はじめに
毎週金曜にはげます会会員限定のメルマガを配信しています。限定コンテンツのコラムで「行ってよかった市区町村」を紹介。今回は三土たつおさんからのイチ推しの場所です。
用水路に落ちて地元の人に助けてもらった話 山形県鶴岡市
(三土たつお)
初めて訪れた鶴岡で、夜、真っ暗な道を宿から駅に向かって歩いていた。最初の角を曲がったところ、足元の地面が突然なくなった。そのままたぶん1.5メートルくらい落ちて、すごい勢いでザブンと着地した。服がびしょびしょで手も濡れていたので、用水路に落ちたと分かった。
とにかくびっくりした。手を見ると血が出ていた。たぶん手をついたときに切ったんだと思う。水は泥で濁っていて、その底でスマホが光っていた。水深は50cmくらい。急いで拾ったところ壊れていなかったので、とりあえずよかった。
あと、眼鏡も落としたようだった。手探りで泥水の中で探してみたが、見つからない。そもそも真っ暗なうえに眼鏡もないので何も見えない。探しているうちに眼鏡を踏むのがいやだったので、いったん水路から上がった。
すると近くに車が一台止まっていて、「だいじょうぶ~?」といいながら男の人がこちらに歩いてきた。そう言われて改めて自分の状況を考えると、夜ごはんを食べに行こうと思っていたのに、突然びしょびしょになって眼鏡もなくて泣きそうだった。でも客観的にみると用水路に落ちたおじさんなので、そう考えると恥ずかしくなった。
すこし平気なふりをしながら、水路に落ちちゃいましてハッハッハ、と答えた。車を走らせながら、ぼくが落ちる瞬間を見ていたらしい。それで心配になって見に来てくださった。「東京には用水路なんかないもんね、ごめんね、鶴岡のことを嫌いにならないでね」としきりに言っていた。
事情を話すと、一緒に眼鏡を探してくれた。スマホのライトで水面を照らすものの、泥で濁っていてよく見えない。たぶん、落ちた拍子に用水路の底の土をかき混ぜてしまったんだろう。「スマホじゃだめだねー」と言うと、電話をかけ始めた。知り合いに、強力なライトとその他道具いろいろを持ってきてもらうと言う。それは余りにも申し訳ない、明日の朝、明るくなったら自分で探しますから。
「いや~気にしないで、それより鶴岡のこと嫌いにならないでね」という。嫌いになるわけない。
10分ほどすると別の車がやって来た。降りてきたもう一人の方は特大のライトと、長い釣り竿と、あといろいろを持っていた。ライトは強力で、水面下の捜索が順調に進んだ。「手ごたえがある!」とその方が言って、竿の先を手元まで釣り上げた。見えてきたのは確かにぼくの眼鏡だった。
地元の方が応援まで呼んでくださるような大ごとになっているのに、探していたのはそうかこの眼鏡だったのかと思うと、改めてしゅるしゅると体が小さくなるような申し訳ない気持ちになった。何回もお礼をした。よかったよかったと言って恩人たちは帰っていった。
探している間、後日お礼をしようと思って名前を聞いたのだが、「いや~別にいいよ」といって教えてくれなかった。美談で聞く「名乗るほどのものではありません」の状況が再現されていた。(のだが、車が営業車だったのでその社名をもとに後日なんとかお礼ができた)
鶴岡はいいところだった。
終わってふたたび解説です
用水路に落ちた話をコラムにしてくれると聞いていたのですが、想像以上にちゃんと落ちていて心配になりました。 そんなときでも、地元の方にきちんと対応されていて、三土さんすごいと思います。
今から入会しても、過去に掲載したコラムのバックナンバーは、はげます会専用ページで全部読めます。(はげます会担当 橋田)