食品だったんだな。

 

 

8年間追い求めた理想の姿、淡い思い出、そして憧れ―― そんな記憶が冷凍されてコストコで売っている。


呆気ない答えに脱力しつつも、長年の謎が解けた爽やかさに包まれた。

これからは、 これをレンジで温めればカリカリのベーコンが作れるのだ。

 

少し切なく、でもどこか懐かしいような、しょっぱい味。

あの日のベーコンは今も心のターンテーブルで回り続けている。

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